2017年08月01日

「復興五輪」に踊らされている1億総オリンピック病”の日本人

2020年東京五輪・パラリンピックの開催費用1兆3850億円のうち、どこが負担するか未定だった都外競技会場の輸送や警備費など運営費350億円について、都が宝くじの収益を充てることを検討しているという。
 
検討しているのは、大規模イベントの財源として発行する「協賛宝くじ」。
 
全都道府県と政令市が発行し、当せん金や販売経費などを除いた売り上げの4割が各自治体の収益となる。
 
五輪関係では、昨年から別の「東京2020大会協賛くじ」が販売され、大会までの収益126億円が開催経費に充当される見通しだが、それだけではまだ足りず、新たに協賛くじを発行することで350億円の運営費に充てたい考えだという。
 
もっとも、宝くじの発行には「全国自治宝くじ事務協議会」に発行を要請し、了承を得なければならないが、その協議会の会長は小池百合子都知事であるため、最終的には押し通されるかもしれない。
 
こんな東京オリンピックまで、あと3年となったが、いまだ諸問題は落ち着かないが、私たちはこのイベントについてどれほど知っているだろうか。
 
ジャーナリストの森田浩之がオリンピックの知られざる重要な側面を追い、「TOKYO 2020」を多角的に考えるための連続リポートを現代ビジネスで発表しており、第1回は『東京オリンピック「経済効果予測」のオカシさを暴こう』、第2回は、女性アスリートの参加をめぐる闘争、その成功と失敗を、『男性至上イデオロギーが支配したオリンピックの「黒歴史」』として取り上げていた。。
 
そこでは、「近代オリンピックの父」と呼ばれたピエール・ド・クーベルタン男爵の五輪における女子選手の排斥ぶりがあからさまに書かれている。
 
クーベルタンは、女性がオリンピックに参加することをまったく考えていなかった」らしい。
 
そのため、クーベルタンは生涯を通じて、女性の汗によってオリンピックを「汚す」べきではないと信じ、女子選手をあからさまに排除したという。
 
クーベルタンの発言の数々が残っている。
 
オリンピック競技は男性によって保有されるべきであると、私は感じている
男性の参加しているすべてのフィールド競技への女性の参加を禁止する
スポーツとは愛国心と軍人精神に結びつき、本質的には男性のするもの
 
極めつけはこの言葉であった。
 
「今や、女性テニス選手や女性競泳選手がいるばかりではない。女性のフェンシング選手や騎手もいれば、アメリカには女性のボート競技者もいるというではないか。
将来はきっと、女性ランナーや女性サッカー選手までいるのだろうね? 女性が行うそうしたスポーツに、観客を魅了するスペクタクルをつくり上げることができると思っているのか? 私にはそうした要求を満たすことができるとは思えない」(1912年当時)
 
第2回リポートはこう締めくくっている。

今や女性ランナーや女性サッカー選手はもとより、オリンピックのほぼあらゆる競技で女性アスリートの参加が認められている。ここまではクーベルタンが皮肉っぽく予想したとおりだ。だがクーベルタンには、女性アスリートの活躍が観客を魅了する時代が到来することを見通せなかった。」と。
 
五輪の過去の「黒歴史」はともかく、わが国での3年後の五輪にまとわりつく「復興五輪」という曖昧な言い方には、拭いきれない違和感があると、第3回目のりポートでは鋭く指摘していた。
 
<「復興五輪」という言葉に、拭いきれない違和感が湧いてくる」>
 2017.07.18 現代ビジネス
「復興五輪」と言われるが…
2020年東京オリンピックは、東日本大震災からの「復興五輪」と言われる。だが、この言葉は実際のところ、何を意味するのだろう。
よく言われるのは「スポーツの力で被災地を元気にする」「復興に向かう姿を世界に発信する」の2つだ。
しかし、どちらも被災地の人々にとっては微妙なポイントだ。
「元気を与える」「元気をもらう」は最近よく耳にする言葉だが、「元気」なるものに実体があるわけではない。「復興に向かう姿を発信する」も、「復興」という言葉の使われ方が軽いと感じる被災者には受け入れがたいだろう。
それでも東北の被災地は、2020年大会に一定の参加をすることになっている。一部競技が開催されるほか、聖火リレーの出発地点の候補にあがっているという(石巻市は以前から、聖火リレーの出発地点に立候補している)。
リレーの期間も、IOCの「100日以内」という規定を緩和する形で、大震災の起きた3月11日の直後から開始する133日案が浮上している。
だが、このように被災地を大会にからめることが復興五輪なのだろうか。
2020年大会を本当の意味で復興五輪と位置づけるにはどうすればいいのか。もしそれができないなら、いたずらに期待をあおる復興五輪という言葉は忘れたほうがいいのではないか……。
市川崑が映し出した光景
思えば東京は、復興五輪を繰り返している。
東京での最初のオリンピックは、1940年に開かれることになっていた。しかし日中戦争が長期化したことから、鉄鋼をはじめとする戦略資材が不足。競技施設の建設にも支障が生じることになり、東京は開催権を返上した。後には大会自体が戦争のため中止となる。
だが、この1940年大会には「紀元二千六百年」を記念すると同時に、1923年(大正12年)に起きた関東大震災からの復興を世界に示そうというねらいがあった。
1964年の大会は、もちろん敗戦から立ち直った姿を示す復興五輪だったと言えるだろう。
市川崑監督の1964年大会公式映画『東京オリンピック』に、象徴的なシーンがある。
冒頭に映し出されるのは、東京のビルが鉄球で次々と壊されていく光景だ。スポーツイベントの記録映画にしては、いささか奇妙なオープニング。
しかしこれは、敗戦を経験した東京が再開発されて大きく変貌を遂げたことがオリンピックの重要な意味だったと、市川が感じ取ったからだろう。
聖火リレーが指し示すもの
それにしても、敗戦や災害からの復興をアピールするのに、なぜ東京はこんなにオリンピックという舞台を使いたがるのか。
そもそも2度(1940年大会も加えれば3度)の東京オリンピック以外で、復興をアピールすることを掲げた大会はすぐに思いつかない。たまたま東京には、敗戦や災害のあとにオリンピック開催のチャンスが巡ってきたということなのか。
いや、それだけではないだろう。もしかすると日本人は、オリンピックになんらかのメッセージを持たせるような演出が得意なのかもしれない。
1964年大会の公式映画『東京オリンピック』に戻ると、市川崑は冒頭部分で東洋に初めてやって来る聖火に注目し、リレーの様子をたっぷりと映し出している。
オリンピアで採火された聖火は、トルコのイスタンブールからアジアの各都市を巡る。ベイルート、テヘラン、ラホール、ニューデリー、ラングーン(現ヤンゴン)、バンコク、クアラルンプール、マニラ、香港、台北……。
聖火は台北から、リレーの最初の「国内開催地」であり、戦争の傷跡が深い沖縄に入る。公式映画が聖火リレーのなかでとくに時間を割いて描いているのが、この沖縄と広島の原爆ドーム前の光景だ。原爆ドーム前では今のような警備などなく、聖火ランナーが群衆をかき分けるようにして走るシーンが印象深い。
リレーは鹿児島、宮崎、千歳(札幌近郊)の3ヵ所を起点とする4つのコース(千歳からは2コース)に分かれ、東京を目指した。聖火はすべての都道府県を回り、リレー参加者は計10万713人にのぼった。
日本列島を駆け抜けた聖火は、東京・有楽町にあった都庁前に集められ、さらに皇居前広場の聖火台に移された。開会式当日に最終聖火リレーが行われた青山・外苑を抜ける道は、新しい東京を象徴する新たな動脈だった。
国内リレーのコースは、日本列島の中心、そして今後の経済発展を牽引するのが東京であるということを明確に示した。この聖火リレーは復興した日本の姿を見せただけでなく、これから国が歩もうとしている道筋まで指し示すものだった。
「なぜ原爆を結びつけるのか」
聖火リレーの最終ランナーは、当時19歳の坂井義則だった。早稲田大学1年生で、競走部に所属していた。
誕生日は1945年8月6日、出身は広島。原爆投下から3時間後に生まれた。
新聞は坂井を「原爆っ子」などと呼んだが、彼の生地は広島市から北東に70キロ離れた三次(みよし)市。被爆者ではない。
アメリカの著名な日本学者エドワード・サイデンステッカーは、この人選に不快感を表した。
「いまさら聖火ランナーになぜ原爆を結びつけるのか、アメリカ人はいやな思いをさせられた」
サイデンステッカーはそう語り、最終ランナーの人選は反米主義的なもので、日本人の「自己憐憫」だと主張した。
しかし東京大会の組織委員会で事務総長を務めた田畑政治は、坂井の選出はもっと広い視野の下に行われたと言う。
「最後の走者の坂井君が、原爆投下の日に広島県下で生まれた青年であることが象徴的であった。坂井君が最終ランナーであることがアメリカに悪感情を与えるとの批判も一部にあったようだが、われわれが憎むのはアメリカではなく、原爆そのものである。……アメリカにおもねるために、原爆に対する憎しみを口にしえない者は世界平和に背を向ける卑怯者である」
坂井の身体に投影されていたのは、敗戦から復興につながる時代そのものだったとも言えそうだ。彼は後年、次のように語っている。
「東京オリンピックは高度成長の入り口にあった日本の輝きを世界に発信する祭典だった。そして、自分たちはその高揚感を全土に伝えるメッセンジャーだった」  
「復興五輪だという意識は全くない」
これに対して、2020年大会はどうなのか。被災地を走る聖火ランナーの身体が復興五輪にからむ形で、なんらかのメッセージ性を持つようなことはあるのだろうか。
その点は疑わしい。河北新報(本社・仙台)が今年2月に被災地の42市町村長を対象に行ったアンケートの結果は、ある意味で衝撃的なものだった。
この調査によれば「オリンピックは復興に役立つか」との問いに、54%が「何とも言えない」を選択した。
「復興五輪の理念は明確だと思うか」という問いには、71%が「何とも言えない」と答えた。
「何とも言えない」は強い「NO」ではないものの、実名入りで報じられる記事のアンケートで7割に達したことには、首長たちの強い不満と戸惑いの表れと言えるだろう。
自由記述欄への回答も手厳しい。
〈(復興五輪という)位置付けは素晴らしいが、具体化の取り組みが見えない〉──阿部秀保・東松島市長(当時)
〈東京で開催するのは大歓迎だが、復興五輪だという意識は全くない〉──戸羽太・陸前高田市長
〈五輪は被災地だけで行われるものではない〉──戸田公明・大船渡市長
控えめに解釈しても、被災地の首長たちは復興五輪という言葉をまともに受け取っていない。東京オリンピックが開かれることで自分たちの自治体にプラスの要因があるなどとは、ほとんど信じていないように思える。
これが、2020年大会の復興五輪という言葉をめぐる意識なのだろう。
うまく利用されている?
そもそも復興五輪という言葉は、2020年大会にからんでいつから使われているのか。
2020年大会に震災復興が関連づけられたのは、震災発生のわずか1年後である2012年、当時の招致委員会がIOCに提出した開催計画の概要である「申請ファイル」だった。
しかし国際的な招致レースが始まると、東京の招致委員会は復興五輪を打ち出すことに消極的になっていく。
そのころ海外では、震災に伴う福島第一原発の事故の影響を懸念する声が強まっていたからだ。復興五輪をアピールすれば招致活動に悪影響を与えかねないという判断だった。
しかし昨年になって競技会場の見直し議論が起こると、都の調査チームはボート・カヌー会場を宮城県内に変更する理由として、再び復興五輪を前面に打ち出した(最終的には福島で野球・ソフトボールが、宮城でサッカーが行われることになった)。
結局、誰のための復興か
2020年大会の場合、復興五輪という言葉はその時々の情勢によって強調されたり、打ち消されたりした。いうなれば、被災地は2020年東京大会の招致と、その後のPRに利用されたことになる。
そもそもなぜ東京が、多くの犠牲があった被災地を「代表」できるのか。
須田善明・女川町長が河北新報のアンケートにこたえたように、これは〈「被災3県五輪」ではない〉のだ。彼の言うように〈観光振興など過剰な期待は方向違い〉と考えるくらいがちょうどいいのかもしれない。
1964年の東京オリンピックは、戦後復興の象徴と言われる。しかし東京都心が整備されただけで、地方との格差が拡大したという側面もある。
2020年大会にも同様の問題がある。オリンピックに向けて再開発やインフラ整備が進み、一極集中が加速している。
しかし1964年大会に比べてさらに厄介なのは、菊地健次郎・多賀城市長が河北新報のアンケートにこたえたように「東京に建設需要が集中することになり、結果として国の予算が被災地に回らなくなる」ことだろう。
それでも、このオリンピックは東日本大震災の復興五輪と呼ばれるのだ。
復興五輪でいう復興とは、どこのためのものなのだろう。東北の被災地なのか、それとも開催地の東京が潤うためのものなのか。いま確認しておくべきなのは、その点だろう。
 
「復興」されるべき被災地住民からすれば、五輪の招致とその後のPRにうまく利用されただけであるという認識は強い。
 
「東京に建設需要が集中することになり、結果として国の予算が被災地に回らなくなる」ことにより、さらに被災地の復興が遅れることになる。
 
そしてこの「復興」の対象には、原発震災地のことは全く考慮されていないことだけは確かである。   
 
「これ以上、東京の一極集中は避けるべきです。既にヒト、カネ、コンピューターが集まり過ぎ。オリンピックは日本中の財や富をさらに東京に集中させます。首都直下型地震が起きたら、日本の受けるダメージが甚大になる。」・・・だから東京五輪に反対していると、この人は吠えていた。
 
<久米宏氏 日本人は“1億総オリンピック病”に蝕まれている>
 2017年7月31日 日刊ゲンダイ
 メディアは24日に開幕まで3年を切ったと大ハシャギ。9条改憲も共謀罪も築地市場移転も東京五輪にかこつけ、押し通す。「そこのけそこのけオリンピックが通る」の狂騒劇に招致段階から反対し続けているのが、日本の放送史にその名を刻む元ニュースキャスターでフリーアナウンサーの久米宏氏。歯に衣着せぬ舌鋒の鋭さは健在だ。
  ――先月放送の「久米宏 ラジオなんですけど」(TBSラジオ)のリスナー国民投票には驚きました。2000票超のうち「今からでも東京オリンピック・パラリンピックは返上すべき」が83%に達しました。→https://www.tbsradio.jp/157179
 石原慎太郎さんが東京でやるって言った時から、僕は反対しているんで。リスナーの方々も僕に「忖度」して反対が多くなるとは思っていましたけど。予想以上でしたねえ。
 ――前回の東京五輪を経験した年齢層ほど「返上」の割合が多い。
 64年大会には意義があったと感じているのでしょう。開会式前夜はどしゃ降りで「明日はとんでもないことになるぞ」と思ったら、朝起きると、雲ひとつない快晴でね。この光景が非常に示唆に富んでいて。戦後20年足らずでオリンピックをやるなんて奇跡です。当時は日本人が自信を持ち、世界に復興をアピールできたけど、今回は何の意義があるのかと疑問に思っているのでしょう。
  ――都心では「レガシー」とか言って再開発がドンドン進んでいます。
 僕がオリンピックに反対する大きな理由は、これ以上、東京の一極集中は避けるべきと考えるからです。既にヒト、カネ、コンピューターが集まり過ぎ。オリンピックは日本中の財や富をさらに東京に集中させます。首都直下型地震が起きたら、日本の受けるダメージが甚大になる。
 ――直下型地震はいつ起きても不思議はない、と危ぶまれています。
 日本で開催するにしても東京だけは避けるべきなのに、ホント理解できません。
■酷暑の開催は非常識の極み
  ――この季節、東京はうだるような暑さが続いています。
 競技を行うには暑すぎます。台風も来るし。日本にとって最悪の季節に開催するのは、アメリカ3大ネットワークのごり押しをIOCが聞き入れているだけ。今からでもIOCに10月に変えてと懇願すべきです。
  ――アスリートファーストをうたいながら、選手には過酷な環境です。
 ウソばかりつきやがってって感じですよね。なぜ真夏開催でOKなのか。本当に聞きたいんです、組織委の森喜朗会長に。アンタは走らないからいいんだろ、バカなんじゃないのって。この季節の開催は非常識の極み。開催期間の前倒しは難しいけれど、3カ月ほどの後ろ倒しは、それほど無理な注文じゃないと思う。工事のスケジュールも楽になる。絶対に開会式は前回と同じ10月10日にすべき。それこそレガシーですよね。
 ――こうした不都合な真実を報じるメディアも少ない。朝日、読売、毎日、日経が東京五輪の公式スポンサー。いわば五輪応援団です。誘致の際の裏金疑惑などを追及できるのか疑問です。
 国際陸連の前会長の息子が、黒いカネを派手に使ったって、みんな気付いているんですけど。なんで追及しないのかねえ、あんな酷いスキャンダルを。
■国家挙げてのメダル争いのバカさ加減
 ――幼少期からオリンピック嫌いだったそうですね。その理由もメダルのことばかり騒いでいるのが疑問だったとか。
(おもむろに分厚い資料を出し)間違ったことを言っちゃいけないと思ってオリンピック憲章をプリントアウトしました。第1章6項1に〈選手間の競争であり、国家間の競争ではない〉、第5章57項には〈IOCとOCOG(オリンピック組織委員会)は国ごとの世界ランキングを作成してはならない〉とある。
  ――どの国が何個メダルを取ったかの競争を禁じるようにしっかり明文化しているのですね。
 ところが、日本政府はもう東京五輪の目標メダル数を発表しているんです。(別の資料を取り出し)JOCの発表は「金メダル数世界3位以内」。選手強化本部長は「東京五輪を大成功に導く義務があり、それにはメダルの数が必要」と言っていますが、ハッキリ言ってオリンピック憲章違反。国がメダルの数を競っちゃいけないのに、3年も前からJOCがメダルの数を言い出す。こういうバカさ加減が、子供の頃から変だと思ったんでしょう。
 ――お子さんの頃から鋭かったんですね。
 しかも、メダルの色や数で競技団体が受け取る助成金まで上下する。差別ですよ、完全に。
■「今さら」ムードが国や組織を誤らせる
  ――普段から憲法を無視し、そのうえオリンピック憲章違反とはルール無用の政権ですが、丸川珠代五輪相も昨年ラジオのゲスト出演をドタキャンしましたね。
 出演交渉したら「喜んで行く」と言ったんですよ。久々に会うから楽しみに待っていたのに、政務がどうとか言ってね、1週間前にキャンセル。理解に苦しみます。
  ――反対の意見は聞きたくないという今の政権の姿を象徴しています。
 自分たちに非があるって分かっているんじゃないですか。プロセスがちっとも民主的じゃないですから。五輪開催について都民の声を一切聞かない。巨額の税金を使うのに、都民に意見を聞かずに開催していいのか。非常に疑問です。今からでも賛否を問う住民投票を行う価値はあります。
  ――多くの人々は「ここまで来たら」というムードです。
 それと「今さら反対してもしようがない」ね。その世論が先の大戦を引き起こしたことを皆、忘れているんですよ。「もう反対するには遅すぎる」という考え方は非常に危険です。日本人のその発想が、どれだけ道を誤らせてきたか。シャープや東芝も「今さら反対しても」のムードが社内に蔓延していたからだと思う。
  ――都民の声を聞くのはムダではない、と。
 90%が反対だったら、小池都知事も「やめた」って言いやすいでしょう。彼女はあまり五輪に賛成ではないとお見受けします。石原さんが決めたことだしね。五輪を返上すると、違約金が1000億円くらいかかるらしいけど、僕は安いと思う。それで許してくれるのなら、非常に有効なお金の使い道です。
  ――24年夏季五輪招致に乗り出した都市も住民の反対で次々断念し、残るはパリとロサンゼルスのみ。IOCも28年大会に手を挙げる都市が現れる保証はない、と2大会をパリとロスに振り分ける苦肉の策です。
  世界は気付いたんですよ、五輪開催の無意味さを。ソウル大会以降、開催国の経済は皆、五輪後に大きく落ち込みました。リオも今酷い状況らしい。しょせん、オリンピックはゼネコンのお祭りですから。つまり利権の巣窟。一番危惧するのは、五輪後のことを真剣に考えている人が見当たらないこと。それこそ「オリオリ詐欺」で閉会式までのことしか誰も考えていない。国民が青ざめるのは祭りの後。いいんじゃないですか、詐欺に遭っている間は夢を見られますから。今は豊田商事の証券を持っている状況です。
 ――また古いですね。
 結局、日本人はスポーツが好きなワケじゃない。オリンピックが好きなだけなんですよ。ノーベル賞も同じ。科学とか文学とか平和が好きなんじゃない。あくまでノーベル賞が好きなんです。
  ――確かにオリンピックの時しか注目されない競技があります。
 フェンシングとかね。カヌーもリオで日本人が初の銅メダルを獲得した途端に大騒ぎ。異常ですよ。日本人はカヌーが好きなんじゃない。オリンピックが好き。メダルが好きというビョーキです。
■最後まで反対だけどいついつ粛清されても……
  ――世間はオリンピックのことなら何でも許される雰囲気です。
 ラジオで「オリンピック病」の話をしたら、モンドセレクションも加えてくれって電話が来ました。いっそ立候補する都市がもう出ないなら、IOCもずっと東京に開催をお願いすればいい。一億総オリンピック病なら安心でしょう。IOC本部もアテネの銅像も全部、東京に移しちゃって。
  ――五輪反対を公言する数少ないメディア人として、向こう3年、反対を言い続けますか。
 何で誰も反対と言わないのか不思議なんですよ。そんなに皆、賛成なのかと。僕は開会式が終わっても反対と言うつもりですから。今からでも遅くないって。最後の1人になっても反対します。でもね、大新聞もオリンピックの味方、大広告代理店もあちら側、僕はいつ粛清されても不思議ではありません。
 
ラジオで活躍の場を持っている人ならではの発言であろう。
 
いまのテレビに出ているような連中は、その職業(立ち位置)に関係なく、「電波芸者」であることを求められている。
 
前回のリオデジャネイロ大会閉会式で、五輪を最大に「政治利用」した安倍晋三。
 
「金メダル数世界3位以内」と東京五輪の目標メダル数を発表しているJOC。 
 
「東京五輪を大成功に導く義務があり、それにはメダルの数が必要」と言って憚らない選手強化本部長。  
 
もはや「オリンピック憲章」を誰も守らない五輪なんかはたして必要なのであろうか、とオジサンは思う。

posted by 定年オジサン at 12:00| 神奈川 ☁| Comment(0) | 東京五輪問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする