2017年05月05日

狂った歯車を回復させるため「第四の権力」に期待できるか

さわやかなGWの中日でもあるこどもの日。
 
最近、オジサンの住んでいる自治会内では以前に比べて多くの子ども達の姿を見るようになった。
 
現在の家に住んで40年目になるが、当時は大きな地主たちが闊歩している時代であった。
 
その初代(?)地主たちが高齢化して代替わりが盛んになると、江戸時代ならば「田分け者」と呼ばれたかもしれないが、相続税が払えず手放す2代目以降が不動産業者に土地を売り始めた。
 
そして新興住宅が雨後の筍のように建ち始め、都心から多くの若い家族がやってきた。
 
最近では3人の子どもがいる家族が珍しくない状態である。
 
それにもかかわらず、全国的には「子どもの数 36年連続減 14歳以下1571万人」ということらしい。
 
まさに少子高齢化がかなり進んでいるということ。
 
少なくなった子どもたちに手厚い援助をしようと、今年3月、保育や幼児教育を無償化するための「こども保険」を創設する提言をまとめ、その狙いを「自民党の若手議員が提言する『こども保険』とは? 小林史明・衆院議員がズバリ答える」と説明していた。
 
もっとも子どもをもたない家族も多く存在しており、経済評論家の山崎元は、「小泉進次郎氏らが提案する『こども保険』に気乗りしない理由」という記事を書いていた。
 
巷では、「こども保険料」は厚生年金と国民年金の保険料に上乗せして徴収するらしいのだが、来年10月の消費税増税を見送った場合に備えた財源になるのではないかと言われ、「子ども」を使った胡散臭い話しかも知れない。
 
そんな子どもには全く縁がない安倍晋三首相だが、最近はその横暴振りと周辺の首相への忖度振りが目に余り、一部からは「まるで北朝鮮ソックリ」と批判されている。
 
例えば、3月23日に突如、証人喚問が行われたが、その理由が「総理に対する侮辱だからしっかり受け止めなければならない」ということであった。
 
4月12日の介護保険法改正案が突然、強行採決されたのも、森友学園絡みの質問に不機嫌になった安倍晋三首相に対する自民党の“忖度”だった。 
 
滞貨一掃閣僚ポストである復興省の椅子に座っていた今村雅弘復興相が「本人の自己責任」発言に続いて「東北でよかった」という暴言で更迭されたのだが、その理由も、安倍晋三首相が「私の顔を潰した」「恥をかかされた」と激怒したからだと言われていた。
 
首相の機嫌を損ねたからクビになった、という今や大臣の任命基準は、安倍晋三首相の気持ちひとつとなってしまい、本当に「立法府の長」になってしまった。  
 
最近の共謀罪創設があたかも安倍晋三首相の答弁では「テロ対策」ということになっているようだが、そもそも、国際組織犯罪防止条約(TOC条約)締結のために政府が必要としている「共謀罪」法案(組織的犯罪処罰法改正案)については、2000年に国連総会で採択された同条約に関連し、各国が立法作業をするための指針を示した「立法ガイド」の執筆で中心的役割を担った国際刑法の専門家である米ノースイースタン大のニコス・パッサス教授が、「テロ対策は条約の目的ではない」と明言した。
  「『条約、対テロ目的でない』 国連指針を執筆・米教授 『共謀罪』政府説明と矛盾」 
 
さて、一昨日の憲法記念日に、安倍晋三首相が、憲法第9条の1項と2項を残しつつ自衛隊の存在を9条に明記すると提案したことに対して、「党内でこういう議論は一回もしていない。長い議論の積み重ねをまったく無視していいとはならない」と、自民党の石破茂元幹事長は3日のフジテレビの番組で、戸惑いを隠さなかったようである。
  「首相改憲案 自民に波紋 石破氏「議論していない
 
何度でも書くが、「憲法は権力者を縛るもの」であり第99条で「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。」と明記されており、安倍晋三首相の3日の発言は明らかな憲法99条違反なのである。
 
5年前、自民党総裁として「みっともない憲法ですよ、はっきり言って。日本人が作ったんじゃないですから」と暴言を吐いたのだが、最近では、あの「アベサマのNHK」ですら、こんな変わりようである。
 
在京大手紙は、安倍晋三首相の改憲発言を矛盾だらけで説得力に欠けると社説で批判していた。
  
<「社説 首相の『9条改正』発言 重要な提起ではあるが」>
 毎日新聞 2017年5月5日 東京朝刊
 安倍晋三首相が憲法改正について「2020年を新しい憲法が施行される年にしたい」と明言した。さらに戦争放棄を定めた9条に自衛隊の存在を明記するなどの案を示した。
 施行時期の目標を明らかにし、具体的な改憲項目を明示した踏み込んだ発言だ。改憲実現に向けた意思を改めて明確にし、国会や国民の活発な議論を促す狙いなのだろう。
 自衛隊の憲法明記を支持する意見は根強くある。公明党も「加憲」論議の対象としている。改憲派も護憲派も9条を憲法論議の要と捉えるなか首相の提起はそれなりに重要だ。
 しかし、議論のテーブルに載せるには、あまりに多くの問題がある。
 まず、首相が施行時期を東京五輪開催年に重ねたことだ。両者は何の関係もない。自民党総裁の3選を見据え、任期中に改憲を実現したい思いからの後付けの理屈に聞こえる。
 国会軽視の姿勢も問題だ。衆院の憲法審査会は参政権や国と地方などの課題を巡り有識者を呼んで議論している。自民党は野党第1党の民進党との調整を重視している。
 改憲案を審議する権限は憲法審査会にしかない。その頭越しで公明党などの改憲容認勢力さえ固めればいいという話ではないだろう。
 首相は9条改正について1項の戦争放棄と2項の戦力不保持を堅持しつつ「自衛隊を明文で書き込む」ことを提起した。2項を抜本改正し国防軍などを創設するという従来の考え方からは退いたように見える。
 自衛隊は政府解釈で合憲とされ、災害派遣や国連平和維持活動(PKO)などを通じて国民に定着し、高く評価されている。
 にもかかわらず、首相は一部の憲法学者らの「自衛隊違憲論」を引き合いに9条改正を主張した。これは説得力に欠けるのではないか。
 一方、今の自衛隊は「自衛のための必要最小限度の実力」を超え、違憲となる「戦力」に相当するという議論もある。明記される自衛隊の位置付けが戦力不保持の規定とどう整理されるか、はっきりしない
 首相が言う「新しい憲法」という表現からは、米国による「押しつけ憲法」から脱却したいことへのこだわりもにじむ。
 9条は国のかたちを定める核心部分だ。扱いは丁寧であるべきだ。
 
2020年を「新しい憲法が施行される年にしたいと強く願っています」と平然と口にするこの御仁は、日本人すべてが東京五輪開催を歓迎していると思い込み、「五輪のためなら」共謀罪でも9条加権でも賛成してくれると思うほどの脳天気である。
 
「9条1項、2項を残しつつ、自衛隊を明文で書き込む」という「加憲」という考え方は決して国民的な議論に値するものではなく、単に公明党が喜ぶだけである。
 
こんな首相の下で日本の政治システムは歯車が狂いつつあると、朝日新聞は社説で主張した。   
 
<(社説)憲法70年 「第2の政治改革」構想を>
 2017年5月5日05時00分 朝日新聞DIGITAL
 政治システムとは機械仕掛けの時計のようなものだろう。
 優れた全体設計が求められ、繊細なバランスの上で歯車やバネが役割を果たさなければ、針は狂い、故障してしまう。
 「安倍1強」の下で、日本の政治システムの歯車が狂いつつあるのではないか。不自然な国有地払い下げに端を発した森友学園の問題を見るにつけ、そう感じざるをえない。
 ■首相への権力集中
 安倍首相は本人も妻昭恵氏も関与していないと繰り返す。政府は事実究明に後ろ向きだ。
 一方、政府の監視役であるべき国会は、国権の最高機関としての役割を果たせないでいる。
 野党は国政調査権の発動を求めるが、与党の反対で実現しない。財務省資料の国会提出は宙に浮いたままだ。
 政府・与党を掌握する首相への権力集中という政治状況が、問題を解明しようとする歯車の動きを止めているのだ。
 首相の1強は、1980年代末から進められてきた「政治改革」の帰結ともとれる。
 金権政治への国民の怒りを受けた一連の政治改革は、自民党一党支配を元凶と見立て、政権交代可能な政治をめざした。
 勝敗をより際立たせて強い政権をつくるため衆院に小選挙区制を導入。政党助成金制度で、政治家個人や派閥より政党に政治資金が集まるようにした。
 その後も省庁再編、国家安全保障会議や内閣人事局の設置など、歴代政権がバトンをつなぎながら「政治主導」「首相官邸機能の強化」を追求した。
 人事権、公認権、カネ、情報……。権力の源泉が首相に集中する一方で、国会による監視機能は相対的に低下した。
 確かに、小選挙区制は政権交代をもたらした。政治とカネの大きな疑惑も減った。
 だが、政権交代を繰り返すことで、権力チェックの機能が強まる。そんな好循環は旧民主党政権の挫折によっておぼつかなくなっている。
 ■抑制と均衡の回復を
 政治改革の成果は生かしながらも、行き過ぎた権力の集中がないかを検証し、統治機構のバランスを回復するメンテナンスが必要だ。
 立法府と行政府の間に抑制と均衡の緊張関係を取り戻す。そのための「第2の政治改革」と言ってもいい。
 例えば森友学園問題で俎上(そじょう)にのぼった国政調査権。ドイツでは行使の権利を議会の少数派に与えている。同様の制度を日本でも導入できないか。
 憲法に書き込む方法もあろうが、国会法などの改正で実現することもできる。
 「強すぎる首相」の一因である、首相の衆院解散権を抑制すべきだという指摘もある。
 衆院憲法審査会では「解散理由を国会で審議するなど解散手続きを法律で定める方法と、憲法を改正して解散の条件を明記する方法がある」という具体的な選択肢も議論された。
 政治の歯車が狂うのは権力の集中によってだけではない。衆参の多数派が異なる「ねじれ」現象で国会が停滞し、「決められない政治」と批判を浴びた。再び衆参がねじれた場合に、国会がどのように合意形成をはかるのかという問題にも答えを出しておく必要がある。
■三権の全体構想から
 似通った選挙制度と権限をもつ衆院と参院という二院制の役割分担をどう整理するかは、政治改革で積み残された大きなテーマでもある。
 衆院のコピーではなく、参院独自の果たすべき役割とはなにか。「再考の府」か。それとも「地方の府」か。
 憲法学者の大石眞・京大名誉教授はこう指摘する。
 「衆参それぞれの役割をイメージしたうえで、選挙制度や権限はどんな組み合わせがよいのかという統治機構全体を構想する議論を始めるべきだ」
 まずは司法を含む三権全体のあり方を点検する議論から始めたうえで、今の不具合は国会の規則や慣例の変更で対応できるのか。国会法、公職選挙法、内閣法など「憲法付属法」の改正が必要なのか。統治機構の基本枠組みを定めた憲法の改正が避けられないのか――。
 そうした整理を進めることこそ、あるべき道筋だろう。
 自民党からは「参院選の合区解消」「緊急時の国会議員の任期延長」など統治機構の一部をとらえた改憲論も上がる。手を付けやすいテーマでとにかく改憲をという思惑が透ける。
 求められるのは、このような改憲ありきの局所的な手直しではないことは明らかだ。
 日本国憲法は施行から70年の時を刻んだ。自由や人権、平和主義といった憲法の核心といえる理念を守り、次の世代に引き継いでいくには、健全な政治システムが必須となる。
 その針と歯車は狂いなくしっかりと動いているか。主権者である国民一人ひとりが絶えず目を光らせる努力が欠かせない。
 
いつ頃だったのかは定かではないが、「「マスコミには立法・行政・司法の三権を監視する使命がある」という意味合いで言われ出した言葉」としての「第四の権力」。
 
残念ながら、今では「マスコミが現に持っている権力は立法・行政・司法の三権に並んでおり、警戒すべきものである」という意味に用いられる場合は全くなくなっているようである。
 
朝日新聞の社説は内容的な事実は決して間違ってはおらず、むしろ優等生的な作文が多い。
 
誰が「首相への権力集中」に手を貸したのか、「抑制と均衡の回復を」目指す働きを行ってきたのか、という自省の念が全く感じられない。
 
「例えば森友学園問題」と言っているが、官邸の森友学園疑惑への幕引きをを誰が協力しているのか。

籠池元理事長が録音した内容から十分に安倍昭恵が関与した事実があきらかになっており、ズバリ「安倍晋三首相は総理も国会議員も辞任すべきである」と進言し、もしそうでなければ財務省が勝手に忖度しただけという証拠を提出させればよい
 
国民にとって死活問題になるようなテーマに関して、マスメディアが揃って大キャンペーンを張ったということは、最近全くなくなってきているように感じる。
 
「主権者である国民一人ひとりが絶えず目を光らせる努力が欠かせない」などと他人事のような書かれ方をみると、マスメディアは一体誰にために何のために存在するのか、少々不安になってしまう、とオジサンは思う。

posted by 定年オジサン at 12:51| 神奈川 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | マスメディア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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