2018年07月18日

裏社会と断ち切れない自民党がトバク容認法案をつくる


オジサンが小学生だったころ、夏になると「日射病に気を付けましょう」と世間では言っていた記憶がある。
 
それが平成になってからなのかどうかは定かではないが、「熱中症」という言葉が主流になってきたと思っていた。
 
昨日、この数日の猛暑の影響で痛ましい事故が起きていた。
 
<猛暑 校外学習の小1男児が熱射病で死亡 愛知・豊田>
 毎日新聞 2018年7月18日 08時48分
 愛知県豊田市教育委員会は17日、市立梅坪小1年生の男児(6)が近くの公園で行われた校外学習から戻った後、教室で意識不明となり、搬送先の病院で死亡したと発表した。死因は熱射病としており、籔下隆校長らが市役所で記者会見し「判断が甘かったと言われてもしようがない」と謝罪した。
・・・後略・・・
 
オジサンの孫で来月6歳になる男児がいるので他人事では済まされなかった。
 
すでに30℃を超えていた9時50分頃から1km歩き炎天下の公園で遊び11時半に学校に戻ったという。
 
約2時間近く太陽光に晒されていたわけである。
 
死因が日射病ではなく、熱射病と発表されていたが、これらの違いを早速調べてみた。
 
熱中症・日射病・熱射病について教えてください」によると明確に違いがあるらしい。
 
そもそも熱中症は「日射病」と「熱射病」の総称だという。
 
そして「日射病」は戸外で強い直射日光に晒されて起こるのだが、直射日光でなく日陰でも暑いところに長時間いたためにおこるのが熱射病と定義されるそうである。
 
したがって、死亡した6歳の男児は2時間近く暑いところにいたため、熱中症のなかでも最も重い熱射病と判断されたことになる。
 
「判断が甘かった」と謝罪されても亡くなった男児の親にとっては「はいそうでしたか」とは容易には受けいれられないし、今後は責任問題に発展することは必至であろう。
 
某クリニックの専門医のサイトでは、「熱中症・熱射病・日射病の違い」をもう少し詳しく専門的に説明されていた。
 
熱中症の重い症状として、「熱失神」、「熱痙攣」、「熱疲労」などがあり、オジサンの高校生の頃のサッカー部の夏合宿は、東京よりは北の地方だが盆地という地形の地元の小学校の校庭を借りたのだが、無風状態のなかでの練習中は決して水分補給などという「甘い」ことはさせてくれなかった。
 
特に1年生の時はほとんどの同僚は軽い熱中症だったはずだが、1人も死者が出なかったことは不幸中の幸いであったかもしれない。
 
ところで、2年後に開催予定の東京五輪の最終日のマラソンは今よりももっと暑くなりそうな8月に行われる。
 
熱中症対策としてスタート時間を午前7時にするそうだが、その時点ですでに太陽は光り輝いてる。
 
たとえ一流選手と言えども、暑さに慣れていない国の選手もいるはずである。
 
真夏の五輪に関して元陸上競技の選手であった為末大がツイッターで自分のフォロワーといろいろとやり取りしている内に、こんなツイートをしていた。

さっそく真っ当な批判が続々と・・・。


元有名アスリートでも、浅慮から軽はずみな発信をすると、猛暑の中でも、「物言えば唇寒し」となるという見本である。
 
政権側からは、一見軽はずみ的な質問者とみられている、山本太郎はしっかりと自分で調べて安倍晋三首相に食い下がっている。
 
【山本太郎 議員 内閣委員会 質疑(2018/07/17午前)】
  
 
この件に関してはジャーナリストの山岡俊介が、リテラ上で、安倍首相宅放火未遂事件「18年目の真実」として、前編として「安倍事務所が暴力団に通じる人物に選挙妨害を依頼していた決定的証拠! 『安倍代議士に選挙妨害を報告』の記述も」、後編として「安倍首相は選挙妨害を依頼した前科8犯の男と密室で何を話したのか? 全容が記録された秘書の署名捺印入り文書が」というレポートを発表していた。
 
<山本太郎が安倍首相にあの放火未遂スキャンダルを質問!「暴力団と繋がる人物に選挙妨害を発注する人間が総理なのか」>
 2018.07.17 リテラ
 どこまで国民を欺くつもりなのだろう。カジノ法案を今国会会期中に成立させるべく、きょう開かれた参院内閣委員会では安倍首相が出席。野党側からは災害対策に対する批判、なかでも「赤坂自民亭」問題に厳しい声が飛んだが、安倍首相は「万全の態勢で対応に当たってきた」と繰り返すだけだった。
気象庁が異例の会見を開いてまで発した警告を無視してどんちゃん騒ぎをしていたのに、それのどこを「万全の態勢」と呼ぶのか。しかも、西村康稔官房副長官が宴会写真を〈笑笑 いいなあ自民党〉などとSNSに投稿していた件についても、安倍首相は「誤解を与えたかもしれない(と西村官房副長官に注意した)」と述べたのだ。
 宴会したのは事実なのに、何が「誤解を与えた」だ。だいたい安倍首相自身も、「赤坂自民亭」について5日夜のぶら下がり会見では「和気あいあいでよかった」と答えていたではないか。それをまるで西村官房副長官が事実とは違うことを拡散したかのように強弁するのだから、その神経には恐れ入る。
 安倍首相はおそらく映画監督・想田和弘氏がツイートしていたように、〈もはや自分が何をやっても主権者から罰せられないと感じている〉のだろう。だから、赤坂自民亭のどんちゃん騒ぎの後、自宅に帰ってずっとのんびりしていただけなのに「万全の態勢で対応に当たってきた」と平気で開き直り、災害対応に意見を出し合うべきこんな時期にカジノ法案の会期中成立を目指して首相出席の委員会を開催することができるのだ。
 だが、今日の委員会でそんな安倍首相に「蜂の一刺し」を放った男がいる。自由党の山本太郎議員だ。
 山本議員といえば、これまでこのカジノ法案を審議する内閣委員会において、自治体や集落への小型重機の導入や、ボランティアの高速道路無料措置など、被災地復旧のための具体策を提案してきた。しかし、きょうは質疑に立つと、カジノ法案についての質問を開始。「カジノ管理委員会を任命するのは総理大臣。任命者である総理にも廉潔性が求められるのではないか」と述べ、安倍首相にこう質したのだ。
「総理ご自身は暴力団、またはそれら勢力と繋がりがある人物との付き合いもしくは関係、仕事を発注などしたことなどありますか?」
 安倍首相は「それはまったくございません」と短く答えたが、ここで山本議員は「いま巷で少し話題になっていることを調べてみた」と言い、“あの問題”に踏み込んだのだ。
 あの問題──そう、本サイトでもお伝えしてきた、「安倍首相が暴力団とも関係が深い前科8犯の男に選挙妨害を依頼していた」という事件のことである。
 詳細は過去記事に詳しいが、あらためて簡単に振り返ろう。事の発端は、2000年。当時、自民党幹事長だった安倍の地元・下関の自宅に計5回にわたって火焔瓶が投げ込まれるという事件が発生。それから3年後の2003年、この事件の容疑者として、特定危険指定暴力団「工藤会」系暴力団組長と組員、そして、元建設会社社長でブローカーの小山佐市氏が逮捕された。
 のちに小山氏らが安倍邸を放火しようとした理由があきらかになるのだが、それは驚くべきものだった。1999年におこなわれた下関市長選において安倍事務所は、安倍家や清和会と関係が深い現職市長の江島潔(現・参院議員)を支援していたが、野党系の候補者・古賀敬章の追い上げもあり、江島の当選が危ぶまれていた。そんななかで安倍事務所は、小山氏に古賀を攻撃する中傷ビラを撒くなどの選挙妨害を依頼したのだが、その後、安倍事務所は小山氏らと交わした“見返り”の約束を破ったため、暴力団員を使って安倍邸を放火した──というのである。
安倍首相は「私は恐喝の被害者」と籠池理事長のときとそっくりな言い訳
 じつはこの内容は、当時月刊「噂の真相」(休刊)が記事にしたのだが、他のマスコミは完全に沈黙。闇に葬り去られようとしていた。しかし、最近になって「噂の真相」の記事で現地取材を担当したジャーナリスト・山岡俊介氏が、今年2月に出所したばかりの小山氏との接触に成功。安倍首相が選挙妨害に関与していた“決定的物証”を手に入れたため、ネット上では大きな話題となっていた。
 そして、ついにこの問題を、山本議員が国会で安倍首相にぶつけたのである。
 だが、安倍首相は「被疑者は処罰された者で、私どもは被害者だ」と言い張り、以下のようなゴマカシ答弁を展開したのだ。
「有罪判決が下った人物は恐喝をし、これは私どもだけではなくて、さまざまなそういう過去も指摘されているわけでございますが、その人物がですね、こう言っていたということを紹介していただいたんだろうと思うわけでありまして、私は一切、こうした恐喝には屈しなかったなかにおいて、先方がですね、私や妻が寝ていた家屋に暴力団に依頼をして火炎瓶を投げ入れさせたわけでありまして、そういう向こうからの恐喝・ゆすりに私は一切屈しなかったから、このようなことが何回か起こったわけであります」
「これはむしろ私が関わりがあるということではまったくなくてですね、私は一切の関わりを断ってきたなかにおいて発生した事件であるわけであります」
 恐喝されても屈しなかったからか火炎瓶襲撃の被害に遭った。むしろ自分は被害者だ──。安倍首相はこう、主張したのである。
 言い訳が「自分は被害者だ」とは、まるで森友問題で籠池泰典氏に対してとった態度を彷彿とさせるが、その主張の嘘まやかしもまったく同じだ。そもそも、小山氏は安倍事務所への恐喝については起訴猶予で釈放されている。また、仮にそれが恐喝まがいの要求だったとしても、問題なのはそれ自体ではなく、小山氏にそういう要求をさせた原因ではないか。小山氏が放火未遂に及んだのは、安倍事務所から依頼された選挙妨害を実行したのに、見返りの約束が果たされなかったからなのである。
 実際、これは裁判でも認められている“事実”だ。2007年に出た判決公判で福岡地裁小倉支部の野島秀夫裁判長(当時)は、「(小山被告は)事件の1年前に行われた下関市長選挙に関して安倍総理大臣側に協力したのに金銭の要求を拒絶された。この恨みを晴らすとともに、暴力に訴えて多額の金銭を得ようとつきあいがあった組長に犯行を依頼した」と述べているのだ。
安倍事務所から選挙妨害を依頼された前科8犯の男が突きつけた証拠文書
 しかも、山岡氏の取材に応じた小山氏は、選挙妨害の詳細から見返りの約束の内容まで、事細かに証言。たとえば、小山氏に選挙妨害を依頼したのは安倍事務所の佐伯伸之秘書だったというが、小山氏は「佐伯では信用できない」として、安倍の筆頭秘書だった竹田力氏に電話。すると、竹田氏は「この件は安倍さんも含め安倍事務所全員の総意」と述べたという。
 さらに、江島が市長に当選しても「見返り」が実行されないことに業を煮やした小山氏サイドは、筆頭秘書の竹田氏と交渉。その上で、安倍と小山氏が直接面会して“秘密会談”をおこなったというのだ。
 事実、今回小山氏は証言と合わせ、小山氏サイドと安倍事務所双方が交渉内容を確認して署名捺印した記録文書を提示しているのだが、その文書には〈古賀潰しの件(佐伯氏よりの依頼)安倍代議士に報告〉という文言のほか、安倍氏と小山氏が直接話し合いをおこなうことを安倍事務所が通知したり、地元・新下関のジャスコ出店にかんする都市計画変更などといった選挙妨害の具体的な見返りに対して〈最大限努力致します〉と返答していたことが記されているのだ。繰り返すが、これらの文書には、〈安倍晋三 秘書 竹田力〉というサインと捺印がある。
 つまり、安倍事務所が依頼した違法な選挙妨害を口封じするために、安倍首相自身が小山の突きつけた要求に応じる約束をおこなっていたのだ。
 にもかかわらず、安倍首相はきょうの国会で、この暴力団にも通じているブローカーである小山氏に選挙妨害を依頼したというそもそものはじまりをなかったことにして、「自分は被害者」「恐喝に屈しなかった」と一方的に主張したのだ。
 こうした安倍首相の態度に、山本議員はこう吠えた。
『私たちは被害者である』という以前の問題で、暴力団員と繋がりがあるような人物に対して、民主主義の根底を覆すような選挙妨害を発注するということは大問題であると。当然じゃないですか、これ。当たり前ですよ? 汚れ仕事を堂々と発注できるような人間がこの国の総理であり、そして博打を解禁するということにおいて、『しっかり暴力団員とか関わらないようにするね』という監視役、その元締めであるカジノ管理委員会を任命する立場にあるなんて、笑い話でしかないですよ。現実なんですから、悲劇でしかないですね
 このあと山本議員は被災地支援問題の質問に移ったため、それ以上、この問題を深掘りして安倍首相に問いただすことはなかった。だが、安倍首相が災害対策よりも重視するカジノ法案がいかに馬鹿馬鹿しいものなのか、それを浮き彫りしてみせたと言えるだろう。
 ちなみに、山本議員はこの問題を今後も追及するかのような構えも見せていた。これからの動きにも注目したい。 
 
昔から自民党の政治家は、総会屋とか右翼、そして暴力団ら「裏社会」と呼ばれる連中との付き合いは長い。
 
そして大物政治家の汚職問題などが発覚すると、必ずキーマンとなるべく側近の不審死が起こっていた。
 
当然ながら、そのような危うい、汚い仕事をしてもらうため「裏社会」の連中と付き合っている。 
 
今さらながら、並べ立てするまでもないが、興味と時間のある人は、「安倍晋三は、暴力団を非難したことがない唯一の首相である」という記事を読んでいただきたい。
 
つくづく、山本太郎のような「突貫小僧」的な議員が各野党にいたら尋常じゃない安倍晋三をもっと追及できるはずなのに、とオジサンは思う。 

posted by 定年オジサン at 12:48| 神奈川 ☁| Comment(0) | カジノ法案 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする