2013年11月04日

巨人より楽天の日本一は嬉しいが、その影の人が・・・

他球団を圧倒する札束で、めぼしい球団の主力投手や主軸打者等を集め、久々に昨年はプロ野球日本一になった読売巨人軍。
 
12球団で唯一「軍」を名乗っている時代錯誤的な球団であり、球界でのわがまま振りを体現している。
 
東京生まれのオジサンは東京を離れて暮らし始めた小学校時代に被る野球帽は「Y&G」マークだった。
 
旧き良き時代だったのだろうが、それから20年以上経って結婚した年の11月に「空白の1日」という球界の歴史の汚点となる「江川事件」が発生して以来「読売ジャイアンツ」というチームが嫌いになった。
 
その後プロサッカーのJリーグが誕生してからは、テレビの野球中継はまったく見ることはなかった。
 
そんなオジサンもこの1週間くらいは、日本シリーズの結果が気になっていた。
 
勿論、読売巨人軍の連覇を応援するのではなく、読売と比べれば球団誕生の経緯と歴史が雲泥の差の楽天という東北に本拠地を置いている若きチームを判官びいきで自然と応援していた。
 
金権球団を戦力外選手寄せ集め球団が破るという醍醐味を味わいたかったのかも知れない。
 
昨晩は、野球には全く興味のないオバサンまでが、22時過ぎまで楽天の日本一のその瞬間までテレビにかじりついていた。
 
しかし、最終回に前日に読売の選手にメッタ打ちされ160球も投げきった田中将大投手を〆として投入したことは、結果オーライだったが割り切れない気持ちが残った。
 
ヤクルトファンで野球好きの政治ブロガーもこんな辛辣なコメントを書いていた。
 
プロ野球日本シリーズ、楽天が読売を4勝3敗で下して初の日本一を決めたが、第7戦における楽天監督・星野仙一の投手起用は、自らがエエカッコするために楽天の主軸投手にダメージを与えたとしか思えない代物だった。
・・・中略・・・
何が言いたいかというと、第7戦における星野の継投は、美馬から則本、則本から田中と、より打たれる確率の高い投手へとつないでいったものであり、全くほめられた采配ではないということだ。そして、田中や則本が「壊れる」リスクも十分ある。結果は「吉」と出たものの、内容的には2008年の北京五輪で大顰蹙を買った岩瀬仁紀(中日)の連投と何も変わらない。今回は単に読売がふがいなかっただけの話である。
 
もっともこの内容は、「若手投手を酷使する」ことで悪名高き星野仙一監督批判でもあった。
 
それはともかくも、楽天の優勝の瞬間、楽天ベンチ前には不愉快な男の顔があった。
 
三木谷浩史の顔であったが、楽天会長兼社長なのでオーナーとして星野監督を祝福し労を労うことは当然だったのであろう。
 
単なるプロ野球のオーナーなら人畜無害な存在なのだが、この人物は安倍内閣の成長路線を後押しする産業競争力会議の民間議員である。 
 
そしてその会議には、医薬品のネット販売に関して第2回産業競争力会議医療・介護等分科会では「医薬品のネット販売」という資料を提出していた。
 
<楽天三木谷社長、薬ネット販売の規制は「ゾンビ規制」> 
 2013年10月31日 介護・地域の包括ケアの情報サイト
20131104rakutemnikitani.jpg
会合前の三木谷社長と増田主査
政府の産業競争力会議は29日に医療・介護分科会を開き、一般用医薬品のインターネット販売に関する議論を行った。会合では、一部の品目を規制する姿勢を崩さない厚生労働省に対し、民間議員の三木谷浩史・楽天会長兼社長が反発。改めて、全面解禁に踏み込むべきだと主張した。
分科会後に記者団の取材に応じた三木谷社長は、厚労省の姿勢について「総理と真逆だ」と抗議。一般薬のネット販売をとりまく規制を、「岩盤規制ならぬゾンビ規制だ」と皮肉った。
第2回産業競争力会議医療・介護等分科会配布資料LinkIconこちらから
一般薬のネット販売を巡っては、6月に安倍首相が全面解禁を表明。だが厚労省は、劇薬の5品目の販売を禁止し、リスク評価の定まっていない23品目についても、一定期間の販売を認めないルールを専門家会議でまとめた。
「一般用医薬品の販売ルール策定作業グループ」の取りまとめLinkIconこちらから
これに対し、通販大手・楽天の三木谷社長は会合後、「厚労省の説明は全く理解できないし納得できない。岩盤規制ならぬゾンビ規制だ。ネットでの販売を原則自由化するという安倍総理の方針とも真逆で、規制緩和の動きが大きく後退してしまっている」と批判した。そのうえで、「安倍政権の規制改革に対する並々ならぬ意欲は、日本経済の成長の原動力なので水を差してほしくない。規制改革は成長戦略の要で、合理的な理由のない規制は取り除くことが重要だ」と厚労省に意見した。
政府の担当者によれば、一般薬のネット販売については今後の分科会で議題になる予定はないという。最終的な決着は政治判断に持ち込まれる見込みだ。
 
昔の薬事法を読むまでもなく、オジサンの子どもの頃は医者にかかるほどの症状ではない軽い風邪や体調不良などの場合、近所の薬局に行きそこの薬剤師でもある顔馴染みの白衣を着たおばさんが対面で、懇切丁寧に症状に適応する薬を売ってくれたものであった。
 
当時は、薬局を経営している人は、息子か娘を何とか薬剤師の資格を取得させれば店は安泰、といわれた時代であった。
 
それが「ドラッグストア」と称する薬の量販店が全国規模で出現するようになり、次第に町の薬局は姿を消していた。
 
1960年(昭和35年)に制定された薬事法により、量販店といえども、薬の販売は「対面」で薬剤師が行なうことが基本であった。
 
その後、一般用医薬品を取り巻く環境が大きく変化したことから、2009年の改正薬事法により、最もリスクの低い「第三類医薬品」のみがインターネットを含む郵便等販売が認められた。
 
ちなみに、リスクが高い「第一類医薬品」とは、「一般用医薬品としての使用経験が少ない等、安全性上特に注意を要する成分を含むもの(例) H2 ブロッカー含有薬、一部の毛髪用薬など」であり、「第二類医薬品」とは、「まれに入院相当以上の健康被害が生じる可能性がある成分を含むもの (例) 主なかぜ薬、解熱鎮痛薬、胃腸鎮痛鎮けい薬など」と分類されている。
 
しかし薬事法には、改正前後ともインターネットを含む郵便等販売についての規定はなかったのだが、厚生労働省は安全面から「対面販売が原則」との立場をとってきた。 
 
それも小泉・竹中構造改革時代に次第に圧力がかかり、2004年には胃腸薬や消毒薬、ビタミン剤など副作用のリスクの低い医薬品に限りインターネットによる通信販売を認めるようになった。
 
しかし全面規制緩和を求める声がさらに強くなってきた。
 
<医薬品ネット販売で追加意見書 規制改革会議、厚労省案を批判>
 2013.10.31 産経新聞
政府の規制改革会議(議長・岡素之住友商事相談役)は31日、一般用医薬品(市販薬)のネット販売について改めて議論した。厚生労働省が、一部市販薬のネット販売を禁止する方向で検討を進めていることについて、岡議長は「ネット販売の特性を十分に理解していないのではないか」と批判した。会議後、全品目のネット販売を求める追加の意見書を厚労省に提出した。
 厚労省の有識者会議が10月8日にまとめた報告書では、副作用のリスクが特に高いとされる「劇薬」に指定される5品目のネット販売は今後も禁止する方針。医師が処方する医薬品から市販薬に転用されてから間もない23品目については一定の期間後、ネットでの販売を可能とするとしている。厚労省は報告書を踏まえて、薬事法改正案を今国会に提出することを目指している。
 市販薬のネット販売解禁をめぐっては、今年1月に最高裁が一部の薬を除き、一律に販売を禁じた厚労省の省令を違法とした判決を出した。一方、自民党の一部議員や厚労省はネット販売に慎重な姿勢を崩しておらず、規制をめぐる対立が深まっている。
 
最高裁の国による上告を棄却したことにより1月には「厚労相談話」を発表したが、厚労省の立場からはルール無くして全面的には認めるわけにはいかなかった。
 
これに対し三木谷楽天会長は、自社サイトで「医薬品の通販継続のためのパブリックコメント提出のお願い」として国民の声を集めて厚労省に圧力をかけている。
 
かつては「規制緩和」といわれてきたのが、積極性がないとの判断で「規制改革」と改名されたのだが、所詮は企業活動がやりやすいように規則を変えたり撤廃させたりすることが狙いである。
 
三木谷浩史はIT産業界の人間であるので当然の如く、インターネット販売におけるインターネットメリットを強調している。
 
■インターネットの「強み」
・画面上に表示することにより、確実に情報提供の機会を確保できる
・画面構成や確認ボタンの設置等、わかりやすさを工夫できる
・文字の拡大や音声読み上げなど、視覚障害者の方などを含め多数の利用者側がより受け取りやすく工夫できる
・レーサビリティーがある
・時間的制約や地理的制約が少ない
 (好きなときに、好きな場所で、じっくり情報の確認ができる)
・プライバシーを尊重したコミュニケーションができる
 (他人に知られたら恥ずかしい内容でも確認しやすい)
・画面上の表示に加えて、メールや電話等でのコミュニケーションも可能
 
問題は、「強み」も使用する場面では「弱み」につながるかも知れない。
 
インターネットへの接続環境が身近にあり、画面上の操作が理解できて、最終的に購入する際はカード決済になるのが通常である。
 
このような条件が揃っている独り暮らしの高齢者が数多く存在するとは到底考えられない。
 
ましてや、購入する薬の安全性は信頼できる人に直接説明してもらって初めて安心できる。
 
「薬のネット販売 早く安全策を整えよ」と「安心して薬を購入、利用できる環境を早く整えるべきだ。」と主張するのは簡単だが、「使用期限切れと表示して市価より安く市販薬をネットで販売していた業者」の取り締まりは一体誰ができるのだろう。
 
三木谷浩史楽天会長等は、「厚労省が既得権益にしがみ付いている」と批判しているが、そもそも「ネットでの販売を原則自由化するという安倍総理の方針」自体が本当に正しいのかさえも検討されずに政府の意向を汲んで最高裁が違憲判決を下したのである。
 
日本では過去に多くの薬害問題が発生しており、まだ完全に解決していない事件も多い。
 
「消費者の利便性」よりも、国民の命の安全を守るという観点から、厚労省には例え「既得権益」と揶揄や罵倒されながらも基本的なスタンスは守ってもらいたいものである、とオジサンは思う。
タグ:三木谷浩史
posted by 定年オジサン at 13:17| 神奈川 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 野球 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月02日

不透明、曖昧基準の異例のセット受賞

最近は大手マスメディアの記事の信憑性が希薄になったせいなのか、毎日が「エイプリルフール」のような記事を読まされる。
 
もっとも、地方紙の東京新聞はいつ頃からは不明だが、毎年4月1日「こちら特報部」によく出来た「エイプリルフール」用の記事を掲載している。
 
もっとも海外では、半端じゃない記事広告がこの日には発表され、そのセンスの良さには感心させられる。
 
センスの悪い国内の新聞では、決して「4月バカ」ではない記事が踊っていた。
 
<スポーツ界で相次ぐ受賞者 唐突さに驚きも>
  2013.4.1  産経新聞
サッカー女子の日本代表「なでしこジャパン」やレスリング女子の吉田沙保里(ALSOK)に続き、ことし2月には大相撲の元横綱大鵬の故納谷幸喜氏と、最近のスポーツ界は国民栄誉賞の受賞が相次いだ。唐突なタイミングの長嶋、松井両氏の「ダブル受賞」に称賛や祝福とともに、驚きの声も上がった。
 世界選手権と五輪を合わせて13大会連続世界一を達成した吉田は「プロ野球の偉大な方たちと同じ賞をいただけてあらためてうれしく思う」とコメントした。プロ野球巨人の黄金時代に「ミスター・プロ野球」として愛された長嶋氏の受賞には、各界から「遅すぎるぐらい」と賛辞も続いたが、唐突さを指摘する声も。
 国民栄誉賞は広く国民に敬愛され、社会に明るい希望を与えたことなどが選考理由となる。かつては米大リーグのイチロー(ヤンキース)が現役選手であることを理由に受賞を辞退した。日本体協の岡崎助一専務理事は「スポーツ界で暗い話題が多い中、明るい話題が出るのは大変うれしい。プロ、アマ問わず、スポーツの意義と価値が認められたことでもあり、素晴らしいことだ」と述べた。
 
国民栄誉賞は過去に21人が受賞しているが、アラスカで行方不明になった植村直己を除いて20人中11人が死後に受賞している。
 
割合からすれば、生前でも死後でも特に大きな差が無い。
 
現役女優として初めて受賞したのは森光子だけである。
 
プロ野球界では、「ホームラン新記録達成」の王貞治、「前人未到の連続出場記録達成」の衣笠祥雄の2人が過去に受賞しているが、この2人のような受賞理由ではない元選手が同時に受賞することは、まさに「前代未聞」のことである。
 
プロ野球ファン、それも讀賣巨人軍ファンたちはこの2人の受賞に素直に喜び、テレビ的な表現を借りれば「街には喜びの声が溢れている」状態である。
 
自社の社説で素直に喜んでいる大手メディアも当然ある。
 
しかしスポーツ評論家の玉木正之などは、「2人とも、選手として国民栄誉賞に値する活躍をしたが、なぜ今の時期なのか首を傾げたくなる。政権に追い風を吹かせたいという政治的意図があるのでは、と考えると嫌な気持ちになる」と話していたが、さらに「王貞治さんが1人で受賞したのに、長嶋さんが2人一緒にもらうことも解せない」と指摘していた。
 
面白いことに、この国民栄誉受賞の速報は地方紙のこんな記事だった。
 
<長嶋、松井両氏に国民栄誉賞 球界の2人同時授与へ>
  上毛新聞 2013年4月1日(月) PM 10:00
20130402nagasimamatui.jpg 政府は1日、プロ野球元巨人監督の長嶋茂雄(77)、巨人や米大リーグのヤンキースで活躍した松井秀喜(38)両氏に、プロ野球発展に貢献したなどとして国民栄誉賞を授与する方針を決めた。
 長嶋氏は国民的スーパースターとして「ミスタープロ野球」と呼ばれた。菅官房長官は会見で「社会に夢と希望を与えた。野球界の発展に貢献した」と説明。団体受賞した「なでしこジャパン」の例を除き、初めて同じ分野の2人が「セット」の形で同時に授与される見通しだ。
 安倍首相は長嶋氏について「戦後の最高のスーパースターだ。もっと早く決定すべきだった」と、松井氏は「日米で愛された」と述べた。
 
午前中の定例の記者会見では菅義偉官房長官はこの地方紙の報道を否定していたらしい。
 
その後、政府高官も「エイプリルフール」とはぐらかしていた。
 
ところが午後の記者会見で菅義偉官房長官は授与の検討を指示したと表明したが、実は既に以前から準備がされていた。
 
昨年の12月27日の松井秀喜の引退表明直後の29日、福島第一原発視察に向う移動中に安倍晋三首相が発案したという。
 
どうやらその大きな理由は、訪米に向けて「日米の絆」を掲げようとの思いがあったらしい。
 
それは「日本だけでなく、ニューヨーク市民にも人気があった」と首相周辺は解説している。
 
では何故、現役を引退して長い年月が経つ長嶋茂雄がセット受賞するのだろう。
 
1つには、2013年1月19日に72歳で死去した元横綱大鵬に「大相撲史上最多の32回の優勝を成し遂げ、昭和の大横綱として輝かしい功績があった。国民的英雄として、社会に明るい夢と希望と勇気を与えた」として国民栄誉賞を与えた時に、なんで生前に授与されなかったのかという声が多かったという。 
 
その二の舞はしたくないとの考えからか、同じ脳梗塞で倒れたがリハビリは順調な長嶋茂雄をこの際一緒に受賞させようとなったのだろう。
 
実際に長嶋茂雄に近い球界関係者によると、国民栄誉賞の打診があったのは、元横綱大鵬に対して2月に授与した後であり「生きているうちに」ということが根底にあったようである。
 
そもそも国民栄誉賞は、1977年、当時の内閣総理大臣・福田赳夫が、本塁打世界記録を達成したプロ野球選手・王貞治を称えるために創設したのが始まりである。
 
背景には、先に設置されていた顕彰、内閣総理大臣顕彰が「学術および文化の振興に貢献したもの」など6つの表彰対象を定めていた反面、プロ野球選手を顕彰した前例がなかったという事情があった。
 
時の政権の人気取りと酷評されることもあり、授賞式後に受賞者と笑顔で並んで撮影に応じていた当時の首相連中の顔を思い出すと不愉快になる。
 
ところで現役時代の松井秀喜の背番号が「55」で、長嶋茂雄が巨人に入団した年が1958年だから今年で55年目という数字遊びで、今年の5月5日に授与するという案も出ているそうである。
 
その5月5日には東京ドームで松井秀喜の引退セレモニーを行うと巨人は発表した。

どうせ数字合わせをするのなら、ぜひとも安倍内閣の支持率が「55%」になれば喜ばしいものである。
 
リハビリが順調といっても人前では絶対に右手をポケットから出さない、出せない長嶋茂雄。
 
栄誉賞の盾はどのようにしてもらうのだろうか。
 
小学生時代は長嶋ファンだったが、その晩節を汚すような無様な姿だけは首相官邸で曝さないでほしい、とオジサンは思う。
  
 
 
posted by 定年オジサン at 13:35| 神奈川 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 野球 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月19日

WBC 侍ジャパン負けて良かった

3月2日の夜から始まった「WBC祭り」も日本代表が準決勝で敗退しやっと終わり静かになった。
 
試合中継の日は延々4時間近く放映する局もあり、多くのレギュラー番組が中止になっていた。
 
特に準決勝が行われた昨日は、朝の8時半から約6時間、そして夜は9時から2時間も放映したテレビ局もあった。
 
かなりの実況中継費用が米国のMBLに入ったことであろう。
 
オジサンは昨年の7月には「米国にNOと言えた日本のプロ野球選手」で、主催者側の言いなりを拒否してWBC不参加を表明した選手会を褒め称えたが、その後腰砕けになって参加を決めてしまった。
 
その後は「あらためて問う、WBCの問題」で審判団のレベルに関して苦言を呈した。
 
やはりWBCの実態を如実に曝け出したのは、準決勝に日本に勝つほどのプエルトリコに米国チームが敗れたことだった。
 

<米国が敗退…唯一のオールメジャー軍団が最後は“逆効果”に>
  2013/3/17 スポニチアネックス
◇WBC2次ラウンド2組 米国3―4プエルトリコ(2013年3月15日 マイアミ)
 敗因を語ることはしない。米国のジョー・トーリ監督の口から出たのはねぎらいだった。
 「情熱で劣っていたとは思わない。選手は全力を尽くした」。06年の第1回大会に続く2次ラウンド敗退。同ラウンド初戦で大勝したプエルトリコにリベンジされた。
 今大会トップの10打点を挙げていたライトが背筋痛で離脱。精神的支柱でもあった5番打者の帽子をベンチに置いて戦ったが、38歳のマイナー投手、N・フィゲロアに6回まで無得点。8回に1点差に迫るのが精いっぱいだった。今大会唯一、メジャーリーガーだけでチームを編成しながら、初優勝の夢はついえた。
 大会への姿勢が問われる。事前合宿を行った日本などと異なり、チームが集合したのは大会4日前。2番のフィリップスは「十分に準備できなかった」と嘆いた。エース格のゴンザレスは、特例で1次ラウンド中は所属球団のキャンプで調整した。チームに一体感が生まれるはずもなかった。指揮官は「選手をいい状態でチームに返さなければ」と大会をキャンプ期間と位置付け投手の登板数や野手の打席数を計算して戦った。この日も好投の先発ボーグルソンを「無理はさせられない」と6回途中で交代。救援陣が打ち込まれた。準備不足に加え、勝利に徹した選手起用もしない。これでは本場の威信を示す日は訪れない。
 
実はオジサンは昨日の昼下がり、昼食をとりながらいつもの番組を見ようとテレビのチャネルを合わせたらナントWBCの中継に出くわしてしまった。
 
日本チームが「0-3」で負けている場面から見たのだが、隣に座っていたオバサンが素直に日本チームを応援したので敢えてチャネルを替えることはしなかった。
 
そして、8回に信じられないような光景を目の当たりに見てしまった。
 
<内川涙「申し訳ない」重盗失敗/WBC>
  2013年3月18日23時57分 nikkansports.com
<WBC:日本1−3プエルトリコ>◇17日(日本時間18日)◇準決勝◇米サンフランシスコAT&Tパーク
 日本が負けた。8回に痛恨のミスが出た。
 井端弘和内野手(37)の適時打で1点を奪い、追い上げの機運が高まった8回1死一、二塁だ。4番阿部の2球目に重盗を試みたが、失敗。一塁走者の内川聖一外野手(30)がアウトになり、チャンスは一瞬にしてついえた。
 「行ければ三塁に盗塁してもいい」というサインで、井端は十分なスタートが切れずに、盗塁を断念した。だが、一塁の内川は、井端が三盗を決行したと思い、一目散に二塁に走った。盗塁断念に気が付いたのは、塁間の半分を超えてから。二塁近くで立ちすくむ内川は、走ってきたモリーナ捕手にタッチされ、万事休す。
 試合後、内川は「僕のワンプレーで終わらせてしまったことを申し訳なく思う。勝ってほしいと応援してくれた人たちの、その気持ちを全部自分が終わらせてしまったようで申し訳ない気持ちでいっぱいです」と、涙ながらに話した。
 
負けているチームがこのような場面で「ダブルスチール」を狙うことは当然、相手チームのバッテリーも心得ているはずである。
 
いつ、走らせるかが駆け引きとなりベンチワークが試される瞬間である。
 
高校野球ならば、監督の「今だ!」と閃いた時に「走れ」というサインを送る。
 
しかし、オジサンはプロ野球で「行ければ三塁に盗塁してもいい」というサインが存在することを初めて知った。
 
こんな監督の責任逃れ的なサインがあるとは、プロ野球も随分進歩したものである。
 
ピッチャーの投げる1球毎に「待て」「打て」等の細かなサインをバッターに送り、それに従ってバッターはバットを振るのが高校野球の定番だったのだが、大人のプロ野球はそうではなかった。
 
それにしても余りにもお粗末であり、選手同士のアイコンタクトが取れていない急造チームの弱さを見せ付けられてしまった。
 
米国のMBLも日本のNPBも独立した企業球団の集まりなので、国を代表するチームを重視していないようである。
 
そういう意味では、米国と日本以外のチームが頑張って優勝することが今後は続くかもしれない。
 
所詮はローカルスポーツの「世界大会」だったので、侍ジャパンとやらは、負けて良かったのかもしれない。
 

 
日本中のプロ野球ファンが日本代表のWBC準決勝敗退で意気消沈している頃、内閣府が南海トラフで起きる地震による想定被害を発表した。 
 
今年の8月30日に「想定死者最大32万人 南海トラフ地震M9新推計」として発表されたが、今回は被害額と避難者数が推定された。
 
<南海トラフ 被害220兆円 M9地震 避難950万人>
  2013年3月19日 東京新聞
20130319souteihinansya.jpg南海トラフで東日本大震災と同じマグニチュード(M)9級の巨大地震が発生すると、関東以西の広い地域で断水や停電が起こり、最悪の場合に950万人が避難し、建物被害や経済活動への影響などで損害は220兆円に上るとの想定を内閣府中央防災会議の作業部会がまとめた。揺れと津波を生き抜いた後も厳しい状況が続く。政府は新年度、具体的な対策を盛り込んだ大綱などを策定する。 
 想定では、地震発生直後に関東、中部、北陸、近畿、四国、中国、九州の各地方で約2710万軒が停電、3440万人が断水に遭う。水や物資が不足するため、1週間後には自治体の避難所に身を寄せたり被災地外に避難したりする人が950万人に膨れ上がると見積もった。食料は発生後1週間の合計で9600万食が不足する。
 揺れや津波で倒壊する建物や、電気や水道などのインフラ損壊の直接被害は169兆5000億円で、東日本大震災の10倍に上った。想定被害の大きいのは愛知県の30兆7000億円、大阪府の24兆円、静岡県の19兆9000億円の順。首都圏の1都4県では計2兆1500億円だった。
 また、東海、中京、阪神などの生産拠点が被災して東西の交通も寸断される。このため生産やサービスが落ち込み、企業の生産活動への損害は地震発生から1年間で国内総生産(GDP)の1割近い44兆7000億円に上ると試算。企業生産の損害と一部重複するが、道路や鉄道の寸断による物流停止などの損害が6兆1000億円と推計した。
 南海トラフ地震の被害推計は2003年にM8.7で81兆円とされたが、東日本大震災クラスに規模を見直し、損害額は2.7倍の想定となった。
 内閣府は昨年、南海トラフ巨大地震による津波の高さと死者数の想定を公表。今回は東日本大震災の実例を基に地震発生後に生じる問題を分析した。「厳しい数字だが、ありのままを知ってもらい、着実に対策を進める」と狙いを説明する。
 作業部会は今月中にも対策を提言する最終報告をまとめる。内閣府はこれを受けて新年度、被害削減の数値目標などを定めた防災戦略や大綱を策定する。
 <南海トラフ> 静岡県東部の駿河湾から九州沖にかけて800キロ以上続く海底の溝(トラフ)。このトラフに沿って「東海」「東南海」「南海」の3地震が想定されている。内閣府では昨年、3地震が同時発生し、巨大津波を伴う最悪の場合に津波高は最大34メートル、死者は計32万人に上るとの想定を公表した。
 
具体的な数値を推計するためには、事前の想定が必要であり、その前提を変えれば如何ようにでもなるというのが、地震被害想定作業である。
 
だからといって、安心させるために被害を過少想定すれば当然、発生した時に「想定外」ではもはや済まされない事態になる。
 
それならば「ありのままを知ってもらい」という観点から最大限の想定をしたのだろう。
 2数週間程前に、「巨大防潮堤に海が奪われる 宮城・気仙沼で住民が計画見直し要請」という記事が掲載されていた。
 
宮城県有数の海水浴場である大谷海水浴場一帯に高さ9.8メートル、全長約1キロのコンクリート製防潮堤を建設するという計画に対して住民が計画見直し要請をしたという内容。
 
巨大なのは高さだけではなく津波で倒されないために土台の幅は実に45メートルもあるという、海水浴場の砂浜を覆い尽くして海までせり出す構造は異常である。
 
同じような例は各地で起きているらしく、ある住民は「津波はどんなに高さを想定しても越えられたらお終いだ。それよりも津波が来ることを想定してお年寄りでも容易に逃げやすい道路を作って欲しい」と言っていたのが記憶に残っている。
 
今回の内閣府の発表でますます国土をしっかりと固めなくてはならないという、安倍内閣の誤った「国土強靭政策」に拍車が掛かり本来の復興予算が不要不急な公共事業に使われることだけはやめてもらいたい、とオジサンは思う。


posted by 定年オジサン at 11:38| 神奈川 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 野球 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月02日

あらためて問う、WBCの問題

日本のプロ野球では、セ・パ両リーグの優勝チーム同士が雌雄を決するために「日本シリーズ」が行われる。
 
文字通り、日本一のプロ野球チームを決める戦いである。
 
ベースボールの発祥の地である米国では、日本シリーズと同様な戦いは「アメリカンシリーズ」ではなく「ワールドシリーズ」と呼ばれている。 
 
これは言葉変えれば、米国内でトップに立ったチームがすなわち世界一であるという自負に基づいている。
 
ベースボールは米国内では唯一の国技ではなく、単なる4大スポーツの1つであり、残りの3つはアメリカンフットボール、バスケットボール、アイスホッケーであることは周知の通りである。 
 
純粋な米国生れのプロスポーツはベースボール(MBL)とバスケットボール(NBA)だけであり、後の2つは欧州が発祥地である。
 
但し米国内での経済的な規模から見ればアメリカンフットボール(NFL)が4大スポーツの中ではずば抜けている。
 
しかしMBLとNFLの球技としての共通点は、攻守が明確に分かれているところかもしれない。
 

 
今日から日本を始め世界の各地で野球の世界一を決めるという謳い文句のWBCとやらが開始される。
 
いまさらなんで野球の世界一を決める必要があるのだろう、と最初の年の2006年頃には疑問に思っていた。
 
その後、これは純粋なスポーツの祭典ではないことが分かってきた。
 
1990年代後半頃からメジャーリーグベースボール(MLB)では、東アジアや北中米カリブ海諸国の選手を中心にMLBの国際化が進み、彼らの様なアメリカ合衆国以外の国籍を持つMLB選手による活躍が著しくなったという。また、2000年代初頭からメキシコや日本などのアメリカ合衆国内以外でMLB開幕戦を開催するなどして、本格的なMLBの世界進出(グローバル化戦略)によるMLB拡大と野球マーケットの拡大、それに伴う収益の拡大を目指していたMLB機構のバド・セリグコミッショナーは「野球の世界一決定戦」の開催を提唱。関係各所で国際野球連盟(IBAF)主催の大会に出場していないメジャーリーグ選手を中心とした各国のプロ・アマ野球リーグ選手による国別世界一を決める国際大会の開催へ向けて協議がなされて来た。
2005年5月にMLB機構が翌年3月に野球の世界大会を開催することを発表[5]。7月12日にMLBオールスターゲーム開催地のデトロイトで、参加が確定していなかった日本とキューバを除く14ヶ国の代表が出席して開催発表記者会見が行われ、大会の正式名称“World Baseball Classic”が発表された。
(Wikipediaより)
 
まさにベースボールというスポーツビジネスのグローバル化戦略がどうやらWBCが生れた動機ということである。
 
もっとも当初はすんなりとことが運ばなかった。
 
日本(NPB)はMLB側の一方的な開催通告やMLB中心の利益配分に反発し、参加を保留。日本プロ野球選手会も開催時期の問題から参加に反対し、2005年7月22日の選手会総会で不参加を決議した。しかし、MLB機構は参加を保留するNPBに対し、改めて参加を要求し、もし日本の不参加によりWBCが失敗に終わった場合、日本に経済的補償を要求することを通達。更に、WBCへの不参加は「日本の国際的な孤立を招くだろう」と警告した。これを受けて、日本プロ野球選手会は不参加の方針を撤回。最終的に9月16日に選手会の古田敦也会長がNPB機構に参加の意向を伝え、日本の参加が決まった。
(Wikipediaより)
 
WBCの変則的なルールや今回の第3回WBCに対しては「主催者側の言いなりイヤ!選手会がWBC不参加を表明」ということを「米国にNOと言えた日本のプロ野球選手」で詳細につぶやいた。
 
米国主導の大会運営では当然ながら主催する米国側(WBCI)に多くの利権が集中しており利益配分率も胴元である米国が66%も取っている。
 
こんな裏方の力関係はプレーしている選手には直接影響はないのだが、もっとも大きな問題は肝心の審判団にも主催側の思惑が入り込み、信念をもった判定をできない審判たちが第1回大会、第2回大会と続いていた。
 
そもそも大会の審判団は、第1回は米国のそれもマイナーリーグの審判で編成されていた。
 
そのため、米国寄りの疑惑の誤審が発生していた。

第2回大会はメジャーの審判が参加し日本など出場国・地域からも派遣されたが、最終判断を下す球審はすべて米国だった。

それでも完璧なホームランが取り消されると言う奇妙な判定も発生していた。

始めから上から目線で参加国のチームを見ている米国チームと審判団。
 
こんな不公平なスポーツ大会なんか世界では通用しないだろう。
 
それでも残念ながら日本のスポーツメディアは嬉々としてWBCを盛り上げようと躍起になっている。
 
今夜19時から第1ラウンド(総当りリーグ戦)の「日本VSブラジル」が開始される。
 
サッカーの試合ならば最高の組み合わせなのだが、少なくともサッカーの国ブラジルにおける野球選手はプロサッカー選手になれなかった連中かもしれない。
 
なぜなら、ブラジルチームは、外野手の松元ユウイチや、投手のフェルナンデス、金伏ウーゴといった元ヤクルトの選手をはじめ、日本の社会人野球、米マイナーリーグの選手が軸になっている。
 
自ずとレベルは日本の比ではない。
 
日本の選手の中には大リーガーになるチャンスを狙っている選手もいるだろうからフェアプレーができる環境でやらせてあげたい。
 
それにしても、「グローバル化戦略によるマーケットの拡大、それに伴う収益の拡大」をMBLが目指している様は、TPPにおける米国そのものではないだろうか、とオジサンは思う。 


タグ:WBC
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2012年07月21日

米国にNOと言えた日本のプロ野球選手

もう7年も前、初めて「WBC」という言葉を聞いて、思わずつぶやいたのが以下の内容だった。
 
---「ワールド・ベースボール・クラシック」---
この試合は2006年3月3日に東京あるいは台湾で開幕。
最後の決勝戦は3月20日に北米で開催する。
オーストラリア、カナダ、中国、キューバ、ドミニカ共和国、
イタリア、オランダ、日本、韓国、メキシコ、パナマ、プエ
ルトリコ、南アフリカ、台湾、米国とベネズエラがこの試合
に参加と推測する。
---------------------------------------------------------
「ワールド」と言いながら、出場国はわずか上記16カ国。
そのうちEUの国は「イタリヤ」と「オランダ」のみ。
残りは、北中米アメリカとアジア・オセアニア。
いまさら「ワールドカップ」とは「サッカー世界選手権」のことだと言うまでもない。
やはり「野球」は世界的には「マイナー」なのである。
<2005.7.19>
 
2006年のWBCで日本は王貞治監督の下、見事(?)世界一になった。
 
3年後の2009年のWBCの時には、「WBCルール」について、こんな風につぶやいていた。
 
・・・ここまでは、大会運営にそった解説であるが、気になることが「WBCルール」である。
WBCにおいては、投手に対してこんな制限がある。
■投手の1試合あたりの投球数制限
第1ラウンド=70球
第2ラウンド=85球
準決勝・決勝=100球
(制限投球数を迎えても、対戦打者の打席が終了するまで投球することはできる)
■登板間隔制限
50球以上投げたら中4日、30球以上・50球未満と30球未満でも、
連投した場合は中1日空けなければ登板することができない。
調べてみると第一回の2006年の投球数制限はもっと厳しかったらしい。
第1ラウンド=65球
第2ラウンド=80球
準決勝・決勝=95球
今回の第2回大会では僅か「5球」だが若干緩和されたことになる。
本来、国の威信と名誉をかけて戦う試合となれば、高校野球ではないが、「エースが連投に次ぐ連投」という
シーンを思い浮かべてしまう。
しかし、そうはいかない様々な事情があるから、こんな「変則的な」ルールが出来ているらしい。
以下にある雑誌記事の一部を紹介する。
 
<自チームの財産を守るMLB球団の意向を反映>
ではなぜ、WBCにはこのような投球制限があるのか。それは「メジャーリーガーが出場するから」に他ならない。
前述したように2006年にWBCがスタートする前から「IBAFワールドカップ」という野球世界一決定戦はあり、
現在も開催されている。こちらは基本的にアマチュアを対象とした大会。
1998年からはプロの参加が認められるようになったが、アメリカからはプロといってもマイナーリーガーしか出場しなかった。
プロとアマチュア、どちらが実力が上かといえば、やはり高額の報酬を得てプレーするプロだ。
中でも最高峰はメジャーリーガーである。そのMLBも選手の多国籍化が進み、北米だけでなく、
ドミニカ、プエルトリコといった中米、ベネズエラなどの南米、日本、韓国、台湾などのアジアやオセアニア、
そしてヨーロッパからも選手が入ってくるようになった。
野茂やイチロー、松坂、松井秀らがメジャー入りし、日本の野球ファンがMLBに注目するようになったことでも分かるように、
選手の供給国が増えればMLBの市場も拡がる。
それに目をつけたMLBコミッショナー、バド・セリグがメジャーリーガーを含めた「真の野球世界最強国決定戦」の
開催を提唱し、スタートしたのがWBCだ。
しかし、MLBの各球団にしてみれば迷惑な話だった。選手は自らの球団が勝利するために高額の年俸を払って確保している戦力。
いわば“財産”である。それを4年に1度とはいえシーズン開幕前に各国に貸し出さなければならない。
選ばれた選手は国の名誉がかかっているため全力プレーを見せる。
そこでもしケガでもして自チームでのプレーができなくなったら、球団は大損だ。
とくに投手の肩は消耗品。投球数が増えればその分、肩は消耗し、球威が落ちる。
・・・中略・・・
<米国民はWBCに興味なし?国によって大きな“温度差”>
MLBの各球団同様、開催国のアメリカ国民もWBCには熱くなっていない。
第1ラウンドの平均視聴率は2%程度。
野球発祥の国でありMLBがあるアメリカが野球最強国であるのは当然であり、今さらWBCをやる必要はないという感覚なのだ。
それよりも大事なのはMLBのレギュラーシーズン。自分が応援している地元チームの今季の成績の方が気になる。
MLBの球団と同様、冷めた目でWBCを見ているのである。
その点、日本は逆だ。WBCの視聴率はどの試合も30%超。プロ野球に対しては冷めているのに日本代表戦となると盛り上がる。
これは韓国も同様だし、社会主義国家で選手は国の支援を受けて頑張るステートアマであるキューバもそう。
WBCへの対し方は国によって“温度差”がかなりあるのだ。
日本のように盛り上がっている国は、国の名誉のために全力を尽くすのが当然と考える。
だから、投球数や登板間隔の制限に違和感を持つ。
一方、アメリカはそれを当然と考える。
この温度差が、サッカーのワールドカップのような熱気が生まれない原因となっているともいえる。
それでいてアメリカが途中で敗退するようなことがあったら、アメリカ国内はさらにシラけるだろう。
「WBCなんかやらなくていい」という声が起こることも考えられる。
ともあれ今のところ侍ジャパンはWBCのルールを受け入れながら、うまく戦っている。
キューバを破ったことで連覇の可能性も見えてきた。
日本人から見ればスッキリしないことが多い大会だが、今は特別ルールも試合を面白くする材料と考え、
国同士の真剣勝負を楽しむべきなのかもしれない。
 (ダイヤモンドオンライン 2009年3月17日配信掲載)
 
WBC出場国は残念ながら少なくとも野球(?)に関しては「対等なスポーツ国」ではない。
 
米国に比べればかなりの「後進国」であり、米国市場への選手供給国である。
 
2006年の3月の松坂の頑張りが、レッドソックスの高契約金につながり、その年の活躍によって、日本人始め韓国選手たちが、こぞってメジャーデビューを果たしている。
 
良く言えばプロ野球選手にとっての「登竜門」かも知れないし、MLBのスカウト達の草刈場となっている。
 
しかし、過去2度も優勝したWBCの大会スポンサー収入の70%は日本企業からのものでありながら、なぜか収益配分は米国側が66%で日本はわずか13%という、考えられない米国側の搾取構造が明らかになっていた。
 
大会収益が日本球界に還元されないにもかかわらず、開催地に2013年も日本を指定してくるWBCIに対して、日本プロ野球選手会は遂にWBCへの不参加を表明した。
 
<主催者側の言いなりイヤ!選手会がWBC不参加を表明>
  2012年7月21日 スポニチ
労働組合・日本プロ野球選手会(新井貴浩会長=阪神)は20日、大阪市内で臨時大会を開き、来年3月の第3回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)に参加しないことを全会一致で決めた。日本代表のスポンサー権などの譲渡を大リーグ機構(MLB)などで構成される主催者側に求めていたが、認められなかったことで結論を出した。日本野球機構(NPB)は8月1日に選手会と再協議する意向だが、過去2大会で連覇を達成した「侍ジャパン」が最終的に参加を見送る可能性が出てきた。
 夢の球宴を前に衝撃が走った。正午から大阪市内で行われた労組・日本プロ野球選手会の臨時大会。約2時間後。会見に臨んだ新井会長は「WBCに出場しないということが正式に決定しました」と、苦渋の表情を浮かべながらもき然と前を向いた。そして、「WBCI(大会運営会社であるWBCインク)に要望を伝え、あれから1年、何の返答もなかった」と続けた。
 08年の北京五輪を最後に五輪競技から外れている野球にとって「日の丸」を背負ってアピールする最大の場がWBCといっても過言ではない。その大会にボイコットともいえる強硬姿勢。選手会は大会収益をアマチュアも含めた日本球界へ還元するため、スポンサー権などを日本野球機構(NPB)に譲渡するよう求めてきた。
 一貫して問題視してきたのは、日本からのスポンサー料やグッズのライセンス収入などもすべて大会運営会社に入るWBCの収益構造だ。五輪やサッカーW杯などの国際大会では参加国にスポンサー権が認められ、JFA(日本サッカー協会)などは年間数十億円ものスポンサー収入を得て、代表チームの強化、育成費に充てられている。
 WBCは過去2大会ともに約1800万ドル(当時約16億〜20億円)の利益を上げている。総収入の4本柱となるのがチケット、放映権、スポンサー、グッズ収入。選手会によると、前回大会では放映権料の計約3100万ドル(当時のレートで約27億6000万円)のうち、日本が38%を占めた。さらに大会のスポンサー収入の約70%が日本企業からもたらされているという。だが、収益配分は米側の66%に対し、日本はわずかに13%。この比率はもとより、選手会の松原徹事務局長は「(スポンサー料などは)本来、日本が持っているべき権利だ」と語気を強めた。
 不参加という最終決議に大きな影響を与えたのも、主催者側の頭越しの決定だった。第3回大会では従来の1次ラウンドだけでなく2次ラウンドも日本で開催することが内定。現行の収入構造では興行権、チケット収入も主催者に入るため、松原事務局長は「日本頼みではないか」とした。
 NPBも選手会の要求をWBCI側に伝えてきたが、いまだ「ゼロ回答」。NPB側はWBC期間外にも日本代表を常設化することで独自にスポンサーを得て収益を確保するとしているが、選手会が納得するには至らなかった。
 新井会長は「選手も出場したい。ただ5年、10年後を考えれば苦渋の選択をせざるを得ない」。選手会の不参加表明は必ずしも交渉打ち切りを意味するものではない。あくまで大会収益配分の見直しにこだわり、瀬戸際で「不参加」という最終カードを切った。
 
WBC不参加を支持しよう アメリカにNO!と言えた日本のプロ野球選手たちは素晴らしい!!」と絶賛している人もいる。
 
おそらく、長嶋や王の現役時代のプロ野球選手には、このような毅然とした行動に出ることはできなかっただろう。
 
日本プロ野球選手会が、1985年11月5日、東京都労働委員会から労働組合として認定され、11月19日、法人登記をして労働組合日本プロ野球選手会が発足した。
 
当然の結果、ストライキ権を獲得し、各12球団の選手会も傘下の組合組織となったが、親会社に労働組合がなかったヤクルトスワローズ選手会は親会社の意向により脱会したが、4年後にヤクルト選手会が復帰したという経緯がある。
 
その後も、選手会は「2リーグ12球団維持」を求め、2004年9月18日・19日の2日間にわたって日本プロ野球史上初のストライキを決行し、その後行われた両者の交渉によって、新規参入球団の確約をはじめとした合意を得ることとなった。
 
組織的にも、労働者としての自覚を持ってきた日本プロ野球選手会の中心選手たち。
 

「野球が五輪から外れた今、WBCの価値はお金では換算できない。不参加の(ファンへの)影響を真剣に考えなければならない」と言って憚らないNPBの加藤良三コミッショナー

こんな経営者たちの「いいなり」にはならず、しかも「WBCI(大会運営会社)」という米国相手に一歩も引かず、最後には「NO」と言えるような若者たちが日本にまだいることに驚きと感動を覚えながらも、彼らの爪の垢を少しでも米国従属政治家たちに飲ませることができたらなあ、とオジサンは思っている。



 

タグ:2013年WBC
posted by 定年オジサン at 12:21| 神奈川 ☔| Comment(1) | TrackBack(1) | 野球 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月07日

"鯨"から"湾の星"にDNAは引き継がれる

地元横浜のファンのみならず、様々な人からも賛否の声が上がっていた横浜ベイスターズの譲渡問題がようやく日の目を見るらしい。
 

<新球団「横浜DeNA」譲渡交渉正式合意>
  2011年11月5日  東京新聞
TBSホールディングス(HD)と交流サイト運営大手のディー・エヌ・エー(DeNA)は四日、プロ野球横浜ベイスターズの譲渡で正式に合意した。新球団名は「横浜DeNAベイスターズ」で、DeNAは同日、日本野球機構(NPB)に加盟申請した。球団取得額は、NPBに支払う預かり保証金など30億円を含め総額95億円になる。 
 TBSHDは保有する球団株式69・23%のうち66・92%を65億円でDeNAに売却。2・31%を継続保有し、放映権の一部は維持するが、2002年に140億円で取得した球団経営からは撤退する。
 DeNAは当初、自社が運営する携帯電話向けソーシャルゲームサイト「モバゲー」の名称を球団名に入れる意向だったが、一部球団が反発したため撤回した。
 オーナーに就任予定のDeNAの春田真会長(42)は「あらためて野球のすごさ、力を感じている。責任感を持って、次世代につなげていけるように(球団運営を)していきたい」と述べた。本拠地は横浜に置き、長期保有する考えを強調した。
 NPBは9日の実行委でDeNAの参加資格の審査を開始。12月1日のオーナー会議で4分の3以上の同意を得て正式に決まる。
 
昭和32年に親の都合からかオジサンの病の転地療法からなのかは知らないが、オジサンは都民から川崎市民になった。
 
小学生なら当時は誰でもが野球帽をかぶっており、ほとんどの子が「G」マークの帽子だった。
 
野球帽を売っている洋品店で他の球団のマークがついている帽子を探すことが困難だった。
 
その頃のプロ野球球団で関東地域の球団は「讀賣ジャイアンツ」「国鉄スワローズ」「大洋ホエールズ」「東映フライヤーズ」「大毎オリオンズ」の5球団で、残り7球団は関西の球団だった。 
 
川崎市でも多摩川を渡れば東京都に直ぐに入れる場所の地域では、ほとんどが「東京市民」が多かった。
 
そんな環境で育ったため、地元のプロ野球チームを応援する人は周辺にはいなかった。 
 
ある日、ジャイアンツ帽をかぶって遊んでいるときに、頭にタオルで鉢巻きした日焼けした逞しいお兄さんに、「そんな帽子やめちまえ!」と激しく叱られたことを覚えている。
 
おそらく、あのお兄さんは大洋ファンだったのかも知れない。
 
1949年11月22日に「株式会社まるは球団」としてセ・リーグに加盟したが、当時は山口県下関市をフランチャイズ、下関市営球場を本拠地球場とした。 
 
オジサンが生まれた年の1950年のシーズン開幕後に大洋ホエールズに球団名を改称し、9月には事務所を下関市から東京都千代田区に移転した。
 
1953年1月10日、松竹ロビンスと対等合併に合意し、大洋松竹ロビンス、翌1954年には通称名の洋松ロビンスと球団名が変わり、1954年12月11日限りで松竹は球団経営から撤退した。
 
そして1955年に球団名を大洋ホエールズに戻し、神奈川県へ移転し川崎市の川崎球場を本拠とする新生ホエールズとして再スタートした。
 
オジサンが今でも覚えている生え抜きで大洋の選手として野球人生を終えた選手としては、
■投手 
 秋山昇・稲川誠・島田源太郎・平松政次 
■捕手
 土井淳
■野手
 近藤昭仁
くらいであろうか。
 
このチームはその後、1978年に横浜大洋ホエールズ、1993年に横浜ベイスターズと球団名が改称され、来年度からは横浜DeNAベイスターズとなるらしい。
 
最近の若い世代、例えば生まれたときには既に携帯電話が普通に使われていたという世代からすれば、「モバゲー」は「モバイルゲーム」の略であることや、DeNAという会社が運営するゲームサイトの名前であるということは、常識なのかもしれない。
 
しかし時代遅れなプロ野球の高齢の実力者にはそんな常識は通用せず、当初は「モバゲー」という商品名を球団名に使うことは売名行為になるからダメだと主張していたらしい。
 
しかし、そもそもプロ野球球団というのは、企業が広告塔としての役割を果たすために運営してきた歴史があり、最近でもオリックスとかソフトバンクや楽天などは、球団買収の際、売名行為というのか宣伝効果を狙っていたことは事実である。 
 
*
 
既に多くの報道番組でも紹介されてきたが、プロ野球球団の運営企業の業種が時代と共に大きく変遷してきた。
 
1950年の2リーグ制開始時には、「鉄道系」が7球団もあった。
 
「東急」、「阪神電鉄」、「京阪神急行電鉄」、「南海電鉄」、「近畿日本鉄道」、「国鉄」、「西日本鉄道」と懐かしいこれらの鉄道会社で既に消滅してしまったところもある。
 
次いで多かったのが「新聞系」で「讀賣」「中日」「毎日」「西日本」の4社であった。
 
1979年以降10年間では、食品系球団が4つに増え、鉄道系が4、新聞系が2となった。
 
そんな運営企業の衰退にもかかわらず、球団名に本拠地名を入れていたのが「横浜大洋ホエールズ」と「広島東洋カープ」だけだった。
 
最近のプロ野球の球団名の構成は、「本拠地名」+「親会社」+「愛称」となっているようである。
 
ところが12球団の運営母体と業種、球団名をよく見ると、
 
■新聞系 - 巨人(読売新聞)、中日(中日新聞)
■鉄道系 - 埼玉西武(西武鉄道)、阪神(阪神電気鉄道)
■食品系 - 北海道日本ハム(日本ハム)[2]、千葉ロッテ(ロッテHD)、東京ヤクルト(ヤクルト本社)
■情報・通信系 - 福岡ソフトバンク(ソフトバンク)、東北楽天(楽天)、横浜(DeNA)
■金融系 - オリックス(オリックス)
■自動車系 - 広島東洋(マツダ)
 
となっており、かなりの球団名に本拠地名が入ってきているが、残念ながら老舗球団はそうはなっていない。
 
2ヶ月ほど前に、ある掲示板にこんな記事が掲載されていた。
 
 ◇=◇=◇=◇=◇=◇=◇=◇=◇=◇=◇=◇=◇=◇=◇=◇=  
■各球団の経営現状
<ヤクルト>:神宮球場が大学野球を優先していて、球団との一体運営がどうしてもできない。東京に2球団と地域密着も困難。
<巨人>:放送権・グッズ売り上げ等で収入は十分だが、補強等の動きの少ないセリーグでの大型補強は悪い意味でも浮いている。冗談ではなくパリーグに参入した方が本当に盛り上がるかも。
<中日>:中部圏で唯一の球団で入場収入は放っておいても入るが、球場の運営権を得られないので飲食収入が入らないのがもったいない。
<阪神>:経営としては全てに恵まれている。ときには、パリーグのように、同一リーグ内でのトレードを率先して多く行ってみては。<広島>:企業ではなく個人(マツダ創業家)が球団を持っている唯一の球団。そのため先を見越した赤字覚悟の投資ができないl。ケチだが36年連続黒字。
<横浜>:巨人戦視聴率低迷、野球人気停滞でTBSの身売り話しが出るのは当然。放送局が球団を持つのがいかに難しいかを示した良い例。
<ソフトバンク>:福岡・九州7県の球場とフランチャイズ契約合意。球場側との運営も良い条件で契約している。当時騒がれた年間48億契約が今でも続いているのが唯一のネック。
<日本ハム>:地域密着に成功したが球場営業権を巡る問題はパリーグでは最悪クラス。日本ハムが全収入を得られる飲食直営店は球場外の移動トラックしか持てない契約。
<楽天>:球団改善費全額負担と引き換えに球場営業権の大半を得る契約を結び営業黒字が続いている。収容人数を増やせば収入は増えるが、工事費は全額負担。
<オリックス>:大阪・神戸の2球場の全ての経営を得ている。阪神が大阪ドームでの試合をもっと増やせば、多くの飲食収入がオリックスに入る。
<ロッテ>:04球界再編問題でロッテも合併話が浮上し、慌てた自治体側がロッテに有利な球場経営権を結ぶことを合意する。命名権収益などもロッテ側の収益が多い。
<西武>:所沢という人口の少ないところに本拠地があるのが最大のネック。さいたま市との人口差は四分の一でファンが大勢いるわけでもない。
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いろいろと多くの問題を抱えているプロ野球球団らしい。
 
特にオジサンはプロ野球の発展を願っているわけでもなく、衰退を悲しんでもいない。 
 
しかし、確実にいえることは、日本ではまだまだ「職業スポーツ」が根付いていない。
 
企業頼りでは、常に企業の論理に振り回され、収益が悪くなれば、今までの歴史が如実に物語っているように、M&Aの対象になったり簡単に売却されてしまう。
 
「うちの球団は全国区だから地域名は必要ない」と主張しているような人物の発言力がまかり通る風土が残っているようでは、プロ野球の行く末は見えている。
 
「球団名に親会社の企業名を入れろと」という讀賣の要求をはねつけたJリーグの当時の川渕チェアマンによって、日本のプロサッカーは地道な努力により世界ランキングの15位になるほどに成長した。
 
特定企業ではなく、地元のファン・サポーターに支えられ、地域密着型の体質に改善しない限りは、「鯨」から「湾の星」に変わって18年前に球団名から親会社名を消したかつての親会社・マルハの試みも挫折してしまい、プロ野球は滅亡の道を歩み始めてしまうのではないか、とオジサンは思う。


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2011年10月22日

オレ流よりムラの掟

最近というのか、この十数年間、プロ野球には余り興味がなくなっていた。
 
サッカーのJリーグが始まったことも一因かもしれない。
 
野球を快く思っていなかった、いや理解していないあるジャーナリストが、昔こんなことをいっていた。
 
「野球とは不思議なスポーツだ。じっと立っている選手がバットを振り回すと突然走り出す。味方は何もしないで座っており、ただ励ましの声をかけるだけだ。」
 
オジサンはそこまでは思っていなかったが、渡邊恒夫なる人物が率いる「讀賣巨人軍」という、球界で唯一の「軍隊野球団」が、両リーグの統一を主張し始めた頃から、プロ野球にはついていけなかった。
 
その昔、「名選手は名監督にあらず」といわれた時代があったが、長嶋茂雄という選手はその典型的な「名選手だが名監督ではなかった」が、同じチームの「名選手」の王貞治は監督としても成功している。
 
もっとも野球人生での記録に残る成績では王貞治がはるかに上であったが、「記憶に残る名選手」としてはやはり長嶋茂雄であった。 

この場合の「名選手」は「華のある、ファンをひきつける、大衆から人気のある」という要素が必要だった。
 
戦後初の三冠王に輝いた野村克也も球史に残る名選手であり、監督としても多くの成績を残している。
 
野村克也以上の成績を残した落合博満は、3度も三冠王になっており、未だにこの記録は破られていない。
 
さらに監督になっても8年間でリーグ優勝4回、3位以内のAクラス入りは8年連続という成績を残し、熱烈な中日ファンからは「名将・名監督」といわれている。
 
その名監督があっさりと今期限りで解雇されてしまった。
 
正確には10月末で契約が切れ、11月以降のクライマックスシーズンなどへ向けては、1日単位での契約を結ぶ予定らしい。
 
そして、落合監督らしい行動が最近話題になった。
 
<落合監督、球団社長との「握手拒否」 「オレ流」にネットで賛否両論>
  2011/10/19 JCASTニュース
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セ・リーグで2連覇を果たした中日ドラゴンズの落合博満監督が、坂井克彦・球団社長との握手を拒否した、とインターネット上で話題になっている。
 落合監督と坂井社長とは、監督の電撃解任をめぐり確執が指摘されている。「握手拒否」した落合監督に対し、「オレ流を貫き、かっけ〜(格好いい)」という称賛の声の一方、「大人げない」と批判も出ている。
 
オーナーとはがっちり握手
落合監督の「握手拒否」を伝える2ちゃんねる掲載の連続写真。    2011年10月18日夜、横浜スタジアムで対横浜ベイスターズ戦を終えリーグ優勝を決めた中日の落合監督は、胴上げで6度宙に舞った。セ・リーグ連覇は球団史上初の快挙だ。試合の様子はNHKのBS1で放送されるなどした。
試合後、ベンチからロッカーへ引き上げようとする落合監督に坂井社長が右手を伸ばして握手を求めたが、落合監督が応じなかった、として18日夜の内にネットで話題になり始めた。
特に、その様子を伝える4枚の連続カラー写真を添付した2ちゃんねるの情報は、多くの個人ブログなどに転載された。ツイッターでも多くの反応があった。
4枚の連続写真はいずれも、ユニホーム姿の落合監督が、右手側にいる2人の背広姿の男性の横を通り抜けているところだ。
(1)=1枚目=は、落合監督の解任に最後まで慎重だったとされる白井文吾オーナーと右手でがっちり握手をしている。顔は合わせておらず、落合監督は歩きながらやや前方下向きに視線を向けている。
(2)白井オーナーのすぐ後ろにいる、白髪で眼鏡姿の坂井社長が、右手を落合監督に差し伸べている。
(3)落合監督は、視線は前方下に向けたまま、坂井社長の右手に触れそうな位置にあった自身の右手を「ひょい」と背中側上方に持ち上げた格好になっている。
(4)通り過ぎる落合監督に引き続き握手を求めるかのように、坂井社長が右手を伸ばしたまま体をやや右(落合監督の背中の方)に向けている。
連続写真をみると、確かに「オーナーとは握手したが、社長との握手は拒否」したように見える。
・・・後略・・・
 
たしかに記事内容と写真を見るかぎりでは、落合監督と坂井社長との間には「何かあった」ようである。
 
この監督の更迭について、こんな見方をしている若者がいた。
 
<中日ドラゴンズに見る「ムラ社会の掟」>
  2011/10/19 JCASTニュース
落合博満・中日ドラゴンズ監督の今期限りでの更迭が話題となったが、その中日が昨日、見事リーグ優勝を勝ち取った。これまで過去3回のリーグ優勝とクライマックスシリーズからの日本一を経験し、すべての年度でAクラスを達成した指揮官は、最後の花道まで自分でおぜん立てしたわけだ。
ところで、実績からすれば文句なしの彼を、球団はなぜ更迭したのだろうか。観客動員数の低下が挙げられることが多いが、それは野球全般的な問題であり、後付けの理由だろう(そもそもそれは背広組の責任だ)。本当の理由は、中日球団がムラ社会であり、そのルールを彼が最後まで受け入れなかったためだ。
 
年功を否定し能力にこだわった落合監督
ムラ社会というのは、閉鎖的で外部との交流を前提としない組織のことで、昔の農村が典型例だ。
どんな組織でも、秩序を維持するために貢献度に応じた利益を分配する必要があるが、長期の関係維持を前提とするムラ社会の場合、それは「ポスト」という形を取ることが一般的である。キャッシュなら大金貰って、はいサヨナラというケースもあるが、ポストなら将来回ってくるまで、少なくとも一定の関係は維持し続けないといけない。
往年の名選手ではあっても、落合は生え抜きではなかった。そして、出自にこだわらず、外部から自分の価値観に沿った人材をコーチとして招へいし続けた。
リーグ優勝したチームの監督以下、コーチ陣も含めてすべて入れ替えられるという異常な人事は、中日球団内部が本質的にムラ社会であり、ムラの秩序維持のためにポスト防衛に走ったという構図が深層にある。
そういう意味では、生え抜き人事にこだわった球団側は日本型雇用的であり、年功ではなくリアルタイム能力にこだわった落合は職務給的と言えるかもしれない。
 
身売りした横浜の「しがらみゼロ」旋風に期待
もっとも、5年前に縁もゆかりもない星野仙一を監督に招こうとした巨人も、やはりOB会の反対で流れているから、特に中日だけが古いというわけでもないらしい。
現役時代は完全実力制度ではあるが、ポストについては純日本的というハイブリッド型組織というのが、プロ野球の特徴と言えるだろう。
ちなみに、氏の後任には往年の大ベテラン、高木守道氏(70歳)の起用が決まっている。球団側の言うような「新しい風」は望むべくもないが、コーチも恐らく生え抜きで固められ、ドラゴンズ村はめでたく昔の結束を取り戻すことだろう。
ただ、それでチームが強くなるかどうかは別の話。個人的には、身売りで心機一転した横浜が、落合以下、旧中日コーチ陣を招へいして、しがらみゼロの職務給チームとして旋風を巻き起こすことを期待している。
 
オジサンはこの記事を読んで、なぜプロ野球に興味をもたなくなったのか、はっきりわかった。
 
日本固有の、独特の「ムラ社会」であるプロ野球の世界では、どんな素晴らしい成績を残した選手でも、「生え抜き人事にこだわり日本型雇用的球団側」にとっては不要な選手であるということだった。
 
既に多くの日本の企業は「年功ではなくリアルタイム能力」にこだわっており、むしろ実力もないのに古くからいる社員を追い出そうとしている。
 
しかしプロ野球球団の多くは、少なくとも「ポストについては純日本的というハイブリッド型組織」であり、これではとても国際化などは程遠い。

生え抜きの原辰徳監督は、成績不調で一度は解任されているが、再び元の職場に戻っている。

国際化という観点からいうと、例えばプロサッカーの世界では、「生え抜き」などという概念は微塵もなく、選手自身が常に流動イ的であり(期限付きレンタル制度がある)、さらに監督も実績があり有能であれば、生え抜きどころか自国出身にはこだわらないということが常識になっている。
 
世界中から100数十カ国も参加するワールドカップなどという大会を開催できるサッカーとは比較にならないような、異質な組織がプロ野球の世界なのだと、オジサンはあらためて思った。
タグ:落合監督
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2011年03月29日

世論に負けたセ論

「それ(29日開幕)は動いていないのではないか。開幕は政府が決めることですか? 節電してくれというのは政府が言うことだろうが、開幕を何日にしろというのはお上が決めることか。日程はわれわれが決めること」
 
こう息巻いていたのは1週間ほど前の巨人・滝鼻卓雄オーナー。
 
当初3月25日開幕を決めていたのだが、パ・リーグの開幕日の延期に同調せず、29日に延期しただけで、なにがなんでもセ・リーグだけは「讀賣巨人」の意向を貫くはずだったが、早速内外から多くの批判が上がっていた。
 

<楽天・星野監督、世論無視のセ論に怒り「空気読め」>
  2011.3.23 11:15 産経ニュース
 セ・リーグよ、空気読めや−。楽天・星野仙一監督(64)が22日、開幕日問題で混迷状態に陥っているセ・リーグへ苦言を呈した。文科省の“節電指導”を受けて考案した“減灯ナイター”を却下された古巣のセ・リーグへ、「世論というものがある。空気を読まなアカン」と注文した。また地元仙台ではこの日、本拠地「日本製紙クリネックススタジアム宮城」の復旧工事がスタートした。
 (サンケイスポーツ 山田利智)
 
当然、セ・リーグ選手会からも大きな反対が上がっていた。

それが3月24日の臨時理事会でパ・リーグと同じ4月12日に変更することを決めた。 
 

<セ、パと4・12同時開幕、巨人は宇部>
  2011年3月24日21時58分 nikkannsports.com
 セ・リーグは24日、都内で臨時理事会を開き、東日本大震災の影響で、当初の25日から29日に延期していた開幕日を再度延期し、パ・リーグと同じ4月12日に変更することを決めた。ナイター開催や延長戦の取り扱いも、すべてパと合わせることも決めた。プロ野球は、2度にわたり文科省から東京電力、東北電力管轄内でナイター開催を自粛するよう節電要請されていた。さらに選手会の要望と世論の反発に配慮した形でようやく着地。26日の12球団オーナー会議で正式決定する。
 開幕カードは、巨人−ヤクルトが山口県宇部市のユーピーアールスタジアム、横浜−中日が横浜スタジアム、阪神−広島が甲子園球場で行われる。横浜の試合はナイターからデーゲームに変更される。
 
このセ・リーグの臨時理事会の決定を受けてプロ野球の臨時オーナー会議が開かれ一連の混乱は収束した。
 
<日本シリーズ開幕11・12 ようやく団結>
  2011年3月27日8時22分 nikkannsports.com
 プロ野球の臨時オーナー会議が26日、都内で開かれ、日本シリーズを2週間遅らせて11月12日に始めることを決めた。東日本大震災の影響で、セ、パ開幕戦が当初より18日遅れの4月12日に延期することを受けての措置。クライマックスシリーズ(CS)も約2週間遅らせて10月29日をメドに開始する。被災地の復興支援策として4月2、3日に12試合のチャリティーマッチを開催することや、12球団統一のロゴマークを作成することも決まった。
 プロ球界が前を向いて動き始めた。12球団オーナー会議で開幕延期に伴うCS、日本シリーズの延期が決まった。議長を務めた楽天島田亨オーナーは「開幕が約2週間遅れるので、日本シリーズを2週間先延ばしで公式戦の日程組みを行う」と説明した。近日中に営業担当者会議を開き、4月4日に新たな日程を発表する予定だ。
 これにより、日本、韓国、中国、台湾の4カ国・地域が参加して11月11日に開幕するアジアシリーズ(台湾)については、見直しを迫られる。島田オーナーは「セ、パだけで調整できない。CS、日本シリーズの日程によりアジアシリーズにしわ寄せがくる」。これまで出場していた日本一チームは派遣不可能となることから、日程やメンバーなど4日の実行委員会で協議していく。
 12球団が一体となって復興支援を行うことも確認した。まずは4月2、3日の2日間で、セ、パ合わせて12試合のチャリティーマッチを開催。経費を除いた収益を義援金とし、試合前に選手が募金活動を行う。12球団統一のロゴマークなども近日中に発表する。
 日本プロ野球組織の加藤良三コミッショナーは「セ、パ各球団それぞれ事情がある。具体的な姿になるまで時間がかかった。しかし、選手会の確約を得て4月12日に開幕することは前進であったと思っている」と、一連の騒動が終結し、落ち着きを取り戻していた。
 
オジサンもここまでの流れを見て、「大人の話し合いをチャンとすれば結論がつくんじゃないか」なんて、ちっとも考えなかった。
 
あの渡邊恒雄会長率いる「讀賣軍団」が簡単に、自分たちの利益を失うような妥協はするはずがないと思っていたからであった。
 
当然、一般のファンたちからはわからない「何か」があったのではないかと、勘ぐっていた。
 
そうしたら、やはり「何か」があった。
 
<巨人、開幕強行失敗の舞台裏 政界絡みで誤算>
  2011.3.25 23:15 産経ニュース
4月いっぱいは東京ドームではデーゲームも行わない−。巨人・清武英利代表は“完全撤退”を明言した。「基本的にはナイターの時間帯に需要が高まるとはいえ、ナイターと類似の電力使用があれば、控えていただきたい」と蓮舫節電啓発担当相からダメ出しされていた巨人は、ここでもあっさり白旗を上げている。最後の出方が注目されたが、予想外の豹変ぶり。いったい、どうしたことか。球界関係者がこう明かす。
 「巨人の大誤算は、テレビ朝日出身の民主党代議士、監督官庁の文部科学省の笠(浩史)政務官との間で話がついたと、早とちりしたことだろう。笠氏は、選挙区が神奈川9区で巨人の選手が多く住んでいる川崎の麻生区などが地盤。そんなこともあって、日頃から巨人とのホットラインがウワサされている」
 そもそも、今回の開幕問題大騒動は18日に突然出された、プロ野球界の監督官庁、文部科学省・鈴木寛副大臣名での通達が引き金だ。
 「(1)厳しい電力事情を踏まえ、計画停電が行われている東京電力・東北電力管内以外の地域で試合を開催するよう、可能な限りの努力をお願いします」「(2)特に、東京電力・東北電力管内の地域では、夜間に試合を開催することは厳に慎むようお願いします」
この通達を受け、当初の予定通り25日開幕を強行しようとした巨人は翌19日、東京・大手町の球団事務所でセ・リーグ緊急理事会を招集させた。その結果、「セ・リーグの開幕を29日に延期する」「東京・東北電力管内では4月3日までデーゲーム。4月5日以降は減灯ナイターにする」と軌道修正した。
 が、巨人軍の誤算は、笠浩史文科大臣政務官と事前にコンタクトを取り、政府が開幕日の決定に介入しないと踏んでいたことだ。笠氏自身、自らのホームページで、セ・リーグが19日の臨時理事会を開く前に「見直しの方向性」に関して助言を求めてきたことを明かしている。
 同時に、「私が文科省の政務官としてセ・リーグの開幕を承認したという報道がありましたが、承諾した事実はございません」と、29日開幕に同意したことを全面否定している。
 その上、23日はさらに高木義明文部科学相、蓮舫節電啓発相から、相次いでダメ押しの厳しい注文と意見が出た。「4月いっぱいのナイター中止」「セ・リーグが4日間延期することにどういう議論があって、どういう根拠があったのか? 選手の意見をくみ取っていない。新井会長が言うこと(4月12日にセ、パ同時開幕)にすべて賛成です」と。
 この裏には、巨人側の動きとは全く対照的で、政界人脈をフル活用した選手会の周到な根回しが見え隠れする。文科省の鈴木寛副大臣と元労組日本プロ野球選手会長の古田敦也氏のホットラインは「2人の蜜月関係は我々でも知っている公然の秘密」と、前出の球界関係者は明かし、さらにこう語る。
「選手会の石渡顧問弁護士は民主党と太いパイプがある。蓮舫節電啓発担当相が有名になった、あの事業仕分けのメンバーにもなっていたほどだ。こういうコネクションがあれば、どうやっても巨人に巻き返す策はない」
 自民党政権下ではキングメーカーを自任していた巨人・渡辺恒雄球団会長も新たに打つ手はなかったのだろう。「開幕を何日にしろってのは、お上が決めることかよ! 日程は我々自身が決める」と言い放った滝鼻卓雄オーナーの言葉も今となっては虚しい。26日の12球団オーナー会議を前にして、面目丸つぶれの撤退となった。
 
これで、当分は「讀賣軍団」も少しはおとなしくなるのだろうが、栄光の「讀賣巨人軍」もついには「虚人群」になってしまった。

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2010年11月08日

過渡期のスポーツ

日本で行われている団体球技というものは、名前や内容がなじみのないものを含めると約70種類以上あるらしい。
 
大体、集団球技とか団体球技と呼ばれるスポーツは、1個の球をめぐって多くの選手が入り乱れる場面が想像される。
 
団体球技の中で1チームの人数で並べると、ラグビーの15名、サッカーの11名、野球の9名、バレーボールの6名、そしてバスケットボールやハンドボールの5名といったところが多くの人が一度はやった経験のあるスポーツかもしれない。
 
共通項で見ると、相手側の「ゴール」に球を入れて得点を競うのが、サッカーとバスケットボールとハンドボール。
 
相手側の「陣地」にボールを入れて得点を競うのがラグビーやバレーボールといったところだろうか。
 
これらの種目はいずれも味方が全員協力して得点を取ることを目標にしている。
 
しかし、なぜか野球だけはこのような分け方に属さない。
 
球技にも関わらず、攻撃の時の選手の動き方によって得点が生まれる。
 
ホームランというのも、守備側の選手が攻撃側の選手が打った球をとることができない状態でフリーでグランドを1周しホームに戻ってきて得点となる。
 
そのときの球の状態や位置は関係ない。
 
何しろ選手の体がホームに戻ってくればよいのである。
 
次に決定的に異なるのは、「攻撃」と「守備」が全く時間的に切り離されている。
 
野球は「守備」の時には、いくら全員で頑張っても得点にはならない。
 
 
昔のバレーボールは「サーブ権」という考え方があって、その権利があるときだけ「得点」が生まれた。
 
しかし、技術的に差が少ないチーム同士の戦いでは、「サーブ権」の奪い合いに時間がかかり得点が生まれず長時間の試合になることが多かった。
 
いわゆる「サイドアウト」の繰り返しである。
 
バレーボールの経験者に言わせると、「圧倒的にサーブ権のあるルールの方が面白かったように思います。攻撃的なサーブも狙いやすいですし、プレーの“思い切り”もサーブ権の有無で変えることができたと思います。サーブ権の交代だけが繰り返されているときの緊迫感はたまらないものがありました。試合時間短縮は、テレビ放送を意識してのことだったと思います」とのことであった。
 
オジサンも1964年の東京オリンピックのときの「東洋の魔女」の試合では、サイドアウトの応酬が観客を釘付けにしたと記憶している。
 
その後1999年に国際ルールが改正になりラリーポイント制が導入され「サーブ権」がなくなり、常に得点シーンが発生し、ある意味ではよりスリリングな試合が多くなったように感じる。
 
 
小さなミスが相手の得点につながるという緊張感も選手にはあり、観客も選手の一挙手一投足から眼が離せない。
 
5人制のハンドボールやバスケットボールには選手の役割はあるが「攻撃」や「守備」専門の選手はいない。
 
ラグビー、サッカーのように人数が多く試合するグランドが広いと、地域的なポジションはある。
 
しかし、同じ位置に立っている選手は1人もおらず、常に全員がそれなりに、特にボールに関与していない選手でも動きがある。
 
即ち、チーム全員が攻撃や守備を連続的に交互に繰り返しながら試合が進む。
 
野球が他の団体球技と大きく異なる点の1つが、相手と「9対9」の戦いという場面がなく、必ず「攻撃」の場合は「1対9」なのである。
 
1人のバッターに対して9名が守備をする。
 
その守備も全員が「定位置」と呼ばれる場所にじっと立って待っている。
 
そのバッターがピッチャーの投げた球を打てば、守備側のチーム全員で寄ってたかってその相手の選手を「殺す」動きをする。
 
その間、「攻撃」側のチームの他の選手はベンチに座って見ているだけである。(声援はするが・・・)
 
中には飲料水を飲んでいる選手もいる。
 
そして無事に「我が家(ホーム)」に戻ってきた選手だけをねぎらう。
 
「攻撃」の回が終了し相手の「攻撃」の回になるまで、インターバルの時間がある。
 
昔のプロ野球中継ではそのインターバルの間にテレビのCMが流されたり、トイレに行くという時間の使われ方をした。
 
そのインターバルの時間の長さは50年前とあまり変わっていないように思う。
 
オジサンはプロ野球が年間130試合以上も行い、時には3連戦という試合を行えるのは、毎試合全員が汗をかいているわけではなく、また「攻撃」のときは1人の選手を除いて他の選手は休めるからではないかと思う。
 
もっとも他の選手(野手)に比べて投手は負担は大きく、普通は毎日試合にでることは少ない。
 
やはり、オジサンから見れば「特殊な団体球技」ということになる。
 
試合が終わって、その場で倒れこむような激しい動きをした選手を見たことがない。
 
他の球技では、試合終了と同時に勝者と敗者が決まるが、疲れ果ててグランドに膝まづく選手を見ると敗者の虚脱感と疲労感というものをサポーたちはその場で選手と共有できる。
 
 
昨夜(日曜日)、夜9時からあるテレビ番組を見ようと思ったら、日本シリーズ「中日VSロッテ」の試合をまだ放送していた。
 
まだ回は6回であった。
 
テレビ画面には野球放送が終了次第、次の番組を放映しますというテロップが表示されていた。
 
仕方なく、他のチャネルを見ながら様子をみていたら10時を過ぎても終わらず、またまた延長に入ってしまった。
 
双方決め手がなく、またもや延長かと思われたとき、ようやくロッテが勝利して日本一になった。
 
時間は10時半を大きく過ぎていた。 
 
画面に移し出される映像には親と一緒に応援に来ていた小中学生の姿がいた。
 
明日は授業があるのではと、オジサンは少々心配になった。
 
秋晴れの暖かな昼間にやれば深夜近くに帰宅することはなかったのではと思うと、こんな時間までやるプロ野球は明らかに「大人」向けの球技かもしれない。
 
さまざまな営業政策的な問題から今年の日本シリーズは最初はテレビ中継がなかった。
 
国民的なスポーツといわれた野球も、それは高校野球までで、プロ野球はやはり「枝豆食いながらビール飲む」親父たちの娯楽だったのだろうか。
 
だが、試合を見ていると、昔あったうるさいだけの太鼓やメガホンの応援がなく、各チームの応援歌が聞こえてくる。
 
テレビ画面に映るサポータたちは若い男女が中心で、サッカーのJリーグで定着した応援風景がプロ野球の球場にも現れたことをオジサンは知って、新たに生まれ変わりつつあるプロ野球の姿を垣間見た思いがした。 

posted by 定年オジサン at 12:26| 神奈川 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 野球 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする