2018年05月10日

米朝首脳会談は実現度が増してきたが、安倍政権は尻に火が付き始めた


一般企業の感覚からすれば「セクハラ」に関しては大きくずれていると批判されている財務省で、今さらながらの研修が行われた。 
講師『常識とズレている』 セクハラ問題、財務省幹部ら研修
 
言うまでもないが、このような研修は麻生太郎財務相と「マンツーマン」で行うべきである。 
 
ところで、北朝鮮に対する「完全非核化」のことを多くのメディアが「CVID」と表現している。
 
日本語も、ましてや英語もままならない安倍晋三首相の口からもこぼれてくる。
 
こんな英単語などがあるはずがなく、時事用語辞典では、「Complete, Verifiable, and Irreversible Dismantlement」、即ち「Complete」(完全)、「 Verifiable」(検証可能)、「 Irreversible」(不可逆)、「 Dismantlement」(解体)のそれぞれの頭文字をとって「CVID」と呼ばれると解説している。
 
なぜ、このようながんじがらめの用語が生まれたかと言えば、話しは25年前にさかのぼる北朝鮮核開発問題である。
 
第1次核危機と呼ばれたのは、1993年3月、国際原子力機関(IAEA)の特別査察に抵抗するかたちで北朝鮮が核不拡散条約(NPT)からの脱退を宣言して以降、約1年半の間、米朝高官協議が断続的に行われた期間である。
 
この危機は翌年、米朝枠組み合意(94年10月21日)が署名されることで、いったんは外交的な解決をみている。
 
その後、ブッシュ政権発足後の2002年10月にケリー国務次官補が訪朝した際、北朝鮮が高濃縮ウラン(HEU)による核開発計画に着手していることを認めたことに端を発して第2次核危機が発生した。
 
北朝鮮は1997年ころからミサイル技術をパキスタンに供与する代わりに、ウラン濃縮技術を入手したものと考えられる。これにより「米朝枠組み合意」は機能不全に陥り、2002年11月に朝鮮半島エネルギー開発機構が重油提供の停止を決定すると、北朝鮮は凍結されていた核施設の再稼働を発表し、03年1月に再びNPTからの脱退を表明した。
 
このような経緯があったので、今回の米朝首脳会談に際しては、CVIDという言葉が米国側の成果として使われ始めたということである。

しかし、これらは全て金正恩の父(金正日)や祖父(金日成)の時代である。
 
大連会談の論理 - 米朝会談を前に動かそうとする習近平とトランプ」 
      
さて、加計学園問題に関して参考人招致された柳瀬唯夫・元総理秘書官に対する質問が行われたが、野党側の追従姿勢が甘く、決定的な証言はやはり得られなかった。
 
総理秘書官経験の江田 憲司(無所属の会)からは、柳瀬元総理秘書官は「加計学園関係者との面談」を総理に報告していないとの発言に、総理秘書官としての職責を果たしていないことを批判されていた。
 
<柳瀬氏が官邸で加計学園と面会3回認める 「安倍首相まで動かせるんだ」と同席者 本誌スクープの全内幕>
 2018.5.10 10:28 AERAdot.
 国会で10日午前、経産省の柳瀬唯夫・経済産業審議官を参考人招致し、加計学園問題についての質疑が行われた。
 柳瀬氏は当時、首相秘書官だった2015年4月2日、首相官邸で愛媛県、今治市、加計学園職員と面会したという報道について、一貫して「記憶の限り、会ってない」と答えてきた。だが、ここにきて逃げられなくなり、ついに国会で「面談した」と認めた。柳瀬氏は加計学園とは2015年4月2日も含め計3回、官邸で面会したことを明らかにした。愛媛県や今治市の職員の同席については「10人近くの随行者の中にいたかもしれない」などと述べた。
 同年4月2日の面会後に作成された愛媛県の忘備録に残されていた「首相案件」という言葉については、「そもそも私は首相という言葉を使わないので違和感がある。違う形で伝わったのではないか」と否定した。さらに柳瀬氏は加計学園幹部、愛媛県、今治市の職員らとの面会について「(安倍晋三)首相に報告したこともない。話が出た覚えもない」と強調した。
 本誌が昨年7月23日(オンライン版)に柳瀬氏が官邸で愛媛県今治市の職員らと面会していたことをスクープしてから9カ月以上の歳月が経過。ようやくパンドラの箱が空いた。この問題で柳瀬氏を最初に本誌が直撃したのは、同年7月21日。その時の一問一答は以下の通りシドロモドロだった。
――今治市と官邸で面会された事実はあるのか?
柳瀬:すいません、今日ずっと出てまして、ファックスをいただいて。それでね、これ、まったく記憶ないんですよね。すいません、ちょっとね、ごめんちょっと曖昧なんだけど、この時もいろんな人の出入りがあり、会ってたと思うんだけど、これについてはちょっと記憶がないんですね。
――会ってないとはっきり言えますか?
柳瀬:いや、わかんないですね。覚えがちょっとないので。うーん、ちょっとわかんないですね。
――会っていないなら否定してもらった方がはっきりします
柳瀬:いやいや、それはね。どんだけの人と会ってるかわかんないからね。申し訳ないんだけども、すみません。そういうことで。申し訳ございません。
――今治の話にはかかわっていた?
柳瀬:それは仕事として特区の話には色々と仕事で。担当ではありましたからね。成長戦略をやってましたので、特区ができたての頃ですよね、たぶん。すいません、ちょっとちゃんとした記憶がないのでなんとも言いようがないんですけれど。すいません。よろしくお願いいたします。(電話切る)
小誌が報道した翌24日、25日と連続で衆参の国会に呼ばれた柳瀬氏は、野党から面会の事実について追及されたが、「記憶はない」を連発。2日間で計14回も「記憶にない」「会っていないと思う」などと答弁した。
 首相官邸での面会の事実を掴んだきっかけは愛媛県や今治市で加計学園の獣医学部問題について取材している時、関係者から「どれだけマスコミや世間が騒いでも、これは安倍晋三首相からお墨付きが出ているんだ」という話を聞いたことだった。
 そこから、取材を重ねるうちに官邸を訪問したのは、今治市だけではなく、加計学園、愛媛県も同席していたこと。訪ねた相手が柳瀬首相秘書官だったこと、その時の記録のようなものが愛媛県に残っているなど輪郭が徐々にわかってきた。
「柳瀬氏は多忙なのか、かなり待たされたそうです。部屋に入ってきて名刺交換をすると、矢継ぎ早に話し始めた。その中で、担当者は必死でメモを取りながら、話を聞き、いわば、御指示を御拝聴のような感じの雰囲気だったそうだ。加計学園の出席者が少し質問はしたが、県と今治市はほとんど言葉を発しなかったそうだ」(愛媛県関係者)
 そして今年4月、朝日新聞の報道で明らかになったように愛媛県によって<獣医師養成系大学の設置に係る内閣府藤原次長・柳瀬首相秘書官との面談結果について>という忘備録がまとめられ、中村時広知事ら幹部に報告されていた。
 そこには柳瀬元首相秘書官が<本件は、首相案件>と発言したことが記され、まさに安倍首相の「お墨付き」を得た面談だったことが裏づけられた。
「地方の役人が官邸に呼んでもらえるなんて、異例中の異例。官邸とのセットは加計学園がやってくれ、今治市に連絡が入り、そこから愛媛県にも来て欲しいと言われ、同行したそうです。まざまざと加計理事長の力を見せつけられたようなもの。面談が終わってから『加計理事長の力はすごい、こうやって安倍首相まで動かせるんだ』という話が参加者から出ました」(前出の愛媛県関係者)
 愛媛県の忘備録はこうした証言を裏付けるように、<加計学園から、先日安倍総理と同学園理事長が会食した際に、下村文科大臣が加計学園は課題への回答もなくけしからんといっているとの発言があった>とも記されていた。
 しかし、柳瀬氏は4月10日、メディア各社に朝日新聞の報道を否定するコメントを出した。内容は以下の通りだ。
 『朝日新聞等の報道に関しまして、以下のコメントをさせていただきます。国会でも答弁していますとおり、当時私は、総理秘書官として、日々多くの方々にお会いしていましたが、自分の記憶の限りでは、愛媛県や今治市の方にお会いしたことはありません。自分の総理秘書官時代には、国会でも答弁していますとおり、50年余り認められていなかった獣医学部の新設がどうなるかという制度論が議論されており、制度を具体的にどこに適用するかという段階ではありませんでした。実際、その後、獣医学部新設を追加規制改革項目として、取り上げるかどうかについては、いわゆる「石破四原則」の決定により、検討が開始されることになり、翌年の平成28年11月に、獣医学部新設が国家戦略特区の追加規制改革事項として、決定されたと認識しています。具体的な地点の選定手続きは、私が総理秘書官の職を離れてかなり時間がたってから始まり、今治市が特区を活用して、獣医学部新設を行う規制改革が決まったのが平成29年1月だったと認識しています。したがって、報道にありますように、私が外部の方に対して、この案件が首相案件になっているといった具体的な話をすることはあり得ません。』
 だが、この後、農林水産省、文部科学省などで面会を裏付ける文書やメールが見つかり、ついに認めざるを得なくなった。
 これで安倍首相が加計学園の獣医学部の計画を知ったのは2017年1月と国会で答弁していたことが虚偽ではないのかという、疑惑が再浮上した。
「首相秘書官だった柳瀬氏と今治市の職員らの面会を週刊朝日に昨夏、すっぱ抜かれて以降、これまでの答弁と整合性がつかないと、官邸に激震が走った。昨年10月には麻生(太郎)財務相の進言で、森友、加計疑惑をリセットするため、解散。大勝して国民の審判を仰いだとやりたい放題だったところ、朝日新聞が今年3月、森友疑惑で財務省が公文書を改ざんしていた件、4月には加計疑惑で官邸での面会のメモ(忘備録)が残されていたことをスクープ。国会が空転し、柳瀬氏に面会を認めさせる方向で正常化させるしかなかった。だが、首相の2017年1月に知ったという答弁はこのまま、国会で維持してゆくようだ」(自民党幹部)
 だが、2015年4月に作成された忘備録には「首相案件」という言葉を柳瀬氏が発したと記されており、大いなる矛盾となる。また、加計学園は当時、本誌の取材に対し、「柳瀬氏とは会っていない」などと否定。柳瀬証言が崩れたことで加計学園や今治市も苦しい対応に迫られそうだ。
 安倍首相の“政治の師匠”でもある小泉純一郎元首相は4月、忘備録についてこう語っている。
「記録と記憶ね、記録のほうが正確だと思っている人が圧倒的に多いと思うけどね。記憶にないということは人間ありますよ。でも、記録残っちゃっているんだからね。これはどっちがうそをついているかは、大体、みんな想像しちゃうよね。早く本当のことを言え、と」
 すべてが明らかになる日は来るのか。(ジャーナリスト・今西憲之)
 
一方、国有地格安払下げ疑惑に関しては、安倍政権は財務省にのみ責任を押し付けて逃げ切ろうとしていたが、またもや「残っていない」と言われていた記録が大量に出てきたという。

<財務省と森友 500ページ以上の交渉記録>
 2018年5月9日 12:07 日テレニュース
 森友学園への国有地売却問題で財務省側が学園側などと面会や交渉をした500ページ以上の記録が残っていたことがNNNの取材でわかった。去年国会で当時の佐川理財局長が「ない」と答弁していたもの。
森友問題をめぐっては14の決裁文書の改ざんが明らかになっているが、関係者によるとそれとは別に2014年から16年までに財務省側が森友学園などと面会や交渉をした際の記録500ページ以上が残っていたことがわかった。
記録の中には2016年3月に当時の理財局の幹部と森友学園の理事長だった籠池被告とのやりとりも詳細に記されている。さらに安倍首相の昭恵夫人や複数の政治家の名前もあるという。去年の国会で佐川氏は記録は残っていないと答弁し続けていた。
大阪地検特捜部もこうした記録を把握しており、財務省も来週までに記録を国会に提出する方針。
 
このニュース記事からは、膨大な記録(紙文書)が何処に保存されていたのか、そして誰が明らかにしたのかということは分からないが、財務省内部からの告発であることは確かである。
 
こんな声も飛んできた。

森友学園に関する多くの疑惑のキーマンとしては、柳瀬元秘書官の先輩でもある今井尚哉首相秘書官がより多くの鍵を握っていると言われてきた。
 
<今井尚哉・首相秘書官が初めて語った安倍政権の「責任」>
 文藝春秋 2018年6月号
 「私から文藝春秋に“出頭”するとは思いもよりませんでした。でもどうせ批判されるなら正当に批判されたいと思って」
 4月下旬、こう言いながら現われたのは、第二次安倍政権発足後の5年4カ月間、メディアのインタビューに一切応じたことのない今井尚哉首相秘書官だ。
 月刊「文藝春秋」では、5月号(4月10日発売)から、ノンフィクション作家の森功氏による短期集中連載『「官邸官僚」の研究』をスタート。第1回目は、加計学園問題をめぐって前川喜平文部科学事務次官(当時)に、「総理が自分の口からは言えないから、私が代わって言う」と迫ったとされる和泉洋人首相補佐官を取り上げた。
 第2回目に取り上げるのが今井氏である。経済産業省出身の今井氏は、森友学園をめぐる文書改ざん問題の責任を取って3月に国税庁長官を辞任した佐川宣寿氏(財務省)と昭和57年入省の同期。また、政務の首相秘書官という立場から安倍晋三首相の家族とも近く、森友学園と近畿財務局の交渉が進められていた当時に昭恵夫人付だった谷査恵子氏は経産省の後輩にあたる。さらに、加計学園問題で、「首相案件」と発言したとされる柳瀬唯夫元首相秘書官も首相官邸で今井氏の部下だった。
 そのため、一連の森友・加計問題で揺れ続ける国会において、野党から疑惑解明のキーパーソンと目され、証人喚問を要求されてきた。
 これまで政権の黒子として口を閉ざしてきた今井氏だが、今回、森氏が改めて取材を重ね、その成果を踏まえた事実関係を問う質問を官邸に送ると、「これはしっかり説明にうかがいたい」と、急遽インタビューが実現することとなった。
 約2時間に及んだインタビューの終盤、森氏が、「(安倍政権は)数々の疑惑に対して国民が納得できる説明をしていない」と問うと、今井氏はこう話した。
「そこは安倍政権として正直に説明していくほかありません。森友問題は、いくら値引きしろとか、そういう話に昭恵夫人がかかわっていないことだけは間違いありませんが、交渉の過程で名前があがっていたのは事実ですから、無関係とは言えません。うかつにも名誉校長を引き受けたのは間違いでした。安倍総理にも間違いなく道義的責任があります
 他にも一昨年の伊勢志摩サミットで配布し酷評された通称「今井ペーパー」や、谷内正太郎国家安全保障局長との確執を生んだと言われる「習近平への首相親書書き換え事件」の真相など、初めて明かされる事実が次々と飛び出したスクープインタビューの全文は、森氏執筆の『「官邸官僚」の研究(2)「総理の分身」豪腕秘書官の疑惑』とともに、5月10日発売の「文藝春秋」6月号に掲載される。
 
昨日は、ほとんど中身のない日中韓の三者会談というパフォーマンスで、森友・加計学園疑獄から目を逸らさせようと必死であった安倍晋三首相だが、世間の風はそんなに甘くはない。
 
バカ殿を守ろうとしている連中からも時間が経つにつれ新事実が露呈してくるものである。
 
自民党内からも、「安倍政権には基本的な良心が欠けている」と村上誠一郎・元行革相からも徹底批判されている。
 
さらには、昨日の日中首脳会談では、「年内に訪中する」と言っていたが、「前首相」として訪中するのであれば、誰も文句は付けないであろう、とオジサンは思う。     

posted by 定年オジサン at 12:12| 神奈川 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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