2017年11月26日

安倍晋三の国際的公約は実は単なる膏薬だった


選挙に際して出来ることを適切に言うのは「公約」、そうでないなら「アピール」とか「宣伝」と言うべきであろう。
 
約束にもならないことを公約と称するなら、単なるホラかウソというべきである。
 
もう10年以上も前だが、ある弁護士がこんなことを言っていた。
 
「公約→マニフェスト→膏薬→絆創膏」
 
絆創膏はくっつかなければ意味がないのと同じで、公約は守らなければ意味がないということだが、これに倣えば、選挙における「公約」は「膏薬」と同じということになる。 
 
安倍晋三首相は衆院選で「3〜5歳の全ての子供を無償化」と与党に事前に充分な検討指示もせずに、野党の要求を先取りしたかのようにぶち上げた。
 
しかし「幼児教育・保育の無償化」を巡り、そも対象をどこまで広げるかについて政府・与党内の調整が難航している。
 
与党は財源への懸念から「高額所得者に助成の上限を設ける」などの案を現実的とみているが、安倍晋三首相の「独走」が調整を難しくしており、先週の20日の代表質問でも野党から着地点をただす質問が相次いでいた。
 
希望の党の玉木雄一郎代表は「無償化はウソではないか。特に認可外は無償になるのか」。
 
立憲民主党の枝野幸男代表も「所信表明の『全て』というのは、限定や差異なく無償化するとしか受け取れない」と述べ、政府内の矛盾点を指摘し、それに対する安倍晋三首相の答弁は、「具体的な検討を進めているところだ」と返すしかなかった。
 
これも改憲にむけてのエサに過ぎなかったことは明らかで、「改憲『教育無償』、明記しない方向 自民、努力目標課す案」と大きく後退したのだが、安倍晋三首相への忖度はなくなったようである。
 
2020年東京五輪でフクシマの復興を世界に宣伝し、さらにみずからの内閣で改憲をやり遂げ後世に名を残すことしか頭にない安倍晋三首相にとって、「目の上のタンコブ」化したのが、東日本大震災からの復旧・復興である。
 
<東日本大震災 東北沿岸部、続く地盤隆起 最大30センチ、復興工事変更も>
 毎日新聞 2017年11月26日 東京朝刊
20171126jibanryuki.jpg東日本大震災でいったん沈んだ東北地方太平洋沿岸部の地盤が隆起を続けている。国土地理院の調査では、30センチほど上昇した場所もあり、津波の被災からの復旧を目指す防潮堤の計画を変更したり、岸壁のかさ上げした部分を削り直すなど工事内容を変更したりする事例まで出ている。【佐藤慶、新敦】  国土地理院が昨年、岩手、宮城、福島など被災地の計573の水準点の標高を測量したところ、震災半年後の2011年10月と比べ、宮城県の石巻市鮎川で約30センチ▽気仙沼市長磯で約24センチ▽岩手県釜石市大町で約17センチなどの隆起がほぼ全ての地点で確認された。震災で急激に動いたプレートの下に対流する岩石などが、水あめのようにゆっくりと流動し、地盤を押し上げているという専門家の指摘もあり、長期間に及ぶ可能性が取りざたされている。







 
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地盤が隆起し、乗り下りするため、はしごを使っている大船渡漁港=岩手県大船渡市で15日、佐藤慶撮影
 
 隆起はさまざまな影響を与えており、隆起が広範囲に及ぶ宮城県では今年3月、沿岸部の防潮堤382カ所の復旧・復興計画のうち、約23%の89カ所で計画を見直す方針を発表した。気仙沼市の神山川では、津波の遡上(そじょう)対策として、575メートルの堤防を計画したが、市内の標高が平均約22センチも上昇したことがわかると、工法が見直された。堤防は計画より約190メートルも短縮され、住民団体が伐採に反対していた桜並木約60本のうち17本が残されることになった。
 石巻市の鮎川漁港では震災後、1メートルほど地盤が沈み、かさ上げしたものの、今度は岸壁が想定より約30センチも高くなり、漁業関係者から「荷揚げが難しくなった」などと苦情が相次いだ。宮城県は今年に入り、事業費1億7000万円をかけて隆起分を取り除く「かさ下げ」工事に着手。一部は完成し、地元漁協は「作業効率は上がった」と評価する。
 この工事では、30センチ以上の隆起が確認された場合、新たな災害復旧事業として認定し、国が事業費の3分の2を負担する新制度が利用されたが、水産庁によると具体化したのはこの事例のみだ。
 約20センチの隆起が確認された岩手県大船渡市の大船渡漁港では、小型船の漁業者が独自に岸壁にはしごを設けている。漁師の男性(72)は「春先の干潮時は特に荷揚げが大変だが、再び直すのは手間がかかる。我慢するしかない」と話していた。
 
2011年3月の大震災によりもっとも厄介で危険なのは、一向に「収束」という言葉が使われることがない福島第一原発の大事故により発生した放射性物質による汚染水対策である。
 
<頼れぬ凍土壁、遠い廃炉 福島第一、汚染水対策の行方 台風、地下水が大量流>
 2017年11月26日05時00 朝日新聞
 東京電力福島第一原発の汚染水対策の「切り札」として、東電と国が建設した凍土壁。345億円の国費が投じられた。ほとんどの地点が凍ったとみられるが、大雨が降ると建屋に流れ込む地下水が急増するなど、頼りなさが露呈。最大の目標である地下水の抑制効果は、期待されたほど上がっていない。放射能の強い高濃度汚染水がたまっている限り、外部に漏れ出す恐れが残るだけでなく、本格的な廃炉作業に入れない状態が続くことになる。(川原千夏子、東山正宜)
 「最終凍結を始めて以降、地中の温度は0度以下になってきている。だが、評価については時間をかけてゆっくりと精査する」
 凍土壁を全面凍結する作業が始まって3カ月になった22日。東電の定例会見で、その効果について質問を受けた広報担当者の回答は歯切れが悪かった。
 凍土壁は、福島第一原発の1〜4号機の原子炉建屋やタービン建屋などの地下に地下水が流れ込むのを抑えるため、建屋をぐるりと囲むように地中に作る「氷の壁」だ。凍結管をおよそ1メートルおきに約30メートルの深さまで打ち込み、マイナス30度の液体を流して周囲の土を凍らせる。全面的に凍結すれば総延長は約1500メートルに及び、山側から海に向かって流れる地下水を、建屋の手前でダムのようにせき止める効果を狙う。
 工事は2014年に始まった。段階的に凍結が進み、16年に建屋の海側の列で地下の温度が0度以下になった。凍結する部分を山側に広げていき、今年8月22日に残っていた最後の7メートルの凍結が始まった。
 東電によると地中の温度は順調に下がり、2カ月ほどでほとんどの地点が0度以下になった。建屋に流れ込む地下水の量は昨年初めに1日当たり推定190トンだったのが、今年10月前半には110トンまで減少。目標としていた「100トン以下」が近づき、建屋の地下にたまって作業を妨げている高濃度汚染水の除去に道筋が開けたかに見えた。
 だが、10月下旬に台風21、22号が大雨を降らすと状況は一変。地下水位が急上昇し、建屋にも大量の地下水が流れ込んだとみられる。結局、10月の1カ月間の平均の流入量は1日あたり310トンと推定される。一連の汚染水対策を始める前の400トンに迫る量だ。
 雨が少ない時期は流入の抑制効果が見えるものの、大雨になると心もとないというのが凍土壁の現状だ。
 
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 凍土壁の凍結管は、もともと地下にある原発の配管などを避けているため、どうしても凍らない部分ができる。地下水がある程度通るのは想定内とは言え、温度計の値が0度以下を指しても本当に「氷の壁」になっているのか、凍っていない部分がすだれ状に残って地下水が通ってしまっているのか分からない。
 環境地盤工学が専門の嘉門雅史・京都大学名誉教授は「凍土壁のみで地下水をせき止めるのは無理があった。複数の工法を組み合わせるなど、東電は溶け落ちた核燃料(デブリ)の取り出しまでを見据えた長期的戦略を持って対策にあたるべきだ」と指摘する。
 ■対策、井戸くみ上げに軸
 凍土壁は汚染水対策の柱と位置づけられてきた。
 13年に高濃度汚染水がタンクから地下に染みこんで海まで漏れ、国内外で大きな問題になった。政府は汚染水対策への関与を強め、基本方針を策定した。山側からの地下水の流れを凍土壁でせき止めて建屋への流入を減らすとともに、汚染される前にくみ上げて海に流すなどの方策だ。
 
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 20年五輪の東京への招致を目指していた安倍晋三首相は9月、ブエノスアイレスの国際オリンピック委員会(IOC)総会で、汚染水は「コントロールされている」と演説。帰国後、凍土壁への国費投入を閣議決定した。
 それから4年。凍土壁はほぼ凍結し、鋼管を護岸に打ち込んだ遮水壁も完成した。政府が基本方針で打ち出した対策は出そろった形だが、地下水は今なお思うように制御できていない。
 凍土壁の効果が見通せないなか、地下水対策の軸足は井戸からのくみ上げに移りつつある。建屋周辺に42本ある井戸からポンプで海に流し、建屋に近づけない狙いだ。地下水の水位も調整できるとあって、東電は年明けまでにポンプや設備の処理能力を倍増させる計画だ。

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 だが、それでも建屋への地下水流入を完全に止められるわけではなく、処理汚染水が増え続ける問題は残る。水分子をつくる水素そのものが放射化したトリチウムは取り除けず、東電はタンクにため続けている。法令上、基準以下に薄めれば海への放出が認められており、原子力規制委員会もそれを勧める。だが、地元の漁業者の反対は強く、放出はされていない。
 将来的に福島第一原発の廃炉を完了するには、デブリを取り出し、設備を解体していく必要がある。地下に高濃度汚染水がある状態では作業員の被曝(ひばく)が増え、作業は制限される。「廃炉の本丸」(東電幹部)である建屋内での本格的な作業が、いつまでたっても始められない状態が続く。
 規制委の更田豊志委員長は「福島第一原発は戦場のような現場だったので、とりあえず凍土壁を試みたのは理解できる。ただ、本当に投資が正しかったかは検証すべき段階だ。国が決めた方針だとしても、東電は自ら主体性を持って判断して欲しい」とする。
 ■処理済み100万トン、増加の一途
 福島第一原発1〜4号機の建屋地下には、放射能が極めて強い高濃度汚染水が約6万トンある。放射性セシウム換算で1リットルあたり数千万ベクレルにもなるレベルで、再び地震や津波が福島第一原発を襲えば、地中や海に漏れ出す恐れが続く。
 高濃度汚染水は地下からくみ出され、溶け落ちた核燃料(デブリ)の冷却のために処理施設を経て再び原子炉に戻されている。もともとある高濃度汚染水を循環させるだけなら水の量は増えないはずだが、実際は地下水が流入して混じってしまうため、その分、量が増えている。
 増えた分は放射性物質を取り除いた後に大型タンクにためられている。こうした処理汚染水は増加する一方で、この秋、100万トンを超えた。敷地内の大型タンクは約800基に及ぶ。
 東電は20年までにタンクを130万トン分まで増設する計画だが、敷地にも限りがある。地下水の流入量を減らすことが、処理汚染水の増加ペースを下げることに直結する。
 国と東電は今年9月に改訂した廃炉計画で、流れ込む地下水を20年までに減らし、デブリの冷却水と合わせた高濃度汚染水の発生量を、現在の数分の1にあたる量にすることを目指している。
 
海への放出が認められている基準値そのものが都合よく設定された数値で、当然ながら地元の漁業者の反対は強く、放出はされていないことから明確に断言できることは、汚染水処理は「終わりのない作業」であり、あの時の安倍晋三首相の汚染水は「コントロールされている」という演説は、末永く「国際膏薬」と語り続けられることであろう、とオジサンは思う。

posted by 定年オジサン at 12:05| 神奈川 | Comment(0) | 東日本大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月11日

公共事業だけでは復興対策にならない

東日本大震災および原発震災から4年目に入った在京大手紙と地元紙、そして被災地からもっとも遠く離れた県の地方紙の社説を比較して見る。

 
★朝日新聞
復興への道―住民の納得があってこそ」とのタイトルで主に防潮堤の建設問題に紙面を割いていた。
 

被災地の復興は、息の長い取り組みになる。行政主導の対策が住民の考えとずれたり、住民同士の利害が対立したりして、うまく進んでいない例があちこちで見られる。
 気仙沼の模索から学ぶべきは「将来世代への責任」と「今を生きる住民の納得」だろう。そのために、行政任せにせず一人ひとりが自ら考え、一致点を見いだす努力を重ねていく。

 
★毎日新聞
東日本大震災3年 まだ程遠い復興への道」と題して、福島第一原発事故に焦点を当てていた。

 
中でも、福島が直面する現状は厳しい。避難者の約半数は福島県民だ。もう一つ、心配な数字がある。津波や地震による直接的な死亡とは別に、避難生活の長期化による「震災関連死」の死者が、福島で1600人を超え、直接死を上回ったことだ。800人台の宮城、400人台の岩手を大きく上回る。

 
★讀賣新聞
復興加速へ 住まいの再建が喫緊の課題だ」として、福島が復興の中心であるという。

 
岩手、宮城両県に比べ、福島県は復興の遅れが目立つ。東京電力福島第一原発周辺では、がれきの処理さえ進まない地域がある。
帰還者の生活が軌道に乗れば、福島の人々に希望を与えよう。
 震災の惨禍を乗り越えるには、福島の復興が不可欠である。

 
★産経新聞
大震災3年 前を向き復興への夢語れ 政府は効果的な長期支援を」 

 
「復興は4年目に入る。今年は被災地の皆さまに復興をより実感していただけるようにしていきたい」という安倍晋三首相の発言を支えるかのように政府の復興対策が進んでいることを強調していた。

 
津波被害にあった地域の高台移転では、移転話が持ち上がったほとんどの地域で計画が策定され、事業の着工は64%にのぼる。災害公営住宅も福島県を除く約2万1千戸のうち、着工は6割に達している。
 雇用の場を確保する産業復興をめぐっても、本格的な再建にステージが移りつつある。
 被災した水産加工施設の8割近くが業務を再開し、津波被害を受けた農地のうち、営農再開が可能になった農地は昨年12月で6割を超えた。
 宮城県のイチゴ農家では震災前の7割にまで収穫が回復し、販路拡大に向けて新たに輸出にも乗り出そうとしている。
 政府は総額19兆円としていた復興資金を25兆円に拡大し、さらに追加計上も検討するという。

 
戦後、70年近くの間、米軍基地に土地と命を失われ、本土復帰は果たしたが県としての復興は依然道半ばである沖縄では、沖縄タイムスは「心のひだに届く支援を」とのタイトルで「国はオリンピック開催に浮かれる前にこの現実を直視し、復興に優先して取り組むべきである。」とズバリ、核心を突いていた。

 
原発被災地でもある地元の福島民報は、「震災3年【人手不足】力を貸してほしい」と人口減を訴えている。

東日本大震災後、相双地方が抱える悩みは数多い。中でも人手不足は、復興を進める上で直面する深刻な問題だ。人員が足りないために、業務を震災前の規模に戻せない、求められる需要に応えられない事業所は多々ある。
 地域で働ける人は既に働いているという見方の一方、潜在的な就業可能者はまだいるとの期待もある。体と時間に少しでも余裕があるなら誰でも、仕事の場へ一歩踏み出してほしい。
 相双地区の1月の有効求人倍率は2.63倍だった。2.96倍だった12月より下落したとはいえ、全国の1.04倍、本県全体の1.31倍と比べて顕著に高い。
 月間の有効求人数と有効求職者数のここ1年半の推移を見ると、求人が482人増えたのに対し、求職者は902人減っている。高い求人倍率は、求職者の減少が大きな要因と分かる。年代別の求職者の分布が一年前と大きく異ならないことなどから、ハローワーク相双は、管内で職を求めていた人はほぼ就職したとみている。
 人手不足は建設業や、医療、介護などの分野の特殊な事情ではない。スーパーや飲食店などのサービス業でも猫の手も借りたい状態だ。人が確保できないために再開していない店は多い。
 南相馬市は少しでも就業希望者を掘り起こそうと、奨励金制度を導入するため、新年度予算に事業費を計上している。1年以上就業していなかった人が、市内の事業所に1年以上勤務すると10万円を支給する。狙いは主婦層だ。対象は市民に限らない。700人相当の予算を用意する。
 特別な技能や資格がなくても、求められる職場はいくらでもある。
 震災後は多くの混乱もあり、それぞれに心労もあったろう。それでも人の一生で、3年はそれなりの時間だ。区切りとして、歩き出してもいい時期ではないか。「地域の復興のため」と構える必要もない。一人一人が地域に空いた穴を埋めていけば、その場所を別の人が歩き、にぎわいの成果は自分に返ってくるはずだ。
 仮設住宅の住民向けに家庭菜園を用意すると、枠はすぐにいっぱいになり、どの畑も見事な野菜が育つという。求められる役割を果たすこと、何かを生み出すことは人間にとって欠かせない営みだ。その働く姿も、働かない姿も、子どもたちは見ている。
 将来を担う子どもたちが誤った認識を持つことのないよう、大人が当たり前に働く姿を見せたい。(佐久間 順)

 
南相馬市は3年前の3月11日時点での市内の人口は71,561人であったが、今年の3月6日時点では51,810人である。  

 
 
いくら「求められる職場はいくらでもある」と宣伝しても一部帰還困難区域がある小高区は3年前は12,842人の住民が住んでいたが現在は無人化している。

 
住民が帰還できない根本的な原因を取り除かない限りは村や町の復興はあり得ない。

 


 
2013年3月19日にNHKを退職し、同年7月21日の第23回参議院議員通常選挙に宮城県選挙区からみんなの党公認で出馬。

 
選挙中は「『消費税増税、反日デモ参加』 みんな新人がネットでネガティブキャンペーン」と話題になった。

 
党首の渡辺喜美と一緒に「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」に所属している人物なので、その歴史認識と思想信条には、とても賛成できないのだが、防災士の資格を持ち、NHK仙台放送局時代には名取市閖上の町内会と津波避難について協議を行っていた経歴を持つ参院議員1期生。

 
名前は歴史好きの父親が伊達政宗にちなんで付けたという和田正宗。

 
国土交通委員会や東日本大震災復興特別委員会のメンバーでもあり、地元選挙区の復興にはかなり時間をかけて現地調査を行っている。

 
その新人議員が先月6日の参院予算委員会で地元の大防潮堤計画について政府に計画委変更を迫っていた。

 
和田政宗議員: 
宮城県沿岸で計画されている大防潮堤計画について質問する。
宮城県北部の気仙沼市では、大防潮堤建設計画があり、住民から懸念や反対の声があがっている。
気仙沼市の小泉地区では、高台移転して人が全く住まない所に230億円をかけ、14.7mというとてつもない高さで防潮堤を建設する。
安倍昭恵内閣総理大臣夫人は、宮城県の巨大防潮堤計画を問題と考え、何度も現地に足を運んでいる。総理が現地に行けない分行って下さっていると私は考えている。
昭恵夫人は、計画見直しを住民とともに計画の見直しを訴えている。
総理はこの問題についてどんな感想をお持ちか。
  
太田明宏国土交通大臣
防潮堤の高さは、中央防災会議で、数十年〜百数十年に一度、東北地方の場合は数十年に一度の発生が予想されるレベルT(L1)と呼ばれる津波を防げるように設定されている。
高さ、構造、緑を植えるなど、様々な方法を組み合わせて行う。
環境面の配慮、砂浜の保全など、多方面の要望を受け、県が管理者として住民と合意形成を行うものである。
亀山磯草地区は決定した。そこは防潮堤内部に人が住まない条件である。
 
安倍晋三内閣総理大臣
私の妻や、地元議員の小野寺五典防衛大臣からも聴いてる。
県が主体となっている。
十分に話し合って進めて行くことが大事と考えている。
 
和田政宗議員
国の考え方が柔軟なのは分かっている。
国は防潮堤の高さを示したのではなく、防ぐべき津波の高さを示している。
しかし、事業主体の宮城県が、かたくなに高さで通そうとする。
気仙沼市大谷海岸も、9.8mもの高さの防潮堤を建設する計画を、住民が反対している。
気仙沼市唐桑町鮪立(しびたち)地区では、住民が9.9mから5mに下げるよう要請しても、県が却下している。
住民がすがるのは、もう宮城県ではない。
国のトップである総理がこれは問題である、見直すべきであると言っていただかないと、今の状況は動かない。
 
太田明宏国土交通大臣
これは総理や我々がこうだと言っても、全員一致と言うようには、現実にはいかない。
防潮堤は高いほうがいい、いや、低いほうがいい、砂浜があったほうがいい、海が見えたほうがいい、漁場の意見など、合意形成というのは簡単ではない。
宮城県は一つ一つの海岸について、様々な方法について、良く話し合い、粘り強く努力することが大事だと考える。
 
和田政宗議員
宮城県は一律に防潮堤を高さで決めようと先走っている。
高さを下げた部分は極一部に過ぎない。
太田大臣に確認だが、国としては、高さにこだわるといった考えは取らないということでよろしいか。
 
太田明宏国土交通大臣
あくまでもL1という基準で。
L1だけで津波を抑えるということはなかなかできないが、様々な工夫がされることが必要である。
県、市町村、住民が合意を形成する、粘り強い努力が必要だと考えている。
 
和田政宗議員:
宮城県の合意形成の取り方と言うのも問題である。
先ほど例示した小泉地区では千数百人の住民がいるのに100人の住民説明会で合意が得られたと言って県が推進しているところもある。
本当に住民合意というのが何なのかというところも、しっかりと国が示してもらいたい。
総理は美しい国日本を掲げている。私も賛同したい。
小泉地区も大谷海岸も、環境省が選定している海水浴場百選にも指定されている。
国土の美しい景観を子どもたちに受け継いでいくというのも、美しい日本であると私は考えている。
ここに9.8mの堤防を作って、人が住んでいないところに、230億円かけて14.7mの堤防を造る。
これはもう、美しい国日本に反すると私は思っている。
後世まで何であんなものを造ったのだと言われると思います。

 
国の方針に従っているはずの自治体(県)が予算消化目的で地元住民の総意を無視した事業を行っているという。 

 
さらに昨夜のテレビ朝日の番組でも宮城県の巨大防潮堤建設計画や無駄なかさ上げ事業に対して、和田政宗は現地の声を代表して政府側に斬り込んでいた。
   
別の番組では福島第一原発で働く現場作業員の実態をレポートしていたが、いまだに強い放射線量のため、短期間で年間許容被爆量を超えてしまうため、ベテラン作業員が次々と現場を去り、技術が伝承されず毎日のように作業ミスから汚染水漏れが頻発しているという。

 
そして政府の停止中原発の再稼働方針により、原発技術者たちも危険な福島から再稼働される原発に移動しているという。

 
海水で浸食され、ため池状態になった土地に莫大な予算をつぎ込み農地にするというバカげた復興作業。

 
漁師の仕事を奪うような、海が見えなくなるほどの大防潮堤を作る愚かしさ。

 
さらには今後東北3県から建設関連労働者が大挙して2020年東京五輪のため東京に移動するという。

 
「東京五輪招致のためIOC総会で嘘をついた」安倍晋三首相が、ぬけぬけと「復興は4年目に入る。今年は被災地の皆さまに復興をより実感していただけるようにしていきたい」とうそぶいていたが、あと6年たっても被災地の現状は公共事業だけでは復興されないだろう、とオジサンは思う。 

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2014年03月05日

福島を忘れたいから3.11は忘却記念日か?

緊迫しているウクライナ情勢に関して国内では、たとえば「メディアははっきりと書くべきだ。安倍首相にはウクライナ情勢に打つ手がないと」(天木直人ブログ)とか、「プーチンに電話もできない安倍首相『地球儀外交』の情けなさ」(日刊ゲンダイ)と、自らの最大の弱点でもある外交能力の欠如を指摘されていた安倍晋三首相。

 
「日米同盟の深化」を標榜しながらオバマ離れはできず、といっていくら北方領土の返還が目的でも、やみくもにプーチン寄りの発言はできないという状況なので、「沈黙は金なり」状態であったことが、幸いな事態に進んできた。

 
<露大統領、軍事介入せず クリミア併合も否定>
 2014/3/5 中國新聞
【モスクワ共同=松島芳彦】ウクライナ南部クリミア自治共和国の重要拠点を掌握したロシアのプーチン大統領は4日の記者会見で「(自治共和国に)ロシア軍を投入する可能性は消えた」と述べ、軍事介入を回避する考えを表明した。ウクライナの政変を批判する一方、ロシア系住民が多数を占める自治共和国を併合する可能性について「今のところ、その必要はない」と否定した。
 ペスコフ大統領報道官によると、プーチン氏はロシア西部のウクライナとの国境付近で実施していた軍事演習に参加した15万人の部隊に撤収を命じた。ロシア外務省高官も危機打開に向け、欧米諸国と話し合う用意があると述べた。欧米による対ロ制裁が現実味を帯びる中、軍事介入回避や撤収命令を強調することで対話の可能性を探る意図があるとみられる。
 プーチン氏は会見で政変について「憲法違反のクーデター、暴力による政権奪取だ」と批判。6月にロシア南部ソチで開催する主要国(G8)首脳会議の準備会合については「準備は進めているが、(欧米首脳が)望まないのなら出席する必要はない」と語った。

 
米国防総省は3日、ロシアがウクライナのクリミア半島を実質的に実効支配しているとして、ロシアとの軍事交流を停止すると発表し、演習や閣僚の対話、国際会議の開催などを取りやめるとしている。

 
さらに、ここ数年、不測の事態が起きるリスクを減らすため、米露軍事交流による相互理解を目指してきたが、交流停止でロシアの国際社会での孤立化を図ろうとしたり、欧米が強調して制裁発動を警告したことが、プーチン大統領の会見内容になった。

 
その結果として、クリミア半島を実効支配したことにより、軍事介入との批判を避け、あえてクリミア自治共和国の併合は必要はないとプーチンは強調したかったのだろう。

 
こんな国際情勢からはすっかり「蚊帳の外」にいた国内では、あまり「実効」が伴わないことが議論されていた。

 
<閣議・閣僚懇:議事録公開 情報公開に前向き姿勢アピール>
 毎日新聞 2014年03月05日
政府は4月1日から閣議と閣僚懇談会の議事録を作成し、首相官邸のホームページで順次公開することになった。安倍晋三首相は昨年10月、特定秘密保護法の国会審議に関連して、閣議の議事録作成を義務付ける公文書管理法改正を表明していたが、閣僚懇も対象に加え、法改正せずに実施に移す。秘密保護法の施行を前に、情報公開に前向きな政権の姿勢をアピールするとともに、議事録公開を求めていた公明党に配慮する意味もある。
 「公明党の山口(那津男)代表が問題提起し、井上(義久)幹事長はじめみなさんが後押ししたことによって、議事録の作成、公表に大きく前進した。歴史的な一歩を刻むことになった」
 首相は4日の参院予算委員会で、公明党の西田実仁氏の質問に答える形で方針を打ち出し、昨年の臨時国会以来の同党の取り組みを持ち上げてみせた。山口氏は同日の記者会見で「画期的なことだ」と評価した。
 集団的自衛権の行使を可能にする憲法解釈変更を巡って最近は連立関係が緊張していただけに、首相周辺は「公明党対策でもある」と明かす。
 2007年に発覚した年金保険料の記録漏れ問題を契機に、福田康夫首相(当時)は08年1月の施政方針演説で、行政文書管理のあり方を見直す考えを表明。麻生内閣の09年6月に公文書管理法が成立した。同法は閣議の「決定、了解、経緯」について行政機関の職員に文書の作成を義務付けているが、「閣議の資料などが対象で、議事録は含まれていない」(内閣府公文書管理課)と解釈されており、同法施行後も議事録は作成されてこなかった。閣議の議事録作成は1885(明治18)年の内閣制度創設後、初めてとなる。
 政府は議事録の作成、公開を近く閣議決定する。首相は4日の参院予算委で「閣議決定の効力はその後の内閣にも及ぶのが原則」と述べ、方針は安倍内閣以降も踏襲されるとの認識を示した。菅義偉官房長官は4日の記者会見で「法改正で30年後に国立公文書館に移管するよりも、現行法の中で速やかに公表した方が、説明責任という観点から国民に理解してもらえる」と説明した。
公開時期は閣議の3週間後になる見通し。ただ、すべてのやり取りが公開されるわけではない。国の安全が害されたり、他国や国際機関との信頼関係が損なわれたりする恐れがある場合など、政府が情報公開法の不開示事由に当たると判断すれば、伏せることもできる。菅氏は会見で「陪席者のメモを基に閣僚の発言を作成したい。一言一句という形は困難だろう」とも述べた。
 首相官邸関係者は「閣議の議論は形式的だ。閣僚懇も、みんなが聞いているところで聞かれてはいけない話なんてしない」と解説する。議事録を作成しても政府の活動に大きな支障はないというわけだ。一方、安倍政権は国家安全保障会議(NSC)の議事録公開には慎重姿勢を崩していない。【鈴木美穂】
 ◇閣議の議事録作成に至る経緯
2008年 1月   福田康夫首相(当時)が施政方針演説で行政文書管理のあり方見直しと法制化の検討を表明
      3月 法整備に向け、有識者会議を設置
  09年 3月 麻生内閣が公文書管理法案を閣議決定。公文書を「国民共有の知的資源」と明記
      6月 公文書管理法が成立。11年4月に施行
  13年10月 安倍晋三首相が参院本会議で、閣議の議事録作成を義務付ける公文書管理法改正を表明
  14年 3月 安倍首相が参院予算委員会で14年度から閣議、閣僚懇の議事録作成と公開方針を表明

 
特定秘密保護の対象にならないような、どうでもいい閣議や閣僚懇の議事録を公開されても、国民にとっては全く役に立たない情報である。

 
「国の安全が害されたり、他国や国際機関との信頼関係が損なわれたりする恐れがある」議題は当然ながら国家安全保障会議(NSC)で話され、その議事録は原則公開しないことも明白である。

 
「閣議の議論は形式的だ。閣僚懇も、みんなが聞いているところで聞かれてはいけない話なんてしない」と首相官邸関係者が解説するとは、国民も野党も随分と見くびられている話である。

 
明らかなこんな茶番は「公明党対策でもある」とばらされている。

 
そういえば、昔から「踏まれても どこまでもついて行く 下駄の雪」という永田町川柳がある。

 
どんなに踏んづけられても、下駄の歯の間にはさまった雪のようにしつこく離れない、ということだが、最後は溶けてなくなってしまう、との怖いオチもついている。

 
自公政権になってからは、公明党が「下駄の雪」と陰では揶揄され、党自身も認識していたらしいが、最近は「下駄の鼻緒」に成長しらたしい。

 
さらに、福島県出身の公認会計士でもある公明党の若松謙維の質問に答えて安倍晋三首相はこんなリップサービスもしていた。

 
<「3月11日を記念日に」含め検討>
 3月4日 14時51分 NHKニュース
安倍総理大臣は参議院予算委員会で、東日本大震災の発生から3年となることに関連して、「大震災の試練から得た貴重な教訓を防災に役立てていくことは極めて重要だ」と述べ、3月11日を記念日とすることも含めて、今後検討していく考えを示しました。
この中で安倍総理大臣は、東日本大震災の発生からまもなく3年となることに関連して、「大震災の試練から得た貴重な教訓を記録に残すとともに、蓄積、整理、共有して防災教育に活用するなど、各世代がしっかりと受け継ぎ、災害の絶えないわが国の防災に役立てていくことは極めて重要だ」と述べました。
そして安倍総理大臣は、3月11日を記念日にすべきではないかという指摘に対し、「復興は今なお道半ばで、まずは政府を挙げて復興に取り組みたい。そのうえで今後、長期的な観点から3月11日という日をどのように位置づけ、どのような取り組みを行っていくかは指摘を踏まえてよく検討したい」と述べました。
これに関連して古屋防災担当大臣は「教訓をしっかりと生かしていく視点に立って、関係大臣と記念日の制定に向けて検討していきたい」と述べました。
震災を巡っては、関東大震災が起きた9月1日が「防災の日」に、阪神・淡路大震災が起きた1月17日が「防災とボランティアの日」に、それぞれ閣議了解で制定されています。

 
公明党の復興・防災部会長代理で東北方面副議長でもある若松の質問は決して他意はなかったのだろうが、安倍晋三首相の考えには若干勘ぐってしまう。

 
政府が定める「記念日」とは、国民が何かしらの認識・理解を深める目的で制定される。

 
なかでも祝日は、「国民の祝日に関する法律」で「自由と平和を求めてやまない日本国民」が「美しい風習を育てつつ、よりよき社会、より豊かな生活を築きあげるために、ここに国民こぞって祝い、感謝し、又は記念する日」という意味付けられている。

 
祝日ではない記念日のなかには、「子ども読書の日」(4月23日)、「北方領土の日」(2月7日)などのほか、1964年に閣議了解された「原子力の日」(10月26日)も存在する。

 
まさか祝日にするには地震・大津波の被災者からは非難轟々だろうから、阪神・淡路大震災が発生した日の「防災とボランティアの日」並みを考えているのかもしれない。

 
しかし震災の被災者は、地震と大津波だけではなく、広く使われている「原発震災」の被災者も多く存在する。

 
10万人以上、14万人ともいわれている故郷を離れざるを得なかった原発震災避難者たちからすれば、3月11日を単なる「防災記念日」などとされてしまうことには大きな抵抗がある。

 
少なくとも全員が故郷に帰還するか、または新しい職と住居が確保できた生活に戻るまでは、とてもじゃないが「記念日」など感情的にも受け入れることはできないだろう。

 
国の政策としてあらためて原発を「基盤電源」と位置付け、経済界の後押しを受けながら停止中の原発の再稼働を目論む安倍晋三首相の頭の中には、「早く福島の原発大爆発と汚染水漏水のことは忘れたい」という考えでいっぱいなのだろう。

 
集団的自衛権行使容認の閣議決定は、公明党出身の太田昭宏国土交通大臣の承認が必須である。

 
そのために「公明党対策」と称して、3.11を記念日にすることは、「被災者・棄民日」となるのではないだろうか、とオジサンは思う。

 
 
posted by 定年オジサン at 12:30| 神奈川 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 東日本大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月12日

3.11大津波後の被災地の定点観測

昨日もまた昨年と同様、政府主催の「東日本大震災2周年追悼式」が、東京都千代田区の国立劇場で営まれた。
 
天皇、皇后両陛下、安倍晋三首相ら三権の長と犠牲者の遺族代表ら約1200人が参列したという。
 
オジサンはこんな追悼式には参加する暇も意思もなかったが、そもそも招待もされていない。
 
そんなわけで、夜になって都内で開かれた「3.11 東日本大震災2周年メモリアル集会」に参加した。
 
主催はもちろん政府ではなく、少々いつもとは変わった団体であった。
 
それは、「防災問題を考える首都圏懇談会」と「災害被害者支援と災害対策改善を求める東京連絡会」の共催だった。 
 
基調講演の講師は、昨年の2012年12月13日に「汚染地域の実情を反映した効果的な除染に関するアクション・リサーチ」を発表した鈴木浩福島大学名誉教授で、当時は福島県復興ビジョン検討委員会座長を務めていた方であった。
 
このようなタイトルでかなり中身の濃い講演で、とても1時間では聴くだけでも大変だった。 
 
  20130312syuukaisiryou.jpg
  
講演の冒頭、鈴木先生は、「今日は午前中『東日本大震災2周年追悼式』に出席したのだが、多くの挨拶の中で安倍晋三首相の挨拶が一番ひどかったですね」と言っていた。  
  
    20130312suzuki.jpg
 
ネットで調べたら安倍晋三首相は「強い強靱な国造りを進めていくことを固く誓う」と、相変わらず今は死語になってしまったが、なつかしいKY振りを発揮したようであった。
 
犠牲者のめい福を祈る追悼式は、もっと遺族の心情に寄り添う気持ちを表さなければならない場面であるのだが、「今般の教訓を踏まえ、わが国全土にわたって災害に強い強靱な国造りを進めていくことを固く誓う」といわれてもいまさら亡くなった人は浮かばれない。
 
先のメモリアル集会では、現地報告として宮城県高等学校・障害児学校教職員組合の委員長が現在の報告と今後の課題を話していたが、宮城県の復興路線をめぐり様々な対抗軸があり、それが復興を遅らせていると訴えていた。
 
2年前に「報道されない写真集」で大震災から約1ヵ月後の現地からの写真を紹介した。
 
昨日の集会では、当時と現在の定点観測レポートが紹介されたので、あらためて2年経った現状を見て欲しい。
 
 
石巻市門脇町@
2011年4月16日2013年3月2日
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瓦礫が撤去されただけのままとなっている。
2011年10月7日に来たときは、もう少し家が残っていた。
 
石巻市門脇町A
2011年4月16日2013年3月2日
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右側にあった家々が撤去され、
見通しがよくなったがそこは駐車場になっていた。
 
石巻市門脇町B
2011年4月16日2013年3月2日
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ガレージの中の車は撤去されたが、それ以外は復旧されていない。
 
石巻市南光町 日本製紙@
2011年4月16日2013年3月2日
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敷地内の紙倉庫は跡形もなく撤去されレールが修復されていた。
 
石巻市南光町 日本製紙の近く
2011年4月16日2013年3月2日
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11年4月に行ったとき、周辺は泥臭いニオイが立ち込めていた。
今回はレールが修復され工場が稼働していた。
 
石巻市と東松島市を結ぶ定川大橋
2011年4月16日2013年3月2日
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当時は、流された橋げたが右手の上流に浮かんでいたが、
今回は寸断されていた架設橋が完成していた。
 
名取市の閖上の日和山@
2011年3月28日2013年3月2日
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このあたりで、750人余が亡くなり、未だに50人余が行方不明だという。
 
名取市の閖上の日和山A
2011年3月28日2013年3月2日
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日和山から見下ろす光景は瓦礫が撤去されただけのまま。

名取市の閖上の日和山B
2011年3月28日2013年3月2日
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鳥居と階段は復旧されたが、その周辺は整地されただけ。

仙台空港や仙台港は震災前の姿を取り戻し、埠頭には船積みを待つトヨタ自動車が整然と並ぶ」一方で「すべてを失った被災者は金属の板1枚で仕切られた狭い仮設住宅で、冬の寒さ、夏の暑さに耐えながら将来の見えない不安や押しつぶされそうになりながら、しかし、明るく生きている」しかないである。

復興予算がシロアリ官僚たちに蝕まれ天下り先の多くのゼネコンにつぎ込まれており「復興格差」が被災地には広がっている。

あれから2年だが、2年も経っていながら遅々として進んでいない現状を知りあらためて怒りを覚えたオジサンだった。

 
posted by 定年オジサン at 12:25| 神奈川 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 東日本大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月19日

復興予算の流用問題は誰が暴いたのか

カラスが鳴かない日はあるが、メディアに「復興予算の流用問題」が登場しない日はない、といわれるほど各省庁のデタラメぶりが指摘されて久しい。
 
オジサンはこの問題を9月頃の「NHKスペシャル追跡 復興予算19兆円」で初めて知り、その後購読している東京新聞であらためて知った。
 
ところが、この問題に火をつけたのはNHKではなかったということが、1ヶ月前の「ニュースの深層」に出ていた。
 

政治は政治家だけがするのではない!「復興予算の流用問題」をスクープしたフリーランス記者・福場ひとみ氏はどうやって「泥棒シロアリ役人の悪行」を見抜いたか
メディアを賑わせている復興予算の流用問題が参院決算委員会で取り上げられた。この話は連日、新聞やテレビで報じられているので、問題自体の詳細はそちらに任せたい。ここで指摘したいのは、この問題に火を付けたのは国会でも新聞でもテレビでもなく『週刊ポスト』だったという点である。
 一般にはNHKが最初に報じたと理解されている。9月9日に放映された『NHKスペシャル追跡 復興予算19兆円』が話題になり、それをきっかけにこの問題を知った人が多いからだ。その番組が話題になったのはその通りだが、この問題をスクープしたのはポストである。
 『週刊ポスト』が2012年8月10日号(7月末発売)で問題の構図をほぼすべて報じているのだ。NHKはポスト記事の後追いである。実は、私もつい最近まで「NHKのスクープ」だとばかり思っていた。ポストに連載コラムを書いていながら恥ずかしい次第だが、チラッと見出しをみただけで中身を読んでいなかったので覚えていなかった。
 あらためてポスト記事をチェックしてみると、驚いたことに沖縄の道路建設や霞が関の合同庁舎、東京・荒川税務署などの改修、反捕鯨団体シーシェパードの攻撃から守るための護衛費用など、いまでは有名になった流用事例が総ざらいして報じられている。そのものずばり「19兆円復興予算をネコババした『泥棒シロアリ役人の悪行』というタイトルの5ページの記事である。
 筆者は「福場ひとみと本誌取材班」とある。そこで福場さんに話を聞いてみた。

  20121119fukuba.jpg

「この特別会計を調べれば、なにか出てくるのではないか」
 
---はじめまして。いま復興予算の流用問題が大変な話題になってますが、これは福場さんのスクープです。取材のきっかけはなんだったのですか?
 
 もともと4月ごろから復興予算の問題を追いかけていて、最初はポストの4月13日号に「地元支援の予算を全部奪った天下り法人の暴挙〜ついにシロアリ官僚が『復興予算』を食い始めた」という記事を書いたのがきっかけです。そこでは、復興を大義名分にしたクリーニング業者への補助金の背後に、厚生労働省の天下り利権構図があるという話を書きました。
 
 その後、7月初めに「復興予算には6兆円も余ったカネがある」という話が新聞で報じられ、復興特別会計もあると分かって「この特別会計を調べれば、なにか出てくるのではないか」と思って調べ始めました。シロアリ官僚記事を書いたときのカンが働いたんですね。
 
---なるほど。どうやって調べたのですか?
 
 グーグルで「復興」「予算」とか検索しているうちに「各目明細書」というのがヒットした。そしたら、ほんとにびっくりしたんですけど、予算支出がどれもこれも復興とは関係ないように見えた。「これはほんとなのか」という思いでしたね。
 その各目明細書とは「東日本大震災復興特別会計歳出暫定予算予定額各目明細書」である。関心のある読者はぜひクリックして現物を見ていただきたいが、たしかに職員旅費から電気、ガス、水道料に至るまで各省庁の経費が千円単位でぜんぶ出てくる。一目見ただけで「これが復興とどう関係あるのか」と疑問がわく代物だ。より詳しいのはこちらだ。
 
「国会議員なんて、だれも読んでない」
 
---それでどうしたのですか?
 
 私はかつてシンクタンクの「構想日本」で働いた経験があり、特別会計のことは少し知っていました。それで知人の桜内文城参院議員(現・日本維新の会。当時はみんなの党)に連絡して「この予算の使途は本当に正しいのでしょうか」と半信半疑で聞いてみました。すると、桜内さんはすでに各目明細書を知っていて「あのとおりだよ。国会議員なんて、だれも読んでないんだから」と言われた。それで記事にしようかと思って、本格的に取材を始めたんです。
 
---国会議員への取材は桜内さんだけですか?
 
 記事でも書きましたが、あと自民党の小野寺五典衆院議員(宮城6区選出)とか。桜内さんは3月に国会で質問してるんですよ。
 えっ、と思って、国会の議事録を調べてみると、たしかに桜内は3月27日の参院東日本大震災復興特別委員会で質問している。桜内は元大蔵官僚であり、なかでも特別会計問題に詳しい。桜内は復興予算で離党振興費や沖縄教育振興事業費などが計上されている点を指摘し「そもそも復興特別会計で扱うようなものなのか」と平野達男復興相らを追及していた。「非常に違和感のある予算になってしまったんじゃないか」と言っている。
つまり国会レベルでも、いまになって初めて取り上げられたわけではなかったのだ。残念ながら、桜内の質問は当時のメディアには注目されなかった。
 
---それで記事化したのが8月10日号だったんですね。
 
 そういうことです。
 
大新聞の記者にはできない仕事がなぜできたか
 
 その後、NHKがNスペで報じたのが先に見たとおり、ほぼ2ヵ月後である。NHKが報じると、まもなくテレビ朝日の「報道ステーション」や東京新聞、毎日新聞など各紙が報じ始め、一挙にラッシュ状態になった。
 以上の展開をどう考えるべきか。私も当初、NHKが最初に報じたと思い込んでいたくらいだから偉そうに言えないが、やはりポストと福場の功績が大きいと思う。たしかに桜内は国会で質問していた。だが、それは大きく報じられず問題視もされなかった。いまとなっては、国会をウォッチすべき新聞やテレビの怠慢とも言える。
 NHKという影響力のある大メディアがスペシャル番組で取り上げてから、各メディアが一斉に報じ始めた。そうなると「これでもか」という具合に、連日の大報道になる。それはそれでメディアの重要な役割と評価すべきだと思う。だが、だからといって福場の功績が消えるわけではけっしてない。
 福場は大学院を出てから、シンクタンクや雑誌で仕事をした後、現在はフリーランス記者として『週刊ポスト』を中心に仕事をしている。インターネットと多少の「カン」、それに人脈があれば、こういう仕事ができるという見本だ。大新聞の記者も記者クラブで安住している場合ではない。
 それから、もう1つ。国会議員もせっかくいい仕事をしたなら、どうやって世間を注目させ、議論を盛り上げていくかを、しっかり考えてほしい。政治は政治家だけがするものではない、という見本でもある。
 
オジサンも早速「東日本大震災復興特別会計歳出暫定予算予定額各目明細書」を覗いたが、少々見ただけでは中々実態が把握できない代物である。
 
いまや、多くのメディアが詳細に調べているので全体像が明確になっている。
 
もう衆議院が解散されてしまい国会での追及は不可能になってしまった。
 
ましてや、国会審議も止まり、2012年度の補正予算も当分は望めない。
 
12月の選挙後の政権が変われば、来年度の予算編成作業は遅れてくる。
 
予算編成が年度内に成立しなければ、4月以降の予算執行もできなくなる。
 
頭の良い霞ヶ関の官僚たちはこのような事態を予め予想して、復興委予算を流用するということを考えたのではないか、とオジサンは勘ぐってしまう。



posted by 定年オジサン at 11:00| 神奈川 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 東日本大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月15日

「火事場泥棒」を検証すべし

多くのマスメディアも指摘し、野党議員からも、また閣僚たちからも異口同音ではあるが、復興予算の余りにもの杜撰な、いい加減な使われ方に批難がようやく集まってきた感がある。
 
それにしても、我が国の最高学府を卒業して霞ヶ関住人になった連中の「省益」にかける意気込みのすごさにあきれてしまう。
 
少なくとも、ずる賢い官僚たちは、少しも国家のことなどは念頭になく、近い将来の我が身の天下り先の確保に余念が無い。
 
自民党の平将明衆院議員は、デタラメな復興予算を指摘する一方、予算を押し込んだ役所側の“怪しい見解”をぶった切っていた。
 
 「民主主義の手続きを経て、議会が政府側に行った要請が無視された。民主党の山井和則国対委員長が政府側に指示したようだ。議会軽視であり、国民主権や三権分立を規定した日本国憲法に反する可能性もある」
 
経産省は「サプライチェーンを通じて被災地に効果が波及する」からと、被災地でない岐阜県のコンタクトレンズ工場へも復興予算を使ったことに対して、平議員は「風が吹けば桶屋が儲かるような話だ」といい、さらにこう指弾していた
 
 「役所に『いくら投入して、いくらの効果が出るのか?』と聞いても、返答はない。一方、被災地の中小企業を支援する『中小企業グループ補助事業』では、申請の6割が却下されているという。被災地支援が後回しになっている。まず、そちらに回すべきだろう」

 農水省の「鯨類捕獲調査安定化推進対策」については、平議員は「役所にウソを言われた。農水省は『調査捕鯨をしてくれたおかげで、商売をやめなくてすんだという人がいます』と説明したが、調べると、鯨肉の在庫があった」とあきれ返っていた。
 
あらためて、先週末からの復興予算の目的外と思われる流用の実態を伝える記事を集めてみた。
 

<「復興」名目、膨らむ予算に歯止めかからず>
  2012年10月12日 中日新聞
20121015yosangaisann.jpg復興予算の膨張に歯止めがかからない。政府は2011年度からの「5年間で19兆円」との大枠を示したが、13年度予算の概算要求を含めると、3年間で22兆円に達する見込みだ。概算要求には不適切使用と指摘される予算が含まれており、国民に臨時増税を課す一方で、復興を名目に予算獲得に走る各府省庁の思惑が見え隠れする。
 11年夏に政府が決定した復興基本方針では「5年で少なくとも19兆円」が被災地の復旧・復興に必要な予算と見積もられた。その財源を捻出するため、政府は所得税や住民税などを臨時増税し、10兆5千億円をまかなうことにした。
 だが、政府が示した予算の大枠は11年度からの3年間だけで天井を突破する見通し。11年度と12年度の復興予算は計約18兆円。13年度は4兆円超の概算要求が各府省庁から出されている。
 一方、衆院決算行政監視委員会で野党理事が関係省庁から聞き取り調査した結果、復興予算に対して「不適切使用」との指摘が相次いだ。さらに、こうした事業の多くが来年度予算でも概算要求されていることが本紙の取材で明らかになった。
 国が財政支出の縮減を続ける中、ある官僚は「復興予算は別枠で、いくらでも要求できるので、各省とも予算獲得に知恵を絞っている」と明かす。
 11年度分の復興予算は今夏の決算段階で約1兆円が「不用」と判断された。さらに5兆円は使われておらず、翌年度に繰り越しされた。復興に直接関係しない事業に予算を付け、使い切れないケースも出ている。
 
一体、膨らんだ予算はどこから補填するつもりなのか。
 
25年間の所得税に対する増税が、さらに期間延長となるのだろうか。 
 
本来は、被災地の復興のために「優秀な頭脳」を働かせるべきなのだが、「復興予算は別枠で、いくらでも要求できるので、各省とも予算獲得に知恵を絞っている」とは、知恵の使い方が根本的に間違っている。
 
自分の懐が痛まないからといって、国家予算の「不適切使用」は詐欺に等しい行為であろう。 
 
この省も同じように「悪乗り」していた。 
 
<防衛省 自衛隊機にも復興予算 「震災活動で消耗」>
  2012年10月13日 東京新聞
東日本大震災の復興予算が被災地の再建と無関係な事業に使われている問題で、防衛省が復興のための2011年度3次補正予算に老朽化した自衛隊輸送機の後継機の購入費を盛り込み、計400億円を執行していたことが本紙の調べで分かった。一般会計への計上を予定していた自衛隊装備の予算を「東日本大震災の活動で消耗した」と拡大解釈して購入を前倒しした。 (生島章弘)
 購入費400億円の内訳は、海上自衛隊のC130輸送機6機分の150億円と、航空自衛隊のC2輸送機2機分の250億円。それぞれ導入から40年以上が経過した海自の輸送機YS11、空自のC1輸送機の後継機として、震災前は15年までに買い替える計画だった。
 しかし、防衛省は震災の復旧活動に伴う飛行時間の急増で運用停止時期が早まったとして、C130への更新を11年度に前倒しして購入。C2に関しては11年度当初予算の一般会計に2機分の購入費を盛り込んでいたが3次補正予算でさらに2機分を追加した。 防衛省は12年度以降、一般会計予算で1機100億円以上の次期主力戦闘機F35の購入や1隻1000億円前後に上る護衛艦の建造などを予定。一般会計の防衛予算は削減傾向で、巨額の支出に備えて復興予算に目をつけた可能性は否定できない。
 防衛省は「大きな買い物をするために復興予算を利用することで(一般会計に)余裕を持たせたということはない」と説明。自衛隊の災害対処能力向上を掲げる復興基本方針にも沿っているとして復興予算の使い道として適切だと主張している。
 
ちなみに、昨年の被災地復興のため海上自衛隊のC130輸送機と航空自衛隊のC2輸送機が何回くらい、どのくらいの自衛隊員を運んだから「消耗した」のだろう。
 
そんな柔な輸送機なんかこの世には存在しない。
 
そもそも「拡大解釈」とは「被災地便乗」そのものであり、火事場泥棒したあげくに、さらに焼け太りしたと批難されても仕方がない。 
 
外交の世界で「過去にこだわらずに未来志向で」という掛け声は、今までは日韓や日中間で使われたものである。 
 
ところが、この防災対策費の中の「自殺対策事業」とは、震災で亡くなった人は無視して、これから命を落とそうとしている人を救うために行う事業らしい。
 
<復興予算:自殺対策に37億円交付 防災対策費で>
  毎日新聞 2012年10月14日 
東日本大震災の復興予算が復興と関係の薄い事業に使われている問題で、復興予算とそのうちの全国防災対策費(全国防災)から、内閣府が全国の自殺対策事業として計67億円を既に交付したり、要求したりしていることが分かった。全国防災は首都直下や南海トラフの地震など切迫する大災害への備えが本来の目的。内閣府自殺対策推進室は「震災による心の被害を未然に防ぐという意味では防災に当たる」と釈明している。【池田知広、樋岡徹也】
 「地域自殺対策緊急強化事業」として、47都道府県を通じて自治体の電話相談や相談窓口担当者の養成などを支援するもの。11年度3次補正予算で計37億円を交付し、来年度予算でも全国防災から30億円を要求している。
 同事業は09年度から一般会計を財源に基金を積み増ししながら実施されてきた。下地幹郎防災担当相は12日の記者会見で「緊急性や即効性という基準からすると、震災前から一般会計で予算要求していた事業を全国防災で要求するのは、いかがかと思う」との見解を示しており、来年度予算の要求分は見直し対象になる可能性がある。
 また、内閣府(防災担当)は全国防災の支出要件について、復興増税を財源とすることから「効果の発現が直接的であること」などとしている。
 内閣府自殺対策推進室の担当者は「大震災後は自殺者が増加した。南海トラフ巨大地震などによる震災関連自殺を未然に防ぐことも目的だが、少し分かりにくいかもしれない」と述べた。
 
「緊急性や即効性という基準からすると、震災前から一般会計で予算要求していた事業を全国防災で要求するのは、いかがかと思う」なんていう生易しい見解は必要なく、明らかに拡大解釈し過ぎの不適切使用と断言しなければならない。 
 
「大震災後は自殺者が増加した。南海トラフ巨大地震などによる震災関連自殺を未然に防ぐことも目的だが、少し分かりにくいかもしれない」どころが、全く理解できない目的である。 
 
<復興予算 バラマキ色濃く 河川整備7割被災地外>
  2012年10月14日 東京新聞
20121015kasennyosan.jpg東日本大震災の復興予算が被災地の再建と無関係な事業に使われている問題で、本年度の河川整備費の7割が被災地外に投じられたことが分かった。事業は北海道から九州まで全国で行われている一方で、岩手、福島両県はゼロ。復興に名を借りたバラマキ型公共事業復活の構図が、色濃く浮かぶ。「減災」が目的に加えられた消費税増税も、同じ道をたどると懸念する識者もいる。 (森本智之)
 国土交通省によると、復興予算が充てられた本年度の河川事業費は、復興庁からの計上分も含め477億円。このうち被災地で使われるのは青森、宮城、茨城、千葉各県分の計137億円。全体の7割に当たる残り340億円は、徳島県の那賀川、熊本県の緑川、新潟県の信濃川など、その他の地域に支出された。
 こうした事業費は、政府の復興基本方針で規定された「全国防災事業」として計上された。国交省河川計画課は「主に東海・東南海・南海地震の被害想定地域で堤防のかさ上げや耐震化を行った」と説明するが、実際には日本海側など関係のない地域でも「対策の緊急性が高いと判断した」(同課)という理由で予算が付けられた。予算がゼロだった岩手、福島両県は「他の交付金などで河川整備は滞りなく行われている」という。
 復興増税などで捻出される復興予算が被災地外で使われることへの批判の高まりを受け、政府は今後見直しに着手する方針。ただ、東日本大震災復興構想会議の専門委員も務めた五十嵐敬喜・法政大教授は「消費税引き上げ分も公共事業ばらまきに流用される恐れがある」と指摘する。
 今夏成立した消費税増税法では、付則18条2項で「成長戦略並びに事前防災及び減災等に資する分野に重点配分する」と規定している。これは「社会保障の財源確保」と、政府が法律の当初案で説明してきた増税理由にはなく、民主、自民、公明の三党合意後に加わった。五十嵐教授は「国民への説明に反する重要な項目を、法律の付則にまぎれこませた」として、今後注視が必要とする。
 
10年ほど前から、国の公共事業予算額は、平成1997年度の9兆7,447億円をピークに減少傾向にある。
 
とくに国土交通省にとっては、公共事業費は少しでも多く確保したい予算なのだが、自由に使える予算が減ることは省にとっては死活問題につながる。
 
まさにこの復興基本方針で規定された「全国防災事業」というのが渡りに船であり、臆面もなくこの船に便乗したわけである。
 
事業仕分けが政権交代の1つの目玉だった民主党の幹部はどう考えているのだろう。 
 
<復興予算流用、民主党でも使途検証 細野氏が発言>
  2012年10月14日 asahi.com
民主党の細野豪志政調会長は14日、フジテレビの番組で、震災復興予算が官庁施設の改修費などに使われていた問題について、「党としてチェックする仕組みを作りたい」と述べ、党行政改革調査会で復興予算の使い道を検証する考えを示した。
 細野氏は予算が被災地以外で使われた理由について「昨年は(震災で)日本経済が破綻する瀬戸際だった。当初は被災地に限定することを考えたが、自民党からも意見をいただいて日本全体で付けようと判断した」と説明。「この判断は全体としては間違ってなかった」と強調した。
・・・後略・・・
 
散々メディアで批難されてようやく、「党としてチェックする仕組みを作りたい」と、のんきに答えている。
 
しかし、民主党の政調会長が「党行政改革調査会で復興予算の使い道を検証する」といっているが、実は政府の4閣僚たちは、みなそれぞれ独自の組織で検証するらしい。
 
   20121015kakuryohatugen.jpg
   
霞ヶ関は「シロアリの巣窟」であることは野田佳彦首相も野党時代に鋭く指摘をしていた。 
 
その巣窟を一掃すべく「政治指導」を唱えた組織の屋台骨もシロアリに侵されてしまったようである。
 
シロアリに侵されてしまった組織はもはや廃棄処分にするしかないだろう、とオジサンは思う。


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2012年09月13日

東日本大震災の復興予算は何処へ行ったのか

9日の「NHKスペシャル〜追跡 復興予算19兆円」を見た。
    
「大震災後、被災地復興のためつぎ込まれる巨額の復興予算。増税を前提につぎ込まれることになった復興予算はいったいどのように流れ、使われているのか。番組は巨額マネーの行方を追い、その実態を徹底検証します。」との触れ込みだった。
 
各省庁から上がった復興予算項目を情報公開制度を利用して取得し、膨大な項目を仕分けしていく。
 
驚くことに、東日本大震災とは全く関係のない地域の様々な建造物の改修費などへの請求予算の多さに驚くばかりであった。
 
そもそも復興予算の財源は2013年1月から25年間に渡って実施される所得税引き上げと、2014年6月から10年間の住民税引き上げという、過去に例が無い長期間の増税による。
 
復興庁が新設され復興予算を取り仕切ったのだが、実際は「規制庁」と揶揄されるほど審査が厳しく、予算が必要な自治体に行き渡らないという事態が発生していた。
 
<復興予算15兆円のうち約6兆円が使われず1兆円を役人ネコババ>
  2012.07.30 NEWポストセブン
・・・前略・・・
 ところが、現実には復興予算の多くが被災地には届いていない。国の予算は制約ばかりで被災地が本当に必要としている事業には、使えない仕組みになっているからだ。地元自治体は津波で水没した地域の地盤かさ上げや流された公共施設の建て替え、小中学校の耐震工事、避難所までの道路整備などの予算を要求したが、「施設の耐震化などは別の予算がある。復興と関係の薄い事業に配分したら納税者の理解が得られない」(復興庁幹部)と審査を厳しくして、大半は却下された。
 苦労して予算をもらうことができても、復興にはつながらない。震災被害が大きかった気仙沼市や南三陸町などがある宮城6区選出の小野寺五典・衆院議員(自民党)が語る。
「被災地の自治体は壊滅状態だから税収もない。そこで復興に自由に使えるという触れ込みの復興交付金が創設されたが、使途が40事業に限定され、土地のかさ上げすらできない。気仙沼では水産庁の復興事業で漁港周辺の地盤を高くしたが、そこに以前あった商店を建てるのはダメだといわれた。これでは町の復興には使えません」
 その結果、昨年度の復興予算約15兆円のうち、4割に相当する約6兆円が使われずに余った。自治体への復興交付金も8割以上が残り、前述の被災者向け復興住宅の整備予算に至っては1116億円のうちわずか4億円しか使われていない。総額19兆円を注ぎ込む復興は、絵に描いた餅だった。
 大新聞・テレビはそうした復興予算の使い残しの原因は自治体の職員不足や縦割り行政の弊害だと報じているが、真実を見ていない。霞が関の役人は、わざと復興のカネを被災地の自治体には使えないように制限している。
 その証拠に、余った復興予算のうち「不用額」とされた約1兆円は、今年度から新設された「東日本大震災復興特別会計(復興特会)」に繰り入れられ、各省庁に分配される。この復興特会の使途を見ると、復興とは名ばかりで、国民・被災者が知らないところで役人の掴みガネとなっていた。不用とされたカネが、シロアリ官僚の餌に化けたのだ。では、役人のネコババの実態を見ていこう。
 シロアリ官僚たちがまず目をつけたのが、官僚利権の王道である「ハコ物建設」だった。 復興特会には「全国防災対策費」という名目がある。「東日本大震災を教訓として、全国的に緊急に実施する必要性が高く、即効性のある防災、減災等のための施策」に該当すれば、被災地でなくても復興予算が受けられる仕組みだ。役人たちは狡猾にこれを利用した。
 国交省は、復興特会から36億円を使って政府の官庁舎を改修する計画を立てた。そのうち12億円は、内閣府が入る霞が関の合同庁舎4号館の大規模改修に使われる。
「昭和47年に建てられた施設で耐震不足なので、免震構造に変えます。他に秋田合同庁舎、和歌山県の田辺合同庁舎の修理、他に名古屋や釧路など全国の港湾合同庁舎の津波対策に使います」(官庁営繕部管理課・予算担当企画専門官)
 一見、もっともな理屈だが、騙されてはいけない。国の施設の建て替えが進む一方で、肝心の被災地の整備には、予算が付いていないのである。石巻市役所は1階部分が水没し、5・6階の吊天井が壊れるなどの被害が出たが、「市庁舎改修工事」の費用はわずか2900万円。市の管財課担当者が、使い道を明かした。
「これは改修予算ではなく、加湿器と駐車場でのLED電灯の設置予算です。市庁舎を改修する予算は現段階ではありません。復興交付金には市庁舎の改修予算はメニューに入っていないので、付けられないのです。自治体が自腹で改修なんかしたら倒産してしまいますから、国に予算を出してもらう仕組みを検討中です」
 実は同じ石巻市にある国交省の港湾合同庁舎には、今年4億円の改修費用が計上されている。国の出先機関と自治体で、これほどに差がつけられる理由がどこにあるのか。復興予算を決定した安住淳・財務大臣は石巻市出身である。昨年7月、安住氏はテレビ番組でこんな発言をしている。
「被災地の人は『助けてけろ』というが、こっちだって助けてもらいたい。国会議員が悪いなんて感情的だ。被災地の人のストレスが私のところにきて、それが総理に伝わってしまう」
 その1年後、彼が決めた予算は、まさに被災地を助けず、こっち(中央の官僚たち)を助ける政策だった。
 その財務省の外局、国税庁のやり口も酷い。東京の荒川税務署など、被災地以外の税務署3施設の改修工事に5億円を計上。荒川が選ばれた理由は、「今回の地震でどこか崩れたとか、老朽化が著しいというわけではなく、耐震化工事に着手しやすい税務署だということ」(国税庁会計課)だそうで、ここでも被災地が後回しにされた。被災した大船渡税務署職員の嘆きを聞こう。
「税務署の建物は津波で浸水したため、現在は法務庁舎の敷地に仮事務所を設けています。プレハブ造りの簡素なものなので、空調の効きが悪く、場所もかつてに比べ手狭ですが、もとあった建物が整備されてから移転となるので、移転はしばらく先になりそうです」
■福場ひとみ(ジャーナリスト)と本誌取材班
※週刊ポスト2012年8月10日号
 
「施設の耐震化などは別の予算がある。復興と関係の薄い事業に配分したら納税者の理解が得られない」(復興庁幹部)と審査を厳しくして、大半は却下したにもかかわらず、国交省は、復興特会から36億円を使って政府の官庁舎を改修する計画を立てていた。
 
具体的には、「霞が関の合同庁舎4号館」、「秋田合同庁舎」、「和歌山県の田辺合同庁舎の修理」、「名古屋や釧路など全国の港湾合同庁舎の津波対策」等々があった。
 
いくら昭和47年に建てられた施設で耐震不足なので、免震構造に変えなければならない、といってもそんな建物は全国にいくつもある。
 
なんで、被災地ではなく国の施設の改修が先なのか、明らかな「官尊民卑」ではないだろうか。
 
被災地の1つである石巻市出身にも関わらず、安住淳財務大臣は身内の中央官僚を助けるために、東京の荒川税務署など、被災地以外の税務署3施設の改修工事に5億円を計上していた。
 
税務署は耐震化工事に着手しやすいらしいのだが、それではなんで被災地の大船渡税務署の復旧が後回しになったのだろう。 
 
さらに、今国会に提出された「東日本大震災復興特別会計」の明細書を調べてみよう。
 
■「沖縄教育振興事業費」   :31.5億円
■「独法国際交流基金運営費」 :約1.2億円
■「独法酒類総合研究所運営費」:5700万円
 
上記は、野田佳彦首相が野党時代に「シロアリ」と指摘した連中の天下り先である。 
 
そもそも、「国際交流基金」や「酒類総合研究所」はかつて、政府の事業仕分けの対象になっていた不用不急事業だった。
 
運営交付金について「見直し(削減)」が求められた独立法人にもかかわらず、東日本大震災後のドサクサに紛れて、復興予算から運営交付金が出されるという。
 
復興予算の財源は大半が復興債と復興特別税(所得税と住民税)で賄われる。
 
昨年11月に成立した復興財源確保法では所得税を来年1月から25年間、納税額に2.1%上乗せするほか、住民税を14年6月から10年間、一律年間1000円徴収することになっている。
 
「復興」目的で国民から吸い上げたカネで役人を肥え太らせるなんて言語道断である。
 
復興予算の問題を国会で追及した衆院議員の斎藤やすのり(新党きづな)がこう憤る。
 
「私は週末になると地元(宮城2区)に戻り、被災地を回っているのですが、小さな自治体では復興はまだまだ進んでいないのが現状です。中小企業からは(施設・設備の復旧費用を支援する)『グループ化補助金』を要望する声が強いのですが、その予算は行き渡っていません。それなのに1兆円余った――といって特会に繰り入れるなんてバカな話です。『シロアリ退治する』と言っていた野田首相が、シロアリにエサを与えているのだから許せませんよ」
 
復興予算が身内の役人たちだけではなく、とんでもないところにも転用されていたと、ドイツ紙が昨年の7月には伝えていた。
 
<スキャンダル:日本政府震災用復興基金を捕鯨に転用
  
日本政府は2011年3月以降地震と津波による災害復興支援用の資金を捕鯨に使用していた。環境保護団体グリーンピースの非難に対して水産庁は水曜日東京の会見で、この事実を公式に認めた。水産庁広報担当官の中奥達也によれば22億8千円が捕鯨船団の安全補強のために使用された。
 
”捕殺数の安定化を目指す”
復興基金は捕鯨に依存する沿岸地域の復興に使われると言う。そうした地域では食品加工工場の修復などが必要とされる。さらに「この地方では多くの人々が鯨肉を食べます」と中奥は付け加えた。10月末日本政府は今年3度目の大型復興補正予算を成立させた。追加された12兆1千億円の内訳には漁業費として4989億円が確保され、そのうち22億8千円が「科学調査捕鯨の安定」に当てられた。
 
法の目をくぐって行われている日本の捕鯨
 
12月6日火曜日、日本の捕鯨船団は毎年行われる捕鯨のために南極海に向かって出発した。
1986年、国際捕鯨委員会(IWC)は商業用捕鯨の一時停止(モラトリウム)を決議した。しかし日本はこの協定の抜け穴を利用し、公的には科学調査を目的として鯨の捕殺を続けている。そしてそれによって入手された鯨肉は堂々と店頭やレストランで売られていることを日本は隠しもしない。
 
900頭の捕殺が予定されている
 
今シーズンの日本の捕鯨船団の目的はミンククジラやその他のクジラ900頭の捕殺である。水産庁は安全保障を理由に、今回は捕鯨船団の規模も捕鯨スケジュールも公表していない。先シーズン日本の捕鯨船団は動物保護団体シーシェバードによる妨害行為が増加したため、捕鯨の中途放棄を余儀無くされた。今回は沿岸警備隊が捕鯨船団を護送し、妨害行為からの「防護」を行うことになっている。
 

 
昨日(12日)には、1枚2万円のパーティー券を買った約4000人が集まった政治資金パーティーで、新党「日本維新の会」の結成宣言が行われた。
 
「自由、競争、自己責任」という懐かしい「小泉竹中構造改革」を思い出させる。
 
新党には弱者に対する政策視点が極めて希薄である。
 
しかし、当分は彼らが政権を取るまでにはかなりの猶予があるのだが、同日、日本記者クラブ主催の公開討論会に臨んだ民主党代表選候補者4人は2009年の衆院選で政権交代を果たした後、相次ぐマニフェスト違反で国民の信頼を失ったことを意識し「弱者支援」を重視する立場を強調していた。 
 
泡沫3候補に対して、財務省の代弁者として消費税増税に対して揺るぎのない野田佳彦首相の姿勢を内外にアピール公開討論会であった。
 
不幸なことに、衆議院の解散・総選挙が行われるまではこの野田内閣が継続する可能性が強い。
 
「福島の復興なくして日本の復興なし」といった言葉もすっかり忘れてしまったらしい認知症の野田佳彦首相。
 
昨年の12月16日には「冷温停止状態となった」と発表し、細野豪志・原発事故担当相は「オンサイトの事故は収束した」と高らかに宣言。
 
原子力規制委員会の人事では、通常国会閉幕後に首相権限で任命する異例の手法に疑問の声が上がっているにもかかわらず、野田佳彦首相は「規制行政を空白にすべきではなく、首相指名はやむを得ない」という詭弁を弄していた。
 
野田佳彦首相の口からは「福島」の「ふ」の字も出ないまま、これからも首相の座にしがみつくのなら、もはや倒閣運動を広めるしかあるまい、とオジサンは思う。


posted by 定年オジサン at 10:34| 神奈川 ☁| Comment(0) | TrackBack(1) | 東日本大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月02日

東北突破口の一次産業潰し

8年先の2020年夏季五輪招致に名乗りを上げていた東京が24日(日本時間)、順当に1次選考を通過したというニュースがあった。

オジサンは2012年のロンドン五輪に東京都が手を挙げたときから、五輪の日本開催には反対していた。

石原慎太郎東京都知事の存在自体が許されなかったからであった。
 
<石原知事「戦いはこれから」…東京1次選考通過>
  2012年5月24日 読売新聞
「復興五輪」の理念を掲げ、2020年夏季五輪招致に名乗りを上げていた東京が24日(日本時間)、順当に1次選考を通過した。 東日本大震災の被災地からは「ぜひ実現を」と今後の招致活動に期待する声が上がったが、国際オリンピック委員会(IOC)の評価報告書では、国内支持率の低さが指摘され、都幹部は「もっと活動が認知されるよう動かないと」と厳しい表情をみせた。
 「実質的なスタートラインに着いた。本当の激しい戦いはこれからになる」
 午前11時、笑みを浮かべて都庁内の記者会見場に入ってきた石原慎太郎知事は、こう切り出した後、表情を引き締めた。「国民全体のオリンピックをやろうじゃないかという意識が他に比べてあまり高くない」
 この日のIOCの報告書では、「国内支持率」の項目について低い評価が下された。IOCが東京とその周辺で行った世論調査の結果、五輪開催を支持する意見は47%にとどまり、反対意見が23%に上ったと記載。東京が今年1月に行った世論調査の支持率(65%)とは20ポイント近い開きがあった。読売新聞の世論調査(同月)でも開催に賛成する人は72%あった。都幹部は「これほど厳しい結果が出るとは」と首をかしげながらも、「あらゆる手段を通じて五輪の必要性を訴えていきたい」と語った。
 会見した都の担当部長は「どちらでもない層が多いのは都の調査でも同様だったので、この層への働きかけを強めたい」と話した。

「原発事故収束のメドすら立っていない中で『復興』といわれても、ものすごく違和感がある」と話しているのは市民団体「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」の深田和秀世話人。
 
東京の大会理念は、東日本大震災からの「復興五輪」。
 
東京都の担当者は「8年後、復興した日本の姿を、感謝と共に世界の皆様とに示したい」と意気込んでいた。
 
昨年の3月11日の大津波の被害にあった被災地に対して、「『津波は天罰』と発言し、被災地の感情を逆なでした都知事が、復興の大義名分でアピールするなんて、まるでパロディーだ」とジャーナリストの横田一はあきれていた。
 
もっとも8年後その生死すら定かではない老醜都知事については、いまさら咎めたり批難するのは時間の無駄かもしれない。
 
昨年の6月20日夕の参議院本会議で、民主、自民、公明3党などの賛成多数で可決、成立した「復興基本法案」。
 
「復興と未来のための日米パートナーシップ」と聞こえはいいが、昨年「危険な復興事業」でつぶやいた通りになっていた。

5月25日付けの震災復興巡る記者座談会の一部を紹介する。
 
<東北突破口の一次産業潰し>
  2012年5月25日付 長周新聞
  復興に動く漁業の現場 都市部では異常な規制
 
 司会 まず被災地の実情から出してもらいたい。
 A 今回は岩手と宮城の沿岸を中心に取材した。1年たって瓦礫撤去はだいぶ進み、数カ所に山積みにされたのを分別する作業が進められていた。あとは広大な更地が各所に広がっている印象だった。
 岩手と宮城で歴然とした差が出ているのが特徴で、露骨に宮城県の復興が遅いのを痛感した。この違いについて宮城県側の被災者たちは「岩手がうらやましい」と口口に話していた。
 震災対応について見てみると、復興予算は去年段階で3次補正まで決まり、10年間で23兆円といった数字が出されている。しかし1年経ってみて予算として執行されているのは微微たるもので、カネがなかなか下りてこないために足踏みをよぎなくされていた。瓦礫撤去もだが港の復旧も急がなければ船もつけられないが、新年度になってようやく岸壁復旧関連の測量設計の業務が発注され始めた程度であったり、予算手続きの都合で遅れている実際があった。
 岩手の重茂や田老地区、宮城県内でも牡鹿半島の小渕浜など漁業生産の現場は勢いよく復興に向かって動き出しているところがある。そのなかで、後背地の住宅政策が明らかに遅れている。都市部でもいまだに建築規制・居住制限で住めず、都市計画を練っている段階だ。住民はその間仕事もなく山側の仮設に追いやられて、展望が見いだせない状況が続いている。
 岩手県側では浸水地であってもビルを修理したり、住民が歩き回っている土地が多かったが宮城県側では土木業者以外の姿がなく閑散とした土地も多かった。壊滅した漁村では人っ子一人おらず死んだようになっている場所も少なくない。漁港集約の関係で後回しになっているしその一つである牡鹿半島の桃浦地区は村井知事が進める漁業権民間開放・企業化の候補地としてあげられていた。水面下で進められていることを県漁協の役員が教えてくれた。宮城県の浜では、震災後に漁業関連施設の復旧としてあてがわれたのは、せいぜいビニール製のテント小屋や市場が建っているくらいで、新船が一隻も届いていない浜も多かった。「書類上の手続きはすべて終了しているのだが、あとは生産体制が整うのを待つしかない」と語られていた。
 一方で岩手県に行くと、漁協が強い宮古市の重茂地区では、機械も船も自分たちで購入して設備もしっかりした本格的なものを整備していた。サケやアワビの孵化場まで建設に着手していた。ワカメ、昆布を塩蔵ボイルする施設も仮設ではなくて、かなりしっかりした建物を元の場所に建設して稼働していた。下関の南風泊の水産加工場ほどもある大きさの加工施設だ。漁期に間に合わせるために、漁協が行政ともかけあって補助金も費やされるし、新船も300隻届いていた。共同化で乗り切る形が見事に機能していた。
 ただ、一歩陸側に行くとなにも動いておらずシーンとした静けさがある。その差がなんなのだろうかと思わざるを得ない。また、活況を呈している浜があるかと思えば、死んだようになっている浜もある。この違いもなんなのだろうかと思った。協同組合の存在意義を考えさせられた。田老、重茂を回ってみて岩手県では協同組合運動の歴史的な伝統が息づいていることを感じた。宮城県は、震災前に県一漁協合併で浜の協同組合が解体されてしまったが、その違いが大きい。なにをするにも浜が単独で動けず、そのための資金的な自由度も失った状態だった。
 B 水産加工業はどうだろうか。
 A 自己資本があった企業が自力で動き出しているのと、一方では震災前から経営が厳しい状況も普遍的にあって、二重ローンが多少緩和されたり補助金がつくとはいえ、新たに投資して会社を起こす体力・気力が出てこない企業も多いといわれていた。三陸の水産加工は国内でも大きなシェアを占めてきたが、震災前から安い単価で量販店なり大手水産会社との取引関係があった。「借金はあってもカネはない」という企業は動き出せない感じだった。そのうえに仙台湾など宮城県の海域からは100ベクレル超えのマダラ、スズキ、ヒラメなどが水揚げされたといって出荷規制がやられ、立ち上がろうと頑張ってきた矢先に“第二の津波”に襲われていた。各浜で検査をしているが、大丈夫な魚まで風評被害で敬遠され、最終的に量販店が三陸切りをして輸入シフトになることが懸念されていた。
 
 復興特需を狙う国 巨大計画ばかりで足止め ODAと同じ

 C 地震後に国が力を入れたのは大企業のサプライチェーン復旧だった。大企業要求にはスピーディに応えた。あとやったことといえば瓦礫撤去でゼネコンが乗り込んだり、「創造的復興」といってコンサルタント会社が復興の青写真作りをしたことだった。復興特区を創設して、新規企業には法人税免除とか、雇用補助金を出すというのも決めていった。肝心な沿岸部は更地のまま、仙台界隈の大衡村とか、あまり震災で影響のなかった工業団地への企業誘致に熱を上げたり、優先順位が狂っている。外来資本が乗り込んで、国の復興予算を使って瓦礫処理をつかみどりするだけでなく、過剰な巨大堤防を計画したりしている。
 A 気仙沼は巨大堤防をつくるか否かでもめていた。どこに堤防をつくるのかも含めて議論が宙に浮き、復興全体が足止めを食っている感じだった。「堤防はいらないから、避難タワーなどをつくって逃げられるようにする方が現実的だし、海が見える気仙沼でないとダメだ」という意見が市民のなかには多かった。当初「海と共に生きる」と復興の狼煙を上げて出発した気仙沼市では、その後県が巨大堤防をつくる方向に導いて、それが明らかに障害になっている。説明会で話が堤防に及ぶと県担当者が説明を始めるのだと語られていた。基礎自治体と県との齟齬(そご)もあるし、住民の望まないゼネコン特需創出がその他まで待ったをかけるのでは話にならない。
 岩手県の陸前高田市でも12bも高さがある巨大堤防をつくるといって、それで街作りが塩漬けになったのではたまらないといわれていた。宮古市は割合復旧が早いといわれ、9割の事業所が再開していたが、ここでも閉伊川の河口堰に巨大水門をつくる計画が浮上していた。「意味あるのか?」と住民たちは口口に話していた。
 B 国がやっているのは復興特需。ODA(政府開発援助)方式だ。パシフィックコンサルタントのようなODAに長けている大企業が乗り込み、新興国でやるのと同じように開発の青写真を描いて現地自治体に提示しその公共投資をゼネコンが食い散らかしていく。植民地開発方式。外来資本の都合のためという政治が明確に動いている。
 A 現地の自治体には技術系の職員が少なすぎるが、人材不足にも増して業務量がすさまじいことになっている。それだけでもアップアップしているなかで、仕事だけ見たら手慣れているコンサルがプラン作成する方がはるかに早いしポンと提示していく格好だ。しかも復興の青写真なのに、国土交通省が基礎自治体を飛び越えて随意契約で発注するというのも不可解な方法だ。あっちもこっちもパシコンが作成した復興プランだらけで、「スマートシティ」とか似たような街作りの絵が示されていた。三陸沿岸の集落を金太郎飴にするつもりかと思えるほどだ。
 
 沿岸は電気も来ず むきつけの農漁業破壊 特にひどい宮城

 B まさにショック・ドクトリンだ。それとの対決で生産振興から被災地ががんばっている。むきつけに第一次産業破壊の線があらわれている。次から次へとダメージが加わって、原状復旧をやろうとしない。港の復旧もだが沿岸部には電気もきていない。
 A 中心部しか電柱は復旧していないから、浜では木に延長コードをぶら下げて簡易電柱のような形で引っ張ったり、建設現場で使う非常用電源を回して電力を確保したり、四苦八苦していた。電気一本を引っ張ってくるにも、例えば協業化の制度を利用した場合に申請して、その後「やっぱり一人抜けた」となると再び膨大な手続きをやり直しさせられたり、煩雑な手続きにも困っている。「やっと電気がくる!」と待ちわびていたのに、東北電力の担当者が来て、「これでは書類が通らない」といって突き返された経験も聞いた。被災者が立ち上がっていくために援助する、手助けするという行政対応になっていない。細かいことで足を引っ張られている。
 B 宮城がひどい話になっている。「創造的復興」といってなにも創造しないしむしろ破壊だ。東北では仙台が東京の出先機関の集積地みたいになっている。大企業の影響が強い。宮城県の復興会議メンバーは東京人だらけで、岩手県は県下の各種団体の代表で構成しているのとも違いが大きい。
 C 宮城と岩手の違いは現地に出向いた知識人も多くが発言している。生産現場の共同体が復活するよう力を入れているのが岩手で、宮城は「創造的復興」を掲げて原状復旧が進まないことを問題にしている。
 D 下関水産大学の教授の友人で、東京海洋大学の若手研究者がかなり発言しているが岩手の浜を歩いて回ったら漁師が共同で頑張っていること、これは連帯経済だと表現していた。宮城県側ではネオリベラリズムつまり新自由主義による漁港集約等が障害になっていると指摘していた。創造的復興が障害なのだ。
 B 津波で沿岸がやられているのだから漁業の復興が中心だ。そのことによって地域コミュニティーの立て直しが進む。それなのにぶっつぶす政治が上からやられて漁港は放置。しまいにはベクレル騒ぎまできた。100ベクレルを食べたら大変だというが、それで三陸の水産業が壊滅したら、日本人は餓死する道だ。食糧危機の方がよっぽどこわい。
 
・・・中略・・・
 
 検証もせず原発再稼働 日本使う米国の意図

 B 長崎でもあの近海で獲れるイワシを毎日のように食べていた。原発がもう一つの大きな問題だ。あれだけの爆発事故を起こして収束もしていない、検証もできず対応策もないのに再稼働といっている。だれがさせているのかというとアメリカだ。寺島実郎が月刊誌『世界』で「日米同盟の核の傘を離脱する気がなければ脱原発などできないのをわかっているのか」といった調子で書いていたが、要するに核の傘の産物なのだ。原子力については日本を使って世界中に広げようというのがアメリカの政策だ。米国原子力メーカーのWHやGEといった企業が東芝や日立の子会社のような格好をしながら、実際は向こうが本体で日本が世界中に広げるために出ていかなければならない役回りになっている。自国ではやらないことを日本という植民地にやらせる。
 そもそもの始まりが原爆投下から平和利用の線で原発になり、地震列島に54基もつくった。それで日本を盾に戦争をしようとする。郷土を廃虚にしても構わぬという政治との対決がいる。これほどの原発災害を引き起こしておきながら、野田らが突っ走るのはアメリカが指図しているからだ。これと対決しなければ破滅ということだ。
 東北全体でいえばTPP体制をこの際作れという意向が明らかに動いている。そのための特区構想で、一次産業をつぶしても構わぬという明確な政治が貫かれている。しかしこれは東北だけの話ではなくて、全国的にも共通する。
 はぐるま座が全国公演しているが、あちこちで町づくり運動が活発化している。口蹄疫で壊滅的な打撃を受けた宮崎県の川南町にしても、岡山県の早島にしろ、下から立ち上がる機運がすごい。TPP路線で地方破壊・農漁業破壊をやりまくる政治が横行しているが、下から地域の共同体を機能させて産業や地域を盛り立ててたたかう行動が広がっている。その共通性がどこにもある。
 東北が典型的にあらわしているが、全国的普遍性を持ったアメリカの大収奪体制との対決、それに従って国をつぶしてしまう売国政府との対決が迫られている。地域や生産点を基礎に生産を興し、地域を守るたたかいを全国的な共同斗争として強大な力にしなければ政府はいうことを聞かない。
 下関の疲弊状況も、津波は来ていないのに、津波に襲われたような状況がある。陸の津波が日本中を襲っている。TPPの津波であるし、新自由主義の津波だ。しかし岩手県の沿岸が示しているように、たたかう力は共同のなかにある。それこそ田老町漁協の合い言葉ではないが“連帯と団結”だ。地域で生活する人間が共同で助けあってやっていく、そこにパワーがある。もともと田老も重茂も三陸のリアス式海岸に囲まれた貧困地域だ。土地はないし、海しかない。だから貧しかった。それが協同組合化によって集団化で力を合わせることによって、いろんなことができるようになった。そして豊かになった。
 
 歴史的怒りが蓄積 明治以後、東京の食い物 戦時動員でも

 A 田老もそうだが、あの地域は山が海岸にせり出しているリアス海岸独特の地形で、道路も山側の高い位置を走っている。低地が少ない。田老から少し北に走ると閉伊一揆の拠点だった田野畑村だが、そういう伝統があると思う。田老や宮古の貧民たちも呼応して一揆に参加しているが、宮古から閉伊川沿いの旧道をつたって盛岡まで攻め上った。
 B 岩手県は宮沢賢治や石川啄木を輩出した土地だが、そういう雰囲気を感じる場所だ。インテリの発言も積極的になっている。農文協が「脱原発の大儀」を出版しているが、資本主義が始まって以来、東北は東京のために収奪されてきた関係を明らかにしていた。今始まったことではない。食糧の供給基地であるし、人材の供給基地、水力・電力の供給基地として収奪されてきた歴史的な怒りが渦巻いている。
 それは明治維新以来の恨みだ。元勲どもが東北制裁をやり始め、会津などは青森県のむつの辺に追い出された。明治政府に逆らったといって、ろくにものが作れないような辺鄙な場所に追いやられた。それで難儀した。東北は明治以後、植民地的な隷属構造にされ、東京のために食い物にされた。今始まったことではない。昭和恐慌でも、飢饉や娘の身売りが問題になったが、ちょうど昭和三陸津波でやられたところに、復興の計画をするがあの当時も東京の都合で進めた。おかげでみなが餓死したりした。
 C 冷害もあった。米のモノカルチャー化で基幹産業を農業だけにしてしまって、しかも東京の食糧生産をまかなうために植民地的な手法で進めた。そこに津波がきた。あと戦時動員でも人的供給基地にされた。貧乏にして戦争に駆り立てる典型的なやり方だ。明治以来の恨みだから長州への恨みが重なる。
 A 「長州は敵だ」という人が福島にも宮城にも、岩手の重茂にもいた。福島では東京電力に対する歴史的な怒りが蓄積している。震災後、埼玉県の廃校になった旧高校校舎に大熊町の人人が押し込められていたが、「東京のために犠牲になってきたんだ」「だれが東京のために電気をつくってやってきたと思っているんだ」と口口に話していた。電力関係で働いてきたけれど、同時に原発事故によって故郷を追われた。複雑な心境だった。
 東電は震災後に賠償その他のお詫び行脚で宮城、岩手にいたるまで社員が担当地区を割り振って歩き回っている。出荷規制などの補償対応で社員を東北に送り込んでいた。宮城県の牡鹿半島で漁協関係者が話していたが、東電社員が緊張の面持ちで訪問してきた時に「まぁ、私らがここで責めても、あなたら社員個人が爆発させた訳じゃないからなぁ…」と声をかけると、涙目になって「すいません…」と繰り返していたという。福島では県民の怒りがすごいから、「アパートすら借りられないんです…」と漏らしていたという。歴史的にもだし、今現在もとんでもない目に遭わされている。
 B 資本主義でろくなことがなかったというのがある。自分たちの力でやるというのが協同組合に依拠する根拠ではないか。

 日本収奪と対抗する力 生産基礎に全国連帯

 A 対抗する力は“連帯と団結”しかないというのが、田老や重茂を見ていて実感する。パワフルだし明るい。働いて立ち上がっていく大切さというのが、宮城県でも語られていたが、働かないで補償金や補助金漬けになったら人間が腐るといわれていた。最小限で必要不可欠な生産体制を築くための資金は必要だが、過大なカネが入ると骨病みになって人間がダメになってしまうと強調されていた。
 被災地だからこそわかる心境だと思う。やはり生産が基礎であるし、地域の被災者が中心になって動くことが要なんだと。そこに外側の応援がいる。
 B 主人公は地元の人間であるのに、仮設に閉じこもっていてはなにも進まない。口ばかり開けて待っていたり、文句ばかりいっているのでは、そのうち生産意欲は薄れて、地域そのものが死んでいくといわれていた。そうではなくて、自力で地域みんなで立ち上がり始めたところは強い。
 A 「被害者面していたって、自分たち自身が立ち上がれなくなる」と語られていた。震災に直面してみんな大変だけれども、そこが分かれ道になっていた。
 B 生産者には生命力があるし、負けてたまるかの開拓魂がある。宮崎県の川南町だって共通だ。生産者の強みだ。自力復興。主として自力でやる。それを応援するために、瓦礫撤去や嵩上げなどがやられないといけない。
 A 重茂や田老、宮城県の小渕浜にしても、元気のいい浜ではワカメ漁に間に合わせることを基準にして加工場の建設や資材調達のメドをつけ、生産活動に規定されて復興が進められている。何月までに作ると決めたら、なにがなんでも間に合わせるために動く。それに比べて、行政的なかかわりを見てみたら考え方が根本的に違っていて、「予算が認められないから動かない」「補正予算が通らないと動かない」「書類が不備だから動かない」というものだ。お上頼みをやってもお上は下下のことをまったく知らず、机上の空論ばかりで平時の対応をする。手続きが書類だらけで、ファイルが膨大になっていると漁協関係者は頭にきていた。「非常時だろうが!」「役人のバカ野郎!」と。
 B 国のまひだ。なんたって現場のことがわからない奴が政治や行政をやっている。そして現場の行政は人員不足になっている。特にこの間は自治体合併をしたのも災いして自治体職員は減らされ、なおさら機能まひになった。そして経験したことがない津波被害に遭遇してうろたえてしまっている。地方自治体は対応できるわけがない。そこにドンと交付金を与えて自由に使えとか、応援職員を全国からもっと多数寄こすとかすればいいのに、対応が乏しい。おまけにその地の大衆を動かそうとしないからなにも動かない。
 TPP、日米同盟による日本収奪の一環としての東北収奪でこれは日本全国の共通課題だ。全地域を拠点にして全国連帯で大政治斗争をしなければいうことを聞くものではない。安保斗争が待ったなしの課題になっている。日本を壊滅させる政治家や官僚、大企業、御用学者にいたるまでみな役に立たないなかで、人民の側はどう進んでいくかだ。
 
・・・後略・・・

 
日本共産党左派の事実上の準機関紙であるという見方がある長周新聞の論調なので少々「過激的」な表現も多い。
 
「いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関」「幾千万大衆と共に」と掲げているように、反権威主義、反資本主義で親市民運動の傾向が如実である。
 
従って、一部からは「有力紙には比較的見られる客観性を保とうとする報道はほとんど見られないのが実情であり、一般的な地方紙とは様々な意味で一線を画す。」とまで言われている。
 
日本の多くのマスメディアは「客観性」を保ち、「不偏不党」を標榜し、主張が分かれるテーマに関しては両論併記が一般的である。 
そして評価は読者に委ねるという姿勢である。
 
しかし、権力に対しては常に監視の姿勢をとり対峙しなければならないのはメディアの責務であろう。
 
残念ながら「有力紙」には見られない過激で少々青臭い言葉を羅列する長周新聞の記者たちだが、現地の人々の生々しい声を伝えるには、このくらいの臨場感のあるレポートも必要ではないか、とオジサンは思う。

posted by 定年オジサン at 11:10| 神奈川 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 東日本大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月03日

福島大VS慶応大

施行から65年目を迎えた憲法記念日。
 
残念ながら、多くの国民の関心の的は「大型連休の後半の開始」としての5月3日らしい。
 
それに水を差すような豪雨が昨夜から続き、関東・東海地方は、屋外の種々のパレードも冷たそうである。
 
昨日は、老いてなお反骨精神を持ち続ける作家2人とルポライターが集団ハンストを激励するために経産省前テント広場を訪れた。
 
澤地久枝(81歳)、瀬戸内寂聴(89歳)、鎌田慧(73歳)、年齢総計243歳の3人である。
 
有名人の登場とあって今までは無視していた大メディアも取材に訪れたそうである
 
*
 
昨年の「3.11」原発震災直後は、NHKを始め民放各局のテレビ番組に、原子炉の格納容器とか圧力容器の安全性について自らが安全神話の呪縛に取り付かれたかのような学者先生方が連日出演していた。
 
そして、その後の原子炉建屋の水素爆発や炉心熔解が明らかになるにつれて、いわゆる御用学者と呼ばれていた先生方はマスメディアから徐々に消えていった。
 
全国的に拡散された放射性物質による放射線の人体に対する影響に関して発言を始めた先生がいた。
 
1年前の5月3日、福島県の二本松で、当時は長崎大学に在籍し福島県立医科大学特命教授として講演した山下俊一教授
 
その後、福島県放射線健康リスク管理アドバイザーとして、「安全」ではなく「安心」をばら撒いていたことは記憶に新しい。
 
■「これから、みなさんが病気になるのを調べるには福島県民みなさんの協力が必要です」
■「年間20という国の指針が出たんだから、国の指針に従うのは国民の義務です」
■「私は安全を皆さんに言ってない。安心を語っている。」
■「100mSv以上一度に浴びなければ発がん性リスクは確認されてない」
■「放射線の影響は、実はニコニコ笑ってる人には来ません。
 
当時はかなりの避難と顰蹙をかっていたが、今年になって、この先生の放射線の影響範囲とか、影響対象が「全くのデタラメ」ではなかったような調査をある大学が続けていた。
 
慶應義塾大学大学院経済学研究科・商学研究科/京都大学経済研究所連携グローバルCOEプログラム「市場の高質化と市場インフラの総合的設計」の事業の一環として実施した調査がそれである。
 
昨年6月に第1回調査、10月に第2回調査を行い、東日本大震災や原発事故が全国の家計に与えた直接的・間接的な影響を社会科学の観点から明らかにし、今後の復興政策や防災政策、学術的な発展に資するエビデンスを提供することを主な目的としている。
 
調査対象世帯は、同センターが実施している既存の家計パネル調査の回答世帯で、全国の4,150世帯から回答を得たという。
 
今年の2月15日に発表されたプレスリリースでは、調査結果のトピックをこう表現していた。
 
 ■トピック1:所得・健康感・幸福度への影響 〜低所得層ほど影響大〜
 ■トピック2:原発事故・放射能への不安 〜文系・低所得層ほど不安・恐怖が拡大〜
 ■トピック3:震災ボランティア 〜長時間労働・高賃金の人ほどボランティア参加〜
 ■トピック4:不安心理と買い溜め・買い控え
 〜買い溜めには余震・汚染への不安が影響、買い控えには余震・失業・所得への不安が影響〜
 ■トピック5:生活時間の変化
 〜家族を大事にする人が増加、家事・育児時間を増やし、労働時間を短縮〜
 ■トピック6:地震保険と住居の耐震補強
 〜年収の高い世帯で地震保険に加入、耐震補強を実施〜
 ■トピック7:震災前後の幸福感と利他性の変化
 〜東北3 県で幸福感が二極化、利他心が拡大〜
 
確かに上記の「トピック2」だけを取り上げれば「放射能への不安 〜文系・低所得層ほど不安・恐怖が拡大」がかなり刺激的な見出しとなる。
 
当然、発表直後からさまざまな反響が出てくるのは当然である。
 
仕事のエコノミクス】vol.31 【更新日:2012.04.16】
「放射能が怖いのは文系、低所得、非正規、無職」 ――慶応大の調査結果に、反響さまざま
 
東日本大震災や原発事故が「家計に与えた影響」について、慶應義塾大学が調査を続けている。このほど発表された結果が、意外な波紋を呼んで話題になった。
 この調査は震災前と震災直後、さらに夏の節電を経験した後の家計行動の変化を追跡したものだが、そこではっきりと浮かび上がってきたのが、
「原発事故・放射能への不安や恐怖は、文系・低所得層・非正規雇用者・無業者ほど大きい」
 という、動かしがたい統計的事実だったからだ。
 調査は、同大学のパネルデータ設計・解析センターが全国の約6000世帯に対して、調査票を郵送して実施。回答から明らかになったのが、放射能恐怖と就労や所得のあいだの関係だった。調査には十分なサンプル数があり、有意差のある結果となっている。
 

 
費用面の理由で、転居などの対策が取りづらさが理由
 ところが、調査結果に対して、
「文系や低所得者をバカにしたものだ」
 という、見事なまでに短絡的な反発が相次いだことで、盛り上がった。もはや慶応大の思うツボだろう。はからずも、反発している人間自身が、
「無前提に、文系や低所得者をバカにしている」
 ということを証明している。
 当然ながら、調査をした慶応大は冷静だった。これに対して、次のような至極もっともな分析を示し、余裕をみせている。
「原発事故・放射能汚染に対する恐怖・不安は、科学的知識が少ない文系出身者でより強かったと考えられる」
「低所得層や非正規雇用者・無業者で恐怖・不安が強かったのは、事故や放射能汚染が深刻化した際に、費用面の理由で、転居などの対策が取りづらいことに起因しているとも解釈できる」
 調査結果によれば、原発や放射能への恐怖や不安は、震災直後に比べて、6月時点に増大したという。
 また、恐怖や不安の強い人ほど、睡眠時間が減ったり、食料の買い溜めをしたりしていたそうだ。知人と繋がろうとする行動も顕著にみられたという。
 さらに、こうした恐怖や不安感の強い人は、震災後、生活のストレスが増大したり、睡眠時間が減少したりしていた。
 

 
放射能が怖いだけでなく、幸福感も増した低所得層
 ところで、この調査が浮かび上がらせた興味深いポイントが、もう一つある。震災後、低所得層や非正規雇用者ほど、
「生活満足度や幸福度は、震災後に高くなった」
 ということが明らかになったのだ。
 震災では、低所得層や非正規雇用者ほど、収入の減少やストレスの増大を経験している。だから、この結果は一見、矛盾するようにも見えるだろう。どう解釈したらよいのか。
 ここでも慶応大は、次のような落ち着いた見方を示した。
「震災の負の影響は、低所得層や非正規雇用者で大きいが、『他人よりも自分のほうが相対的には悪くない』と思うことで、生活満足度や幸福度は高まった」
 つまり、もともと「失うもの」が少なかった低所得層や非正規雇用者ほど、震災による悪影響について、「自分は他人よりはマシだ」と考えているらしいのだ。
「このような方々の恐怖心や不安を取り除くような施策や支援が求められる」
 調査結果にもとづいて、慶応大はそう提言している。
 
反響が予想以上だったらしく、1週間後にはプレスリリース(2012年2月15日)の補足説明が発表された。
 
調査結果の解釈・含意については、統計を利用される方々によってさまざまなものがあると思われます。
例えば、トピック2では「文系・低所得層ほど不安・恐怖が拡大」という見出しを付けていますが、同時に重視しなければならないのは、震災直後から多くの人が高い恐怖・不安得点を付けており、さらに、6月調査時点にかけてすべての属性で恐怖心や不安が増している点です。
また、所得階層間の違いについては、トピック1でも見られるように、一見すると経済構造とは関係のなさそうに思える自然災害・原発事故の影響が、所得の相対的に低い人に強く及んでおり、さらにトピック2からは、そうした人々や子育てをされている方々が原発事故や放射能汚染に敏感になっている可能性がうかがえます。このため、特にこのような方々の恐怖心や不安を取り除くような施策や支援が求められる、といった含意を導ける可能性もあります。
恐怖・不安得点が個人属性によって異なることの要因や背景、求められる重点対策等につきましては、今後の調査による観察結果に基づき、さらに慎重に検討していく必要があることに留意しなければなりません。現研究段階では、プレスリリースで述べた他にも調査結果に対する解釈はいくつか成立します。今後はこれらを総合的に仮説化し、新たな調査も含めて構築したデータに基づき、それらの仮説を検証し、その検証結果を得て、求められる施策や支援策について検討していく必要があります。
 
前述したトピックで「トピック3」から「トピック7」までは特に問題とするところはない。
 
しかし、「トピック2」の見出しがあたかも「舌足らず」であったかのように「同時に重視しなければならないのは、震災直後から多くの人が高い恐怖・不安得点を付けており、さらに、6月調査時点にかけてすべての属性で恐怖心や不安が増している点です。」と言い訳的に補足説明している。
 
さらに「特にこのような方々の恐怖心や不安を取り除くような施策や支援が求められる、といった含意を導ける可能性もあります。」との表現は積極的には「施策や支援が必要だ」とは言わずに、「含意を導ける可能性もあります」と責任主体をぼかしている。
 
上記の反響記事に関しては、
 
「物事に対して冷静に分析する姿勢を維持することはとても難しく、攪乱や扇動によって混乱させることは非常に容易だ。直接取材できず二次情報にしか接することのできない僕らは常に前者の姿勢を維持しなければ、すぐに混乱してしまうだろう。」
 
と慶應義塾大学の関係者はコメントしていた。
 
「放射線の影響は、実はニコニコ笑ってる人には来ません。」という山下俊一教授の発言の真意は、「理系で放射線の恐ろしさを十分知っている人で、その影響を受けない遠い地域に避難できるほどの高所得者には、確かに放射線の影響は来ない」ということかも知れない。
 
それにしても、理系で高所得、しかも正規職員である「慶應義塾大学 パネルデータ設計・解析センター」の人たちの調査結果は、どう見ても、どう読んでも傲岸不遜に思えてくるのはオジサンだけだろうか。


posted by 定年オジサン at 09:10| 神奈川 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 東日本大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月11日

あれから「もう1年」か「まだ1年」か

特に世界中を調べたわけではないが、ある事象(設立・創立とか就任とかデビューとか・・・)からの記念日がお好きな人種は多い
 
社会主義国で多いのが「○○の生誕◇◇周年」というもの。当然「没後○○年」というのもある。
 
めでたい、祝うべき記念日ならよいのだが、忌まわしい事故や事件の場合は「・・記念」とは決して言わず、「あれから○○年」という類が多い。
 
今月に入ってからは、マスメディアが2011年3月11日の東日本大震災による大津波被害や、それに伴う福島第一原発大事故に関する特集が精力的に組まれてきた。
 
昨晩もそして今日も終日、どこかのテレビ局で特集番組が様々な内容で組まれている。
 
そして、本日が、「あれから1年」目の日に当たる。
 
五輪イヤーなので正確には1日遅いのかもしれないが、あくまでも暦の上での話である。
 
北は北海道から南は沖縄まで、「1道・1都・2府・43県」で計144の会場で、様々な主催者による集会が行われる。
 
オジサンの集計によると、最多が神奈川県の19会場、次いで東京の18会場、あとは10会場未満である。
 
同じ日に同じテーマで開かれる集会としてはおそらく初めてであろう。
 
政府主催の追悼式も予定通り開催され、心臓の冠動脈バイパス手術後の容態如何では出席が危ぶまれた天皇明仁も、皇后美智子と一緒に出席するという。
 
しかし、この間、あらためて被災地の状況を映し出した番組を見たが、たとえば「瓦礫が片付き復興の兆しが見え始めた」といった箇所はほんの一握りであって、メディアの光が当たらない被災地は、とてもじゃないが、「あれからもう1年」と振り返ることはできない。
 
地震や大津波による被害や、原発震災により放射能汚染地域の自宅を追われ、あの日から1年も経つのに先が見えない避難生活を強いられている人は約34万4000人もいる。

3月10日現在では、東北3県に限れば死者が15788人、行方不明者が3152人。

亡くなった人の遺族は一周忌を迎えるが、まだ喪の途上であり、行方不明者の家族にとっては、まだ諦められない日々が続いている。
 
それにもかかわらず、一方的な「収束宣言」を発した政府は、電力会社と一体となって原発再稼動を進めようと画している。
 
今日は全国で被災地・被災者と幅広く連帯する集会が開かれる。

昨日の冷たい雨から今日は関東各地では、明るい太陽が見え始めている。
 
オジサンは国立劇場には招待されていないので、同年代の仲間と下記の場所にこれから出発する。
 
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posted by 定年オジサン at 08:44| 神奈川 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 東日本大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする