2017年05月25日

母の片道キップの入院が始まる

先週、4度目の入院を終えて1か月半ぶりに施設に戻ったオジサンの92歳になる母親について施設の相談員から昨日連絡が入った。
 
施設に戻って元気になった、という話ではないことは覚悟していたが、まさにその通りで、「食事量は大体2〜3割程度で、余り水分も取られていない」、「嘱託医の健診では肺の音が良くない。誤嚥している可能性もある」とのこと。
 
要するに特養という施設では今後医療行為をすることはできないので、医療行為が可能な施設に移って欲しいと、遠まわしの退所勧告のようである。
 
紹介された病院で診察を受けその結果、施設には戻ることが無理なので入院ということになりそうである。
 
初めての病院なので、嘱託医に紹介状を書いてもらい診察予約をとり、施設から病院までの介護タクシーの手配をした。
 
4度目の入院を終えて施設に戻る」の最後で、「施設からの入院は3度目だが、次回、救急搬送されたときには、病院で『看取り』されるかもしれない、とオジサンは覚悟している」とつぶやいたが、今回は救急搬送ではないが、片道キップの病院送りになりそうで、もう再び元気な姿では退院できない思った。
 
今日は、これからオバサンと母の入院セットを持って、母の施設まで行き介護タクシーに母と同乗して病院に行くことになる。

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2017年04月12日

大往生にはまだ早い、4度目の入院の母

昨日は朝の8時にオバサンと家を出て、施設に入居している母を搬送してくれる介護タクシーを隣区の市立病院前で待った。 

9時過ぎに介護タクシーから車椅子のまま降りた母は、相変わらず自分がなぜ、ここに来たのかはわかっていない。
 
施設の嘱託医の紹介状を持って窓口に行き、簡単な問診票に記入し総合診療内科の前で待たされた。
 
予約は10時からの枠というのだが診察室に入ったのは10時半頃。
 
ここから「待ち時間」との戦いが始まった。
 
若い女性の医師は施設の看護師が作成した直近の母のバイタルチェック表を見ながら、微熱状態が断続的に続いていますね、と言いながら、聴診、触診した後、「それではレントゲン撮影とCTスキャン、採血と採尿をいたします」と言って、病院内の誘導路の地図を渡してくれた。
 
オジサンが以前入院したことのある大学付属病院は、かなり古く、外来は1階だが検査室はすべて地下であった。
 
そのため車椅子患者の移動は楽ではなかった。
 
それに比べれば最新の設備を備えたこの市立病院は、同一フロアで全て治療や検査が行われるので移動に関しては問題はない。 
 
レントゲン撮影とCTスキャン撮影は比較的早かったが、採血が大問題であった。
 
一般に採血はいずれかの腕の上腕部を止血して血管を浮かび上がらせそこから注射針を入れるのだが、施設で「かなりの浮腫み」があるとのことで診察を受けることになった母の腕は浮腫が広がり、血管がなかなか浮かんでこない。
 
従って看護師たちは手の甲からの採血を試みたようだが、かなり激しい痛みを訴える母の声が外の待合室にいるオジサンまで聞こえてきた。
 
採血と採尿に40分以上もかかり、看護師が採血した血液の入った容器を数本持って分析室に向かったときは12時半を回っていた。
 
そしてようやく再び医師の診察室に呼ばれたときは14時を過ぎていた。
 
もちろん、その間は何も口にできない状態であった。
 
最初に医師からは血液検査結果を告げられた。
 
アルブミン:1.6」↓・・・下限値3.9以下
CRP:10.52」↑・・・・・・上限値0.30を大幅超
白血球数:102」↑・・・・ 上限値93超
ヘモグロビン:8.9」↓・・ 下限値11.2以下
BNP:98.0」↑・・・・・・上限値18.4大幅超
 
「CRP」や「白血球数」などの数値が異常に高ければ感染症の疑いが強いことはオジサンでも分かった。
 
初めて目にした「アルブミン」とは、「血液の浸透圧調整の役割を担う」機能があり、アルブミン濃度が下限値を大きく下回ると、血管から水分が体内に流出し浮腫の原因となる。

「BNP」とは「脳性ナトリウム利尿ペプチド」と呼ばれ、長時間心臓に負担がかかると主に心室から分泌されるホルモンで、血液中の濃度を調べることで心不全や心肥大など心臓病の有無を確認することができる。 
 
それにより肝疾患や栄養失調やタンパク質摂取不足となり、さらに白血球数とCRPが上限値をかなり上回り明らかな感染症の症状で即入院と決まった。
 
6年前に最初の入院をしてから、「母の退院そして介護へ」と自宅での本格的な介護が始まって4度目の入院となった。
 
「栄養失調やタンパク質摂取不足」の原因としては、最近、ますます嚥下能力が低下し水もまともに飲めず咽つく程なので、食事はトロミ入りの刻み食であるので、摂取量が半減していることが大きい。
 
担当医師はこの説明後、今後の入院治療はCRPの低減のための抗生物質の点滴とアルブミン濃度向上のための栄養補給点滴があります、と言いながら1枚の同意書をオジサンに示した。
 
それは「中心静脈へのカテーテル挿入処置の同意書」であった。
 
採血に数十分もかかるほど抹消静脈からの点滴が困難な場合は、中心静脈と呼ばれる「血液が心臓に戻る直前の静脈および上部の下大静脈」までカテーテルを挿入し点滴を行う処置があるという。
 
しかしその処置には、首の横にある内頚静脈に穿刺することから、合併症発生リスクがあるという。
 
年老いた母の首に針を刺して栄養補給する前に、通常の食事療法での回復を試み、結果が思わしくない場合に改めて相談してほしいと、その場での同意書には署名しなかった。
 
最後に医師は胸部レントゲン写真を見ながら、BNPの数値がかなり高かったにもかかわらず心筋梗塞の恐れもなく心臓は特に問題はないと言うが、CTスキャンされた腹部断面画像を見せながら、肝臓内にある小さな白い点が結石ですと、画像では良く分からないので下図のような絵を描いてくれた。
 
20170412tankankesseki.jpg     
 
実はこの結石は昨年もあったらしいのだが、これ以上大きくならなければ問題ないらしいが、徐々に胆管を塞ぐようになれば再び感染症が発生し、その時の結石の除去は92歳の体にはかなりの負担になるとのこと。
 
3年前にも尿路結石から腎盂腎炎になり入院した母。
 
どうやら体質的に結石ができやすいらしい。
 
看護師からは「92歳にしては顔がきれい」と褒めれても少しもうれしそうな顔をしない母。
 
世界保健機関(WHO)が発表した2016年版の「世界保健統計」によると、日本の女性の平均寿命は87.5歳とか。
 
あくまでも平均なので、もう92歳ではなく平均よりわずか5年ほど上回っている程度かも知れない。
 
今後も、施設から病院(入退院)の繰り返しが続くと思われるが、まだまだ「大往生」までにはかなりの時間がかかるのではないだろうか、とオジサンは思う。

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2017年04月11日

またもや緊急入院か!?

今年の2月に満92歳を特別養護老人施設で迎えた母。
 
女性の平均寿命をはるかに超えている。
 
毎月、施設を訪れるのだが最近はいつもベッドに横たわっている。
 
車椅子に座ることが苦痛らしいと介護士の男性が教えてくれた。
 
自慢の歯があるにもかかわらず、嚥下機能が低下し食事は毎回ミキサー食らしい。
 
満足に栄養も摂取することが難しくかなり体力が無くなり、手足はほとんど骨にかろうじて皮がついているようである。
 
会話も少なくなり長男のオジサンの顔は自分の亡くなっている長兄といつも間違えている。
 
しかし結婚して同居し母と一緒の時間がオジサンより長かったオバサンの顔はしっかりと覚えている。
 
昨年の10月には、「緊急電話『血中濃度低下』母の緊急入院」の中で、「朝食後、朝刊を完読し書斎に戻り今日のブログの検討を開始した頃、母が入居している特養から電話が入った。
生活相談員から『お宅のお母さまが今朝のバイタルチェックで、血中の酸素濃度が90%を割りました』といわれ、とっさに9年前の亡父の最期を思い出した。」と書いて、それから約1週間の入院生活を過ごした母。
 
そして「今後の推移によっては、当分は目を離すことができない状態になった。」とつぶやいた。
 
昨日の昼過ぎにまたもや特養から電話が入り、生活相談員の話では「お母さまの排尿量が300ccほどになっており、かなり体にむくみが生じています。嘱託医が診たところ、腎臓機能が低下している可能性もあり至急総合病院で検査を受けてもらいたいとのことで、先生が紹介状を書き、昨年入院した病院を明日の午前中に予約しました」とのこと。
 
そんなわけで、今日は朝食も抜きで施設から介護タクシーで搬送される母を市立の総合病院前で迎えるために出かけることになった。
 
詳細な検査の結果、またもや入院になる可能性も大きく、はたして施設に無事に戻れるのか、それが最大の心配である。
 
同施設には100歳超の女性も入居しているとのことだが、自分で歩けず、食事もできず、排泄もままならない状態で寝たきりで最期を全うするのか、そんな時期が段々と聞かづいているのでは、とオジサンは思っている。

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2017年04月04日

世界を陰で支配する数式がある

2013年から2019年3月31日までの期間で、祖父母などから教育資金の一括贈与を受けた場合、贈与税が非課税になるという話があった。
 
ところがいざ中身を調べてみると非課税になるための申請手続き等が面倒なことから、利用者の話はあまり聞かなくなった。
 
もっとも「1500万円迄非課税」ということから、それ以上の資産があり、かつ自分たちの老後の心配がない裕福な祖父母ということから、オジサンには全く別世界の話であることが分かった。
 
それでも長期の高額なローンを抱えている娘一家の長女のために少しでも手助けのつもりで孫娘の幼稚園入園(2011年頃)から、毎月「たのしい幼稚園」という月刊雑誌を送ることを始めた。
 
ネット通販会社で年間契約を結べば毎月600円ほどの雑誌が本人名義で送られる仕組みであった。
 
3年間の幼稚園生活が終わり、今度は小学生の雑誌かと思った時に、専用タブレットを使う受講システムがあると孫娘の母親から勧められ、言われるままに契約したら月平均4倍以上の金額になってしまった。
 
しかし、孫娘がタブレッレを使って各種の教科の学習を行うと、その学習結果がオジサンのメールに自動的に送られる仕組みになっていた。
 
そのため毎日、毎晩、いつごろどの程度の学習をしたのかが分かり、それに対して感想メールを送ることができるので、孫娘とのネット上の会話をすることができた。
 
オジサンの感想メールに対しての返事はタブレットにペンで「絵手紙」形式で送られてきた。

4月から4年生になる孫娘は算数に興味を持ってきたようで、単なる加減乗除の計算は面白くないらしく、オジサンにこんな問題を出してきた。
 
「F」にはいったいどんな数字が入るでしょうか?

 5☆4 → 1 ・・・これだけなら「☆」は「−」
 
 6☆3 → 9 ・・・しかし、ここでは「☆」が「+」のようである
 
 7☆2 → 25 ・・・ここまでくると「25=5×5」かな
 
 10☆1 → 81 ・・・すると「81=9×9」らしいので
 
 2☆0 → F ・・・結論として「☆」は「−」でFは(2-0)×=(2-0)で「4」らしい。  
 
少なくとも3年生では考えられないはずだが、どうやら友だちから教わったらしい。
 
それではと、オジサンはもうすぐ4年生になる小学生に、以下の□の中に入る数字を考えなさいと、問題を送った。
 
 1 1 2 □ 5 □ 13・・・・
 
しばらくして、分からないという答えが返ってきた。
 

 
昨日、残り少ない春休みを孫娘は4歳の弟と一緒にオジサンの家に2泊3日の予定でやってきた。
 
早速、先日送った問題を説明するために、御存じのフィボナッチ数と呼ばれる、小学生にはむずかしい数列は理解できないので、具体的な例をあげてみた。 
 
【フィボナッチ数列の各項を一辺部世界のとする正方形】
 
20170316FibonacciBlocks1.jpg
 
20170316FibonacciBlocks.jpg
 
ゆっくりと説明するとかなり興味を持ってきた。
 
そしてもっと驚くことが自然界にあるということでこんな画像も見せた。   
 
ヒマワリの種は螺旋状に並んでおり、螺旋の数を数えていくとフィボナッチ数が現れる。
 
20170316sunflower.jpg 
   
最後に以下の動画を見せると、しばらくは釘付けになって見ていた。
 
【世界を陰で支配する数式 それはフィボナッチ数列】

【Nature by Numbers】


【Fibonacci Sequence in Nature】

 
今後これを機会に数字から数学までに興味を広げれば、来年になったらもっとむずかしい問題を本人が持ってくるのかもしれない、とオジサンは期待している。

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2017年02月19日

初孫? 内孫? 外孫? 孫には差がない

自分の子どもたちが成長し、独立して親元を離れ、めでたく(?)結婚し最初の子どもが生まれた時、両親は祖父母となり「孫」ができたという。
 
子どもが複数いても、最初に生まれた子を祖父母の立場からすれば「初孫」と呼ぶことが多い。
 
子どもが複数の男の子の場合、長男、次男、三男と序列があるが、その子どもたちが年齢順に結婚して子どもが授かるというわけでもない。
 
得てして次男とか三男とかが早く家を出て、独立し子どもを作る場合もある。
 
かりにそうなれば、親から見れば三男の子が「初孫」になるのだろう。
 
これは生まれた順番だけで決まる呼び名かも知れない。
 
それでは、自分の子どもが長女と長男の場合はどうなのか?
 
戦前の戸籍制度からいえば、直系の孫を内孫といい、結婚して他家の姓を名乗った子ども(普通は、娘)の子を外孫といっていた。
 
当時の戸籍では、女性も嫁に行かない限り、結婚しても長男に限らず、次男以下も戸主の戸籍に入っていたから、内孫という概念があった。
 
ネット上ではこんな意見があった。
 
内孫、外孫という考え方は男系的な考え方です。
現在では二通りの意味があるようです。
元々の意味は、嫡男(長男)の嫡男(長男の長男)が内孫です。
自分の跡取り息子の後を継ぐことになる男性の事です。
この場合の外孫は、嫡孫以外の孫のことです。
そこから発展し息子(男性)の子どもをも内孫と言うようになりました。
娘(女性)は他家に嫁いでからの孫を外孫と言います。
そこで、二通りの意味とは
1.嫡孫のこと
2.息子から生まれた孫のこと
現在一般的な会話では、名字が同じ孫が内孫で、名字が違う孫は外孫という認識だと思います。
 
こんなことは「どうでもいいこと」という人も多い。
 
少なくとも大きな家屋や土地があってその相続人の順位があり、できれば自分の息子(長男)に後を継がせ、さらに孫が男なら安泰という、まさに皇室典範に従っているような生活をしてわけでもなければ、どうでもいいかもしれない。
 
オジサンが現在住んでいる家は父親が40年前に地主から直接畑を買い、造成して家を建てた。
 
その頃は仕事の関係で遠地に長期出張中で、半年後に戻って来た時には新築の家は完成していた。
 
暫くして結婚しそこで生まれた長女も長男も独立し、長女は結婚し出産し2009年に新居に入っている。
 
長男は暫くふらついていて、3年前に結婚し昨年には女の子が生まれ2か月後には、オジサンの家の近所の築1年の家を購入している。
 
その子が生まれて明日1年目を迎える。
 
「元々の意味は、嫡男(長男)の嫡男(長男の長男)が内孫です」に従えば、この孫は内孫とは呼ばれないかもしれないが、少なくとも「息子から生まれた孫」なので内孫と言うことにして、これから息子夫婦の招待で内孫の1歳の誕生日を祝う写真撮影会に出かけることにする。        
 
 
 
posted by 定年オジサン at 09:34| 神奈川 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 家族・介護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月24日

緊急電話「血中濃度低下」母の緊急入院

朝食後、朝刊を完読し書斎に戻り今日のブログの検討を開始した頃、母が入居している特養から電話が入った。
 
生活相談員から「お宅のお母さまが今朝のバイタルチェックで、血中の酸素濃度が90%を割りました」といわれ、とっさに9年前の亡父の最期を思い出した。
 
当時の記録には、こう記されていた。
 
【老父の最期】<2007.11.25>
それは先週の日曜日の晩であった。(注:2007年11月18日)
オジサンの29回目の結婚記念日、静かにアルコールに浸りながらテレビのニュースを見ていた。
時計の針は23時を僅かに回っていた。
突然、電話が鳴る。
この時期のこの時間。
なんとなく悪い予感が走る。
電話を取ったオバサンがなにやら話した後でオジサンに代わった。
「○○病院の看護師の△△と申します」
若い女性の声。
「実はお父様の酸素が低くなりましたので・・・・」
なんだか言っていることがよく分からない。
「酸素が低くなったって、どういうことですか?!?」
半分酔っているため詰問調になるオジサン。
「すいません、お父様の血液中の酸素の飽和度が低くなったのです。
 それで現在酸素マスクをつけさせて頂きました」
「主治医の先生は今晩他の病院で当直をやっていましてこちらには来られませんが、
 本日の当直の医師によると肺炎を起しているとのことです」
「できれば家族の方に容態を説明したいと申しております」
早い話が、直ぐに病院に来い、と言うことであった。
老母とオバサンに出掛ける準備をさせて、タクシーを電話で呼ぶ。
10月24日に転院して3週間、いつかはこんな状況がくることは覚悟していた。
病室に入ると体中に様々なコードが撒きついていて、酸素マスクをつけられ激しく呼吸している老父がいる。
まだ目は開いており、時折大きく目が開く。
当直の医師がやってきてなにやら言っているが、内容がよく理解できない。
いまさら何を説明するんだ、という顔つきをしている。
結局、明日当直明けの主治医からオジサンに連絡するということになる。
それから2時間ほど付き添って、特に大きな変化がなさそうなので一先ず帰宅する。
・・・後略・・・

父はそれから2日後に亡くなったのだが、今回は施設の看護師さんが地元の市立病院まで救急車に同乗してくれた。
 
オジサンはオバサンと急いでその病院に向かい、救急センターに入った。
 
付き添ってくれた施設の看護師さんが待機中で、まだ検査中ですと教えてくれた。
 
時計は10時10分であった。
 
血中酸素濃度とは、またの名を「血中酸素飽和度」「SpO2(飽和度Saturation 脈拍pilse 酸素O2)」と呼ばれ、動脈中にどの程度の酸素がヘモグロビンと結び付いているかをパーセンテージ表記したものである。
 
血液中の酸素が濃ければ、細胞への酸素交換の効率も上がり身体パフォーマンスも向上するのだが、逆の場合、細胞への酸素交換の効率が下がり、パフォーマンスが下がるだけならまだしも、最終的には生命の危機に曝されることになる。
 
待合室で待つこと1時間半、ようやく母が横たわっているベッドルームに入った。
 
すでに酸素マスクを付けられた母は息苦しそうに悶えている。
 
酸素飽和濃度を示す計器には数字がディジタルで表示されてお入り、その数字は「88」で、かなり低い数字であった。
 
救命センターの若い医師に母の状態の見立てを聞いた。
 
医師曰く、「CT画像では肺には影が無く、心臓もエコーチェックでも特に異常は見られませんでした。ただし呼吸の音が喘息のようであり、しかしこの年齢の患者では考えられず、気管支炎を起こしている可能性があります。」
 
さらに、「湿度の低下により痰が気道にこびりついていることにより、呼吸が困難となり血中酸素濃度が低下したと考えられます」という。
 
その後、看護師がやってきて薬剤入りの噴霧器を母の口に挿入し、しばらく気道に湿り気を与え続けた。 
 
30分ほど続けると苦しみのため酸素マスクの中でもがいていた母が、高濃度の酸素が肺に送り込まれたため少し静かになり、眠り始めた。

酸素飽和濃度系の数値は「95」になっていた。
 
再び先ほどの医師がやってきて、「酸素マスクは安定するまでつけておく必要があり、肺炎の兆候は今後発生する可能性もありますので、しばらく入院して経過を観察し、肺炎の恐れがでれば抗生物質の点滴をで対処します」というので、承諾した。
 
そして、入院の確認をしてきた医師が戻り、「現在は一般病室は満室で個室となりますがよろしいでしょうか?」と、選択肢がない問いかけをしてきた。
 
もちろん「大部屋が空きましたら直ちにそちらに移らさせて頂きます」というので、お願いをしてベッドのまま、5階の「シャワー・トイレ付」の個室に運ばれた母と一緒に部屋に入った。
 
病棟看護師の説明後、「入院支援・看護師」という腕章をつけた看護師が来て、母の個人情報を細かく聞いて最後に同意書に署名をさせられた。
 
入院に必要な品々を説明され、入院手続き後には、妻は早速パジャマを始めとする日用品を買いに出かけることになった。

すでに外は夕闇が迫ってきた。
 
取りあえず、急性呼吸不全という危険状態は脱したが、今後の推移によっては「肺炎治療」と、高額差額ベッド代という2つの難関が待ち構えており、再び、当分は目を離すことができない状態になった。

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2016年09月26日

特別養護老人施設は終の棲家ではない

2010年に定年退職して認知症の母の面倒を見ながら、介護認定を受けて当時は要介護1と認定され、デイサービスの利用が可能になった。
 
その後、母は圧迫骨折から下肢麻痺状態になり車椅子生活に入る。
 
2012年5月に「『仮設』への入所が決まる」とつぶやいたように、老人保健施設という施設に入所できた。
 
さらに1年半には申請してから3年目にして「特別養護老人施設」に入居することができて、これで最後まで面倒見てくれる「終の棲家」に母を入れることができたとホットしたものだった。
 
しかし安寧の時は短く、1年後には、「早朝の救命救急センター」となり施設から緊急電話で母が救急搬送された病院に駆けつけた。
 
その日は応急処置で再び施設に介護タクシーで母は戻った。
 
ところが翌朝再び緊急電話で呼び出され、「古い尿路結石があり、それにより腎盂腎炎と水腎症を併発し脱水症状となっており入院して抗菌薬の投与が必要」と医師に告げられ、「夜間当直医師の判断ミスで緊急入院」ということになった。
 
2週間の入院後、退院して施設に介護タクシーを呼んで母を送リ届けたのだが、経過観察と称して、2カ月に1回、外来診察を繰り返した。
 
外来といっても本人は自分では移動できないので、介護タクシーに施設まで迎えに行ってもらい、オジサンが病院で母を受け取り、介護費用込のタクシー代を支払う。
 
診察が終了すると再び介護タクシーを病院に呼び、今度はオジサンも一緒に乗り込み、施設に到着し母を降しタクシー代を払い、施設から一番近くの鉄道の駅まで歩き家に帰る。
 
こんなことが半年近く続いた。
 
その後は何とか1年近くは施設側で毎日母の手厚い体調管理をしてもらいなんとか過ごしていたのだが、今年に入り、咀嚼と摂食・嚥下能力が低下してきて、普通食も水分もそのままでは飲食できなくなった。
 
90歳を過ぎれば自分の歯がいくら残っていても思うように使えない状態になることは避けられない。
 
夏頃から、微熱が続くという報告が施設からあり、尿も少々混濁しているという。
 
再び尿管結石ができた可能性もあると言われ、施設の委託医に紹介状を書いてもらい、今日は市立の総合病院に母を診察に連れて行くことになった。
 
施設が手配した介護タクシーが母を病院まで運んでくれるというので、これから出かけて母を病院で受け取ることになる。
 
その診断の結果では再び・・・・ということにならないことを祈っている。
 
特別養護老人施設は医療機関ではないので、入所者に医療行為が必要になった場合、必ず家族の者に連絡が入り、家族がすべて世話をしなければならない。
 
改めて、「終の棲家」に入所したなんて安心してはならぬ、とつくづくと思った次第。

  
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2016年08月13日

オーシャンドリーム号

セレブや引退後のお金持ちが乗るイメージしかない世界一周クルーズ旅行。
 
誰でもが一度は憧れるらしいが、少なくともオジサンは数か月間も海の上で暮らすことなんて想像できない。
 
それでは、後学のためと称して若干調べてみた。
 
世界一周クルーズ費用は船や部屋のランク・クルーズ中の個人的な出費でかなり変動し、いわゆる「ピンキリ」である。
 
日本最大級の豪華客船「飛鳥2」。
 
20160813asuka2.jpg
 
日本で一番有名で豪華客船といえばこの船を一番に思い出す人が多いらしい。
 
「飛鳥2」はバルコニーなしバスタブ付き部屋でおよそ480万円から(2015年の料金)。

100日の世界一周であればおおよそ一泊4万円くらいとなる。
 
夫婦参加なら基本料金だけで2人で1000万円程度かかることになり、ごく普通の年金者には夢のまた夢である。
 
2015年の世界一周クルーズではヴェルサイユ宮殿の一部を貸しきってディナーパーティーを行うなど、普段絶対経験できないような特別な体験を提供してくれる日本一のクルーズ船でもある。
 
ちなみにロイヤルスイートという最上クラスになるとなんと2590万円から。
 
フツーのサラリーマンなら退職金すべてを出してもとても届かない金額である。 
 
先月のある日、家に届いたDMの案内を見ていたオバサンが、突然「世界一周の客船に乗って見たい」とたわごとを言い始めた。
 
よく話の内容を聞くと、「ピースボート『地球一周の船旅』への参加をご検討のみなさまを対象に、船旅の舞台となる客船オーシャンドリーム号の船内見学会を開催いたします。」という案内だった。
 
 
 
船内見学だけならば、とオバサンは気軽に申し込んでしまった。
 
申し込書をよく読むと、冷やかし客排除の目的なのか、個人を特定する身分証を持参と書いてある。
 
おそらく直近のクルーズは「待望の南極航路・南半球をゆく地球一周」らしく、109日間で夫婦で200万円から395万円くらいかかるらしい。
 
「飛鳥2」に乗って世界一周100日間の費用に比べれば安いランクでは5分の1くらいである。
 
それでも、とてもオジサンはその気になれないのだが、遂にその乗船見学会の日がやってきた。
 
取りあえずは、オバサンの機嫌を損なわない程度に付き合うことにして、これから出発することになった。

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2016年07月15日

3歳園児の初めての子守り

オジサンの家から車で約30分程の所に娘家族4人が住んでいる。
 
長女は今年3年生で、かなり母親の手を離れて自分の身の回りのことはできるようになっている。
 
5年後に誕生した長男は今年から姉と同じ幼稚園に入園した。
 
3歳児なので「年少組」と呼ばれている。
 
当然ながら、幼稚園への行きと帰りは保護者が送り迎えすることが前提である。
 
母親が専業主婦の頃は特に問題なく母親が送り迎えしていた。
 
オジサンの娘は大学4年生の時に臨床検査技師の国家試験に合格した。
 
卒業後は某製薬会社で「治験コーディネーター」らしき仕事をしていたらしい。
 
しかし結婚し出産した時には仕事を辞めざるを得なかったらしい。
 
それから約10年。
 
2人目の子が幼稚園に通うようになり、時間的に余裕が出てきた。
 
かつての同僚の紹介で資格を生かせる仕事が見つかり今月から通うようになった。
 
朝は、自転車で園児を送り、帰りは16時半までに自転車で迎えに行く。
 
その時間までに迎えに行けない場合は、有料の延長保育という制度があるらしい。  
 
1時間1000円とかで、まだパート扱いの母親にとっては大きな出費となる。 
 
たまに、小学生の娘と園児の行事等が重なる場合は、うちのオバサンがベビーシッターとして呼ばれていた。
 
園児は親の都合で休ませる家庭が少なくない。
 
しかし園児の都合で親が仕事を休むことは、正規社員ではない母親の収入に影響が出てしまう。
 
先日娘からうちのオバサンに電話があり、「15日の金曜日は幼稚園がお休みなので、園児が家に一人っきりになってしまう」ということで、父親が通勤時に園児をオジサンの家に連れてくることになった。
 
もっとも長女は午後3時過ぎには小学校から帰って来るので、その時には家に大人がいなければならない。
 
ということで、今日は朝から3歳児のお守りをオジサンが担当し、午後からオバサンが昼食を取らせながら家まで送り届けるということになった。
 
7時半には連れてくるということなので、午前中4時間余り、どのように相手をすればいいのか思案中である。 
 
はっきりしているのは、いつものようにブログ作成に集中することは不可能である、ということである。  

posted by 定年オジサン at 07:00| 神奈川 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 家族・介護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月24日

住民エゴVS公共の福祉か、「忍耐と寛容」はいずこに?

週に何回か散歩コースにしている途中にこんな写真の場所がある。
 
20160524_juminego01.jpg
 
自然公園などではなく、一見すると何かの跡地のようである。
 
20160524_juminego02.jpg
 
よく見ると「白線」の跡も見えるが、少し高い所からはこんな感じ。
20160524_juminego03.jpg
 
さらにはこんな屋根も見えてかなり傷んでいる。
  
20160524_juminego04.jpg
 
土地の広さは「19352.66u」とかなり広く、周辺に存在する平均的な戸建て建売住宅なら、200戸以上は建てられる。
 
そして古くなった看板には開発工事期間が「平成21年6月8日〜」とあり、完成時期は消されていた。
 
20160524_juminego05.jpg 
 
この写真の場所には以前は数面のテニスコートとクラブハウスがあったのだが、となりの区の業者によって、有料老人ホームの建設計画が持ち上がり、それに対して周辺の住民による建設反対運動が活発化した。
 
そして当初の建設計画を見直し、再度、住民側と協議を進めたのだが、諸般の事情を考慮したのかは知らないが業者側が建設を断念し、今日に至っている。
  
20160524_juminego06.jpg 
 
6年間余りも塩漬け状態になったわけだが、老人向けのホームがこんな住民エゴ(?)により建設困難な状態は、その後も各地で続いていたようである。
 
4年ほど前には、ネット掲示板に「特養老人ホーム建設を阻止したい」というタイトルで以下のような問題を提起していた。
 
問題点
1.投機目的でないとはいえ、特養老人ホームができる事で、自宅の不動産価値が下がる。(園からの回答:価値が下がることはありえない。)
2.代替の駐車場が現在の徒歩約1分から約15分になる。(園からの回答:受忍限度範囲で問題ない)
3.2階建てしか建設出来ない地域に3階建てを建てることによって日陰になる。(園からの回答:特養老人ホームは工場地域以外では特例で地域の設定を無視して建設できる。日照権も受忍限度範囲で問題ない)
 
この投稿主に対しては様々な意見が掲載されていたが、やはり、この一言に優るものはなかった 
 
貴方もいつかお世話になるかもしれず、公共性の強い(原発とかは別ですが)建物を法的に問題ないのに反対するのはどうかと思う。建設阻止は難しいでしょう。
   
少子高齢化に伴い老人が増え続け、元気で金持ちの老人は子や孫たちから「有効活用」されるかもしれないが、そうではない老人たちは必然的に様々な老人施設の世話になることは避けられない。
 
反対に「少子」と呼ばれる子どもたちは世間から歓迎され優遇されるのかと言えば、どうもそれも難しいらしい。 
 
「日本死ね」という保育所に子どもを入れることができなかった女性のブログが国会で紹介され、一躍脚光を浴びた保育関連問題。
 
国会で話題になりマスメディアも大々的に取り上げたのだが、この問題は既に全国いたるところで発生していた。
 
2年前にネット掲示板にこのような内容が投稿されていた。  
 
<保育園の建設に 反対? 賛成? 地域住民が戦争状態>
 2014/8/2502:20:40 YAHOO JAPN 知恵袋
 保育園の建設に 反対? 賛成?
地域住民が戦争状態!! 少子化対策の是非!!
老年/中年世代 vs 子育て世代 どちらのエゴ?
みなさんのご意見を伺いたいです。双方の世代から幅広いご意見をお待ちしています。
東京都内の保育園の建設計画に、一部の地域住民から大反対が起きています。
写真のような「のぼり」を掲げ、保育園建設は絶対阻止!!を声高に叫んでいます。
 
20160524hoikuenhantai.jpg
 
反対の主な理由は、以下です。
●保育園に接する道路幅が約2mと狭く、通園時や避難時の子供の安全が確立できない。
●通園の自転車が混雑し、交通事故が増える。
●子供の声がうるさい。
●上記の結果、地価が下がる恐れがある。
●計画推進のスピードが速すぎて、十分な説明を受けていない。
場所は東京都の杉並区永福4丁目、いわゆる「都内の閑静な住宅街」
正式な東京都の認可保育園として、各種基準や法令を満たした上で計画が進んでいます。
東京都杉並区は、保育園に入れない待機児童数が多く、テレビや新聞でも割と頻繁にとりあげられています。2013年2月には、幼児を持つお母さん達がデモを敢行して大きくメディアに取り上げられました。
 
【2013/03/01公開・杉並ママたちの怒り受け 保育問題解決を区長が猪瀬知事に直訴」

 
 東京都と杉並区は、行政にしては珍しいスピーディーな対応で、2015年の開園を目指し区内5か所の保育園の開園計画を進めています。
ところが、保育園予定地が接する長さ200m程の道路沿いに家を構える住民(約20戸)は大反対をしています。住民の多くは子育てをはるか昔に終えた老年/中年世代。保育園など利用しません。逆に迷惑と地価下落という明らかなデメリットしかない。たくさんの税金を費やして迷惑施設=保育園を作るなど承知できない。
一方で、子育て世代は手放しの大賛成。最寄り駅から徒歩5分という便利な立地に大きな期待が寄せらていますが、用地は閑静な住宅街のど真ん中。地元住民がこうむる迷惑に気づいているのか、はなはだ疑問が残る。
どちらの言い分にも理がありますし、エゴにも思えます。
みなさんは、どう感じますか??
 
この投稿に対しては7人からの回答があったらしいのだが、下記の回答がベストアンサーに選ばれていた。 
 
50代、子供無し、郊外(工場地帯ですけど、大音を発する工場はなし)に住んでいます。
●保育園に接する道路幅が約2mと狭く、通園時や避難時の子供の安全が確立できない。
 居住者、通園者以外は通行止にする。
●通園の自転車が混雑し、交通事故が増える。
 通園の自転車ってそんなに混雑するんですか?
●子供の声がうるさい。
 静かにしろと言うのは無理でしょ?
●上記の結果、地価が下がる恐れがある。
 地価な高いところに越せばいいんじゃないの?
●計画推進のスピードが速すぎて、十分な説明を受けていない。
 週1で説明させればいいんじゃないの?
 20戸だけの税金を投入するわけじゃないから、このまま建設されるんじゃないですかね?
 
中々シャープな回答なのだが、子育てがはるか昔に終わり、静かに余生を過ごしたいと考える世代の反対は根強いものがあるようで、最近でも保育所の建設計画が住民の反対で断念させられた。
 
<市川の保育所 また断念 近隣理解へ丁寧な説明を>
 2016年5月24日 朝刊 東京新聞
20160524hoikujyokaisetudannen.jpg 千葉県松戸市の社会福祉法人が同県市川市内に4月に開園予定だった保育所の計画を住民の反対で断念した問題で、市内の別の場所での新たな計画も住民の反対で断念していたことが分かった。前回と異なり、市への事業申請前に住民説明会を企画したが、子どもの声や道路の狭さへの懸念が相次ぎ、説明会を開けなかった。事業者は「近隣の反対が強かった」と話し、市によると別の土地を探すという。 (服部利崇、三輪喜人)
 同市の待機児童は今年4月1日現在、514人で、全国ワースト9位だった前年から141人増加。市は「住宅地は難しいと分かっていたが、理解ある地域かもしれず期待した。事業者も早めに対応したが、残念だ」(こども施設計画課)と話している。
 市などによると、今回の計画地は最初の予定地から西へ約2キロの閑静な住宅街。来年春の開園を目指し、ゼロ〜5歳児50〜60人を預かる計画だった。建設予定地は約600平方メートルで、現在は住宅。
 社会福祉法人は今月17日、地元自治会(556世帯)のうち、予定地周辺の約20世帯を訪ね、説明会を21日に開催する案内文を渡した。翌日から市や事業者に対し、「静かな環境を求めて大きな出費をした。保育所は認められない」「前の道は狭く、混雑して危ない」などの抗議が複数寄せられ、計画を見合わせた。
 近所の男性(61)は「手続きがおかしい。あいさつし、それから説明会の日取りだろう。交通トラブル回避に保育士が駆り出されれば、肝心の保育がおろそかになる」などと話した。
◆首都圏 相次ぐ中止や延期
 保育所の確保が課題となる中、住民の反発で建設中止や開園延期に追いこまれる事例が首都圏で相次いでいる。自治体や事業者には近隣住民への丁寧な説明が求められている。
 現在、5つの保育所の開園が予定より遅れている東京都世田谷区。区によると、計画公表時や着工前などの段階で説明会を何度も開く。1年近く話し合いが続くケースも。区が事業者とともに施設の必要性や待機児童の状況を伝え、住民の不安を聞く。子どもの声が気になるなら、二重窓にしたり、窓の場所を変えるなどして対応する。
 区の担当者は「反対の声も区民の意見。住民理解がないと、建設後にトラブルになることもあり、必要な過程だ」と指摘する。
 台東区では、今年四月開園を目指した認可保育所計画で、住民が反発。事業者と区が説明会を開いた結果、防音材の使用や二重窓などの対策で理解が得られ、三カ月遅れで開園の見通しとなった。
 千葉大大学院園芸学研究科の木下勇教授(まちづくり学)は、千葉県市川市の事例について「いきなり説明会ではなく、地域の下調べが必要だった。住民が狭い道を理由に反対しているのなら、安全な通行や歩車共存など地域の課題と結びつけて考える契機にもできた」と指摘。
 「市や事業者は、時間をかけてでも反対の理由一つ一つに耳を傾け、地域の課題として共有し、一緒に解決していく姿勢を見せることで対立が和らいだ可能性もある」と話している。
 
「ゼロ〜5歳児50〜60人を預かる計画」により助かる家庭は、子どもを含めて両親がいれば150人から180人近くにのぼる。
 
それと反対する「予定地周辺の約20世帯」の住民の数の多寡を比較すれば、より大きなメリットを受ける人たちの希望を優先するしかない。
 
最近、息子夫婦が生後3か月の女児を連れて、わが家から歩いて5分足らずの「築1年」という新居に越してきた。
  
いまから5〜6前にはオジサンの家の奥の傾斜地に6棟の建売住宅が売り出され、即完売していた。
 
そこに入ったある若い夫婦が、まさに息子夫婦と同様、乳飲み子を抱いて引っ越しの挨拶になってきたことを思い出す。
 
いまでは、その子らは園児となって朝の8時過ぎになると賑やかな声と共に親らと一緒に幼稚園に通っている。
 
その声が聞こえないと、少々心配してしまう年齢になった。
 
「騒音」と感じるのか、それとも「賑やかな声」と感じるのかは、その人の気の持ち方次第であろうが、「静かな環境を求めて大きな出費をした。保育所は認められない」というのは、あまりにも「先住民エゴ」むき出しの発想であり、どうやら日本から「忍耐と寛容」という言葉が死語になりつつある嫌な予感がする、とオジサンは思う。 

posted by 定年オジサン at 12:05| 神奈川 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 家族・介護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする