2016年10月11日

一部返還は負担軽減ではなく、基地機能強化である

わずか1週間前は全国的に異例の「夏日」になり、時期的にはおでんの季節だが、かき氷が売れたというニュースがあった。
 
ところが今朝は20℃を遥かに下回り10月下旬の陽気だという。
 
室内でもしっかりと長袖のシャツを着ても物足りないほどである。   
 
さて、沖縄県の米軍基地問題に関する本土の多くの人々の関心は、「辺野古新基地建設」であり、最近になって「米軍ヘリパッド」関連ニュースはほとんど伝わらなかった。
 
ツイッターでは現地で建設反対運動を行っている人たちからは、生々しい映像や画像が送られてくるが、在京大手マスメディアには一切取り上げられていないのが現状であろう。
 
先週、米軍北部訓練場に関するニュースが突然のように伝わってきた。
 
<菅氏「年内返還へ交渉」 沖縄、米軍北部訓練場の半分>
 2016年10月9日05時00分 朝日新聞DIGITAL
 菅義偉官房長官は8日、沖縄県を訪問し、同県東(ひがし)村と国頭(くにがみ)村にまたがる米軍北部訓練場(7800ヘクタール)の約半分(4千ヘクタール)の年内返還をめざして米国と交渉する意向を表明した。政府は、返還の条件となる東村高江周辺へのヘリコプター着陸帯(ヘリパッド)の移設工事を年内に終える方針き。その上で、訓練場の返還実現につなげる狙いだ。
 北部訓練場の一部返還は、1996年の日米特別行動委員会(SACO)最終報告に盛り込まれた。ただ、返還の条件となったヘリパッドは2カ所しか完成していない。政府は今年7月の参院選後に残り4カ所の移設工事を再開したが、現地では自然破壊や周辺集落への騒音問題などへの懸念から反対運動が続いている。
 菅氏は8日に沖縄入りし、7月に再開したヘリパッド移設工事の状況を上空から視察した。その後、東村の伊集盛久(いじゅせいきゅう)、国頭村の宮城久和両村長らと会談し、北部訓練場について「年内返還が実現できるように(米政府と)交渉していきたい」と語った。また、地元から要望されていた高江地区への直接交付金には前向きな姿勢を見せ、北部訓練場は返還後に国立公園へ組み入れて整備する考えも示した。
 菅氏は8日夜、翁長雄志(おながたけし)知事とも会談し、北部訓練場の年内返還をめざすことなどを伝えた。
 4千ヘクタールの北部訓練場は沖縄県にある米軍基地・施設の約2割に当たる。米軍普天間飛行場(同県宜野湾市)の移設問題をめぐり県と訴訟が続く中で、訓練場返還を実現させて沖縄の負担軽減への政府の取り組みを訴える狙いもある。
 
この記事を読んだかぎりでは、なぜ20年前に決まっていた「一部返還」が今頃になって菅義偉官房長官が、「年内返還をめざして米国と交渉する意向を表明した」理由は伝わってこない。
 
少なくとも、ヘリパッドが移設される東村と国頭村の2人の村長は反対していないらしい。  
 
その政府側の狙いについては、同紙が解説していた。
  
<辺野古をにらみ、沖縄知事を牽制 北部訓練場「年内返還」>
 2016年10月9日05時00分 朝日新聞DIGITAL
20161011okinawamap_asahi.jpg
・・・前略・・・
 ■政権の狙い
 「できる限り早く返還してほしいと要請があった。政権としてできることはすべてやる」。菅氏は8日、東、国頭両村長や東村の高江区長と会談した際、こう語った。
 政府は、北部訓練場の返還に向けた作業を急ピッチで進める。反対運動に対しては機動隊を投入し、陸路を避けるため、移設工事に使う大型車両を自衛隊のヘリコプターで搬送した。
 背景には、米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古への移設計画に徹底して反対する翁長氏を牽制(けんせい)したいという思いがある。安倍晋三首相は9月の所信表明演説で「本土復帰後、最大の返還だ。もはや先送りは許されない」と強調したが、首相周辺は「移設工事の再開に口を出す翁長知事への抗議の意味を込めて、あえて北部訓練場に触れた」と明かす。
 来年1月に米国のオバマ大統領が任期満了を迎えることも、政権がヘリパッドの移設工事を急ぐ理由の一つだ。首相官邸幹部は「これまで交渉してきた相手が代わらないうちに決着させた方がいい」と語る。
20161011helipad_asahi.jpg  ■揺らぐ足元
 一方、翁長氏は菅氏と那覇市内の知事公舎で会談。終了後、記者団に語った。「(早期返還は)歓迎する。いろんな課題は『それは後日させていただきます』ということで終わらせた」
 翁長氏はヘリパッド移設の進め方を「強権的すぎる」と非難してきたが、計画そのものについては賛否をあいまいにしてきた。自身を支える政党や労組、市民団体、企業などによる「オール沖縄会議」は、「辺野古反対」の一点で集まった組織。他の基地問題については考えが一致しているとは言いがたいからだ。
 加えて、辺野古移設をめぐる9月の無効確認訴訟の高裁判決では、国に「完敗」。ヘリパッド問題で対応を誤れば、自身の求心力が揺らぎかねない。翁長氏を支持する企業関係者は明かす。「ここまで来たら、確実に造られてしまう。いっそ早く完成して、この問題が終わった方が良い」
 ■現場は混乱
 国と県の駆け引きが続く中、ヘリパッド建設現場のある東村高江地区では混乱が深まっている。7月22日に工事が再開されて以来、現場近くでは機動隊と反対派市民の衝突が2カ月以上にわたってほぼ連日繰り返されている。8日も早朝から住民や支援者たち約100人が集まってゲートをふさぐように座り込み、機動隊とにらみ合いが続いた。
 抗議活動をしている沖縄平和運動センターの山城博治議長(64)は「さらに4カ所できれば、集落はヘリパッドに囲まれ、輸送機オスプレイが飛び交うことになる」と訴える。
 菅氏と会談した伊集盛久・東村長は、ヘリパッドの年内完成について「評価する」と述べた。一方、同席した仲嶺久美子高江区長の表情は晴れなかった。「こういう騒々しさから早く脱却したいという声もあれば、ヘリパッドが完成した後の不安もある。反対して頑張っている方々もいらっしゃる。複雑な心境です」
 
1年半ほど前の、右翼作家に「沖縄2紙をつぶさないと」と名指しされた現地メディアではどんな報道をしていたのか確認してみた。
 
2紙では過激といわれた琉球新報は、「北部訓練場の年内返還、菅氏が明言 知事『大変歓迎する』」との見出しで、こう報道していた。
 
翁長知事は「SACO(日米特別行動委員会)合意で重要なのでよろしく」と応じ、会談後に記者団に「大変歓迎しながら承っている」と評価した。従来、翁長知事はヘリパッド建設について「強引な手法は容認し難い」としてきたが、この日の会談では一切触れなかった。
 
そして、もう一方の沖縄タイムスは翁長雄志知事の発言に波紋と戸惑いが出てきたと報道していた。 
 
<沖縄知事の「歓迎」発言が波紋 自民「翁長県政への攻めどころができた」>
 2016年10月10日 09:04 沖縄タイムス
・・・前略・・・
 自民党県連の役員は9日朝、宜野湾市内のホテルで菅氏との朝食会に出席した。菅氏が北部訓練場の年内返還の考えを伝えると、県連幹部の一人は知事が年内返還を歓迎しているとの報道を踏まえ、強調した。
 「知事がヘリパッドを容認したということです
 菅氏は静かにうなずいた。
 県政与党の幹部は知事の対応に「辺野古との矛盾を指摘されかねない」との懸念を抱いている。
 辺野古埋め立てを巡り県が敗訴した「辺野古違法確認訴訟」。県は最高裁への上告理由書で「普天間は辺野古、那覇軍港は浦添、キャンプ瑞慶覧は沖縄市に移るだけで返還ではない。負担軽減はうたい文句」と県内移設を批判した。
 与党幹部は上告理由書に触れ「裁判で県内移設を否定しながら、同じ条件の北部訓練場返還の歓迎は辺野古と高江の対応が食い違うと批判される可能性がある」と指摘した。
 
■「オール沖縄」にくさび
 菅氏と自民県連の会談では、沖縄振興や辺野古など翁長県政と政府の根本的な課題も議論された。
 振興策では政府が基地と振興の「リンク論」を容認したことに、県連側が「基地と振興は影響し合っている」と理解を示した。基地と予算を直接引き換えにする「リンク」ではなく、沖縄戦や戦後の米軍統治など特殊な歴史を背景に国が講じてきた沖縄振興は、米軍基地の存在が「影響」している、との考えだ。県連として辺野古で政府と対立する翁長県政の振興予算の減額までは踏み込まなかったものの「メリハリ」(幹部)をつけるよう要望した。
 辺野古については、菅氏が高裁判決の県敗訴で本土側の世論が知事は判決に従うべきだとの意見が増えつつあるとし、「最高裁が高裁と同じような判断をすれば世論はさらに変わる」との見方も示した。
 さらに、菅氏は翁長政俊県連副会長とも個別に会談し、国政選挙や首長選などで協力していくことを確認。ある幹部は「北部訓練場の歓迎は、翁長知事が辺野古以外の基地問題では譲歩をする可能性を意味する。県連、政府が連携し『オール沖縄』にくさびを打つことで、辺野古問題や選挙を有利に運べる」と解説し、付け加えた。
 「翁長県政への攻めどころができた」
 
翁長雄志県知事を支える政党や労組、市民団体、企業などによる「オール沖縄会議」は、「辺野古反対」の一点で集まった組織であり、沖縄県内のすべての基地反対と主張する組織ではないらしい。
 
そのため、「辺野古」以外の基地問題では、「オール沖縄会議」内にも温度差が存在しているという。
 
従って翁長知事は表だって高江のヘリパッド建設に反対できない立場を取っているというが、はたして事実なのだろうか。
 
一部返還になる「北部訓練場」は日本最大の面積を誇る米海兵隊の訓練場で、その7543ヘクタールのうち、半分以上の3987ヘクタールの返還は、1995年に起きた米兵少女暴行事件を受けて日米が交渉した結果、1996年12月の日米特別行動委員会(SACO)で「沖縄負担軽減策」として合意され最終報告書に盛り込まれた。
 
返還部分に存在する7か所のヘリパッドは、日本政府の責任で残余部分に移設することが条件だった。
 
訓練場内には、すでに22か所のヘリパッドがあり、7か所が返還されても15か所が残り、移設の必要性が明らかにされていなかった。
 
ヘリパッドにはそれぞれ特徴があり、そこでの訓練を米軍は「制限地着陸」と呼んでいるらしい。
 
戦場や災害地域への物資、人員の輸送を担う航空部隊のために、地形や風、形状など制限のある中での訓練を目的にしているという。
 
当然、あらたなペリパッドには、他と違う役割、機能が求められる。
 
沖縄防衛局が実施した環境影響評価に準ずる「自主アセス」では、あらたなヘリパッドは、上陸訓練と連動する形で使用する狙いが明記されている。
 
艦船から海に投下したゴムボートなどで歩兵部隊が上陸し、空からヘリコプターでの支援や逃げ遅れた兵士の救出作戦を展開する訓練に利用するとみられている。
 
さらに、海兵隊の新型輸送機「MVオスプレイ」の高温排気熱に耐えうる構造になっている。
 
これは、「沖縄の負担軽減」を理由に、米軍は姑息にも日本政府の予算で時代に合った新施設を手に入れようとしているということになる。
 
これは、「世界一危険な飛行場」といわれた普天間基地の危険排除のため返還するはずだったのが、いつの間にか辺野古に普天間より大規模で機能が向上した新基地建設を行うという米軍の狙いと同じなのである。
 
したがって翁長知事は辺野古新基地建設反対運動と同様に反対の姿勢を示すべきだった。
 
過去のいきさつはこうなっていた。
 
1999年、地元の宮城茂村長が博物館などを条件に移設受け入れを表明。
 
後を継いだ伊集盛久村長も容認する。
 
歴代知事は「訓練場の過半返還は負担軽減につながる」という考えだった。
 
これは名護市長や現知事が強く反対する「辺野古問題」とは政治状況が大きく異なっていたことになる。
 
2009年2月までに6か所すべての完成を目指したが、2014年7月に2か所がようやく完成後、残る4か所は未着工のままこう着状態が続いてきた。
 
これは6つのヘリパッドが人口140人の東村高江の集落を取り囲むように位置しており、これには住民たちが驚き、1999年10月と2006年の2月にそれぞれヘリパッド建設に反対する決議を全会一致で可決しているからである。
 
2007年7月、ヘリパッド着工と同時に一部住民が「ヘリパッドいらない住民の会」を結成し座りこみ抗議行動を始めたのである。
 
住民の静かな生活環境を破壊するヘリパッド移設とは、「訓練場の過半返還は負担軽減につながる」とは真逆の米軍基地機能強化になっているということを翁長知事は内外に広く宣伝し、反対運動の先頭に立つべきではないか、とオジサンは思う。

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2016年08月16日

頭が良い証明にはならないノーベル科学賞

日本人のノーベル賞受賞者は、物理学賞10人、化学賞7人、医学生理学賞3人、文学賞2人、平和賞1人の計23人になる。
 
その内、佐藤栄作の1974年の平和賞は、2009年4月5日、チェコ共和国の首都プラハのフラチャニ広場にてアメリカ合衆国大統領バラク・オバマが核廃絶へ具体的な目標を示した演説により、同年10月9日にノーベル平和賞を受賞したことと同様、政治的な意味合いが強く、ほとんど価値のないノーベル賞と言えよう。
 
その他の賞では、1994年の文学賞の大江健三郎などは評価が大きく分かれるところだが、物理、化学、医学生理学の分野でのノーベル受賞者に対しては異論の入る余地がないことは誰しもが認めることであろう。
 
日本におけるノーベル賞受賞者に対しては一定のリスペクトがあるのだが、プリンストン大学で政治学の学位を取得し、戦略リスクコンサルタントや講師をしている米国のF. William Engdahlが1か月以上前にNew Eastern Outlookに「頭が良い証明にはならないノーベル科学賞」と題した論文を寄稿していた。
 
ワシントン・ポストの記事によれば、まさに107人の現存ノーベル科学賞受賞者が、それをしてくれた。連中は、愚かにも、グリーンピースに対して、遺伝子組み換え生物(GMO)反対をやめるよう強く要請する書簡に署名したのだ。書簡は、具体的に、グリーンピースに対して開発途上国の幼児のビタミンA欠乏症を“減らせるかも知れない”とされる、遺伝子操作された米の品種いわゆる“ゴールデン・ライス”導入阻止の取り組みをやめるよう要求している。これは、この107人のノーベル科学賞受賞者は、本当は知的ではなかったか、あるいは連中も、モンサント社からの謝礼で、進んで名声を売り渡す御用科学者の集団に過ぎないかの、どちらかであることを実証している。あるいは両方かも知れない。
 
さほど高貴ならぬノーベル賞受賞科学者の書簡にはこうある。“グリーンピースと、その支持者の方々に、作物や食品が、バイオテクノロジーで良くなっているという世界中の農民と消費者の体験を再検討し、権威ある科学機関や規制当局による所見を認めて、反‘GMO’活動全般、とりわけ、ゴールデン・ライス反対をやめるよう強く要請する。”書簡は“グリーンピース、国連、世界中の政府の指導者の方々”に宛てられている。彼らの書簡は、不快きわまる呼びかけで終わっている。“これが‘人類に対する犯罪‘だと我々が思うようになるまでに、世界で一体何人の貧しい人々が死ななければならないのだろう? ” これは重い。しかし、たわごとだ。
 
107人のノーベル科学賞受賞者の訴えには一つの欠陥がある。連中の書簡は、最初から最後まで、科学的なたわごとだ。連中がGMOに関して書いているあらゆることが科学的に、繰り返し、間違いであることが証明されているものだ。GMOベーター・カロチン“ゴールデン・ライス”に関する彼らの中心的主張に焦点を絞ろう。
 
失敗したゴールデン・ライス
アジアやアフリカの貧しい国々における、ビタミンA欠乏症を軽減し、それによって、何百万人もの子どもの命を救うというゴールデン・ライスに関する連中の主張が、どれほどばかげているかを理解いただくのに必要な歴史概略をご説明しよう。
GMO世界は、ロックフェラー財団が作り出したものだ。1985年、ロックフェラー財団が、遺伝子組み換え植物商業化の可能性に対する最初の大規模研究を開始した。当時彼らは、これを“植物の遺伝子組み換えに対する、主要な長期的関与”と表現した。ロックフェラー財団の資金が、遺伝子組み換え作物、“遺伝子革命”を生み出すに至った世界的な科学研究・開発の本質的な触媒となったのだ。
以後の20年間、ロックフェラー非課税財団は、遺伝子工学研究の発展と、世界の食料生産を変えるため、その応用を誘発し、広めるのに、1億ドルを遥かに上回る資金を直接、更に数億ドルを間接的に投入することとなった。明らかに、彼らの戦略的計画の上で、これはきわめて重要な課題だった。特に、この同じロックフェラー財団が、1939年に戦争が起きるまで、長い間、第三帝国ヒトラーの優生学研究に資金を提供しており、戦争になって以来、ばつの悪いことになった。大戦後のニュールンベルク裁判後、ロックフェラーの昵懇な仲間で、当時のアメリカ優生学協会理事長、フレドリック・オズボーンは“今後、優生学の新たな名称は、遺伝学だ。”と宣言した。
  
要するに、この優生学-人間種族の選択は、フィリップ王子が、かつて、実に優雅かつ、冷淡に述べた通り-遺伝子操作の本当の狙いは、世界を食べさせるためではない。懐疑的な方々や、好奇心のある方々には、ロックフェラー財団による、このグロテスクな“科学的”工作の、詳しい情報をもりこんだ説明として、私の著書『マネーハンドラー、ロックフェラーの完全支配 アグリス‐ティカル(食糧・医薬)編』(Saat der Zerstorung)の一読をお勧めする。
 
背理法
1930年代、ロックフェラー財団理事長、物理学者のウォーレン・ウィーヴァーが、財団の新たな生物学プログラムを率いた。科学研究プロジェクトへの資金提供での財団の大番振る舞いで、大恐慌の大変な資金不足の時代に、主要な科学研究者たちが使える資金を提供したという事実だけからも、科学の方向に対して、財団は大変な影響を与えた。1932年から、1957年まで、ロックフェラー財団は、分子生物学という新たな分野を生み出すのを支援する助成金として、9000万ドルもの金額を提供した。分子生物学と、遺伝子に関する付随研究は、文字通り、ロックフェラー財団の産物なのだ。少なくとも1920年代以来、このロックフェラー財団とロックフェラー家は、あらゆる手段による世界の人口減少に熱心に関与してきた。
 
1982年、財団顧問の集団が、作物の品種改良に分子生物学を利用することに資源を注ぎ込むよう経営陣に強く要請した。1984年12月、ロックフェラー財団の理事たちが、分子生物学のテクニックを、世界の人々の大多数の主要な食物である米の品種改良に適用するための資金提供を承認した。107人のノーベル科学賞受賞者によれば、ビタミンA欠乏症(VAD)を軽減するとされている、いわゆるゴールデン・ライスの起源はこれだ。
GMO米の手法は、ルネ・デカルトが“還元主義”と呼んだものと、チャールズ・ダーウィンの方法、つまり、生物は、唯一の目的が遺伝複製である機械で-化学と統計の問題だ、というものに遡る。ロックフェラーの手法は、複雑な生命体も、それから、あらゆる種類の生命体をもたらすことが出来る、基本的構成単位、“基本種子”に還元することができるという信仰の延長だった。ウィーヴァーや、ロックフェラー財団の他の連中にとって、科学的還元主義が、徹底的に論駁されていることなど、ほとんど関心がなかったのだ。生物学的研究における安全性の国際的に著名な専門家フィリップ・リーガル教授はこう述べている。“…ウィーヴァーは、生物や生物の共同体について、ほとんど伝統的知識のない、やがて分子生物学者と呼ばれる人々のネットワークを作り出すのを支援した。彼らは還元主義の理論と、決定論への信仰を共有していた…彼らは助成金と地位をもたらしてくれる楽観的な用語を駆使することを学んだのだ。”
 
研究資金は、ロックフェラー財団が作った新組織、国際稲バイオテクノロジープログラム(IPRB)を通して、世界のいくつかの主要な研究所へと注ぎ込まれた。それから17年、財団は、世界中で遺伝子組み換え米を開発し、広めるため、自分たちの金を1億500万ドルも費やしたのだ。しかも、米の遺伝子組み換えにおける新たな進展を広めるための“訓練と、能力構築”に、1989年には年間更に5400万ドル、次の十年間で、5億4000万ドル以上にのぼる支出をした。彼らが長年暖めてきたプロジェクトは、遺伝子を挿入したベーターカロチンの気味悪いオレンジ色から、ゴールデン・ライスと名づけられた、幼児のビタミンA欠乏症を減らすとされているGMO米品種の開発だった。
世界の米品種の五分の一以上を保有する遺伝子バンクがあるロックフェラー財団が作ったフィリピンに本拠をおく国際稲研究所(IRRI)が、ロックフェラー財団の新たな米の遺伝子革命を広めるための主要な手段となった。IRRIは、あらゆる重要な既知の米品種を、違法に遺伝子バンクとして集めたのだ。1993年、国連の生物の多様性に関する条約で、開発途上国のそのような種子資源を盗むのを取り締まることが合意されている。ところが、アメリカ政府は、原文に、ちょっとした加工をした。国際農業研究協議グループCGIAR(IRRIもその一員)が保有するあらゆる遺伝子資源は、この規則の対象外にするよう要求したのだ。これで、遺伝子バンクが保有する世界の固有食用作物の遺伝資源40%が影響を受けた。これは、つまり、モンサントやシンジェンタなどのアグリビジネス企業は、依然、自由に盗んで、特許登録できることを意味する。
 
グリーン革命の支援者連中によってアジアの米品種という、かけがえのない種子の宝を支配権を得るため、こうした種子が“保護”できるという名目の策謀で、IRRIが利用されてきた。ゴールデン・ライスは、有望さなど、悪いウソと意図的な欺瞞に基づくものであったにもかかわらず、遺伝子工学の有望さの象徴、応援旗、実物宣伝となったのだ。
 
本当の真実
インド人の生物多様性活動家ヴァンダナ・シヴァ博士は、ロックフェラー財団のゴールデン・ライス推進に対する刺激的な批判で言う。“ビタミンAを作り出す遺伝子組み換え米は不十分なのに、ビタミンAの代替源を覆い隠してしまっています。”シヴァ博士は“ビタミンA摂取には、多くの代替物があります。ビタミンAは、レバー、卵黄、鶏、肉、牛乳、バターから得られます。ビタミンAの前駆体、ベーターカロチンは緑色の葉もの野菜、ほうれん草、ニンジン、カボチャ、マンゴーなどからも得られます”と指摘している。
しかも、毎日食べなければならないビタミンA必要量に見合う米の量は途方もないもので、人として、到底食べられたものではない。ある推計では、ビタミンAの必要最小摂取量を取るには、平均的アジア人は料理された米を毎日9キロ食べなければならない。アジアにおける典型的な一日の量、300グラムの米では、一日に必要な量のわずか8%しか得られない。
ロックフェラー財団理事長ゴードン・コンウェイは、2001年のプレス・リリースで、こうした批判に、恥ずかしそうに答えた。“まず、我々はゴールデン・ライスが、ビタミンA欠乏症問題の解決策とは考えていないと申しあげます。そうではなく、果物や野菜や動物性食品や様々な強化食品やビタミン・サプリメントに対する素晴らしい補完になるのです。”彼は更にこう述べた。“ゴールデン・ライスの宣伝は、やり過ぎだというシヴァ博士に私は同意します。”
興味深い、答えられていな疑問は、この新たな取り組みの背後には一体誰がいるのか、約16年間のゴールデン・ライス商品化失敗の後、完璧に信用が傷ついているGMOゴールデン・ライスに、人の命を救う栄養物とされる奇跡として焦点を当てるというのは? ノーベル受賞者の署名者連中の主張は、全くの科学的なウソだ。明らかに良くわかっているはずで、もしそうでなければ、ノーベル賞の賞金を返却すべきである107人のノーベル科学賞受賞者に、このようなとんでもないプロパガンダ・ウソ記事に名前を署名するよう説得する取り組みの背後にある資金は一体何なのだろう?
 
中国化工集団公司によって買収されようとしているシンジェンタによる失敗したゴールデン・ライス計画を復活させようという取り組みなのだろうか? 間もなく、同じことをしようとしている優生学バイエルAGの傘の下に消えようとしているモンサントの取り組みなのだろうか? 答えが何であれ、我々がやがて確実にわかるのは、グリーンピースや国連や世界中の政府に向けた公開書簡への署名は、少なくともノーベル科学賞が、優れた頭脳の持ち主である証明にはならない証拠だ。
 
1901年に始まったノーベル賞は、当初は物理学、化学、医学生理学、文学、平和の5分野だったが、1968年、スウェーデン銀行により経済学賞が加えられた。
 
経済学賞については、賞全体を運営するノーベル財団は「ノーベル賞と同等の価値を持つ」としているが、ノーベルの遺言には触れられていないためノーベル賞としては認められない、という意見もある。

余談だが、日本政府は、消費税増税時期の延長に関して「国際金融経済分析会合」なるものを開催し「ノーベル経済学賞」を受賞したジョセフ・スティグリッツ コロンビア大学教授を招いて、アドバイスを受けていたことがあった。
 
原文の「Nobel Science Prize awardees」は直訳すれば「ノーベル科学賞受賞者」となるが、ノーベル賞には「科学賞」という分野の賞はないので、上記論文の内容からすれば「ノーベル化学賞」とタイトルを読み替えたほうが分かりやすい。 
 
それにしても、大恐慌の大変な資金不足の時代に、ロックフェラー財団は主要な科学研究者たちが使える莫大な資金を提供し、科学の方向に対して、多大な影響を与えたということであり、ノーベル科学賞を受賞した107名の科学者たちが、決して「頭が良くなかった」というわけではないだろう。
 
なにしろ「科学者」たちは自分たちの研究のための自己資金などはない。
 
純粋にある分野で研究に没頭するには、当然ながら資金援助者が必要となる。
 
日本では特定の大企業や政府から補助金をもらっている大学や研究機関などが一般的である。
 
そして彼らの研究成果は人類の発展のため、または世界の平和のために使われなくてはならない。
 
しかし最近の科学者の中には、研究費のためなら、研究成果がどのような分野で使われようが関知しないという輩が多くなっていることも事実である。
 
その典型が遺伝子組み換え技術なのかもしれない。
 
まさに「神の領域」に手を入れたわけであり、その技術の影響は人類の複数世代に渡って影響するかもしれず、誰もそれを確認できないところに大きな問題がある。
 
すでに日本は「遺伝子組み換え輸入大国」になっている。
 
なぜなら日本は大量の遺伝子組み換え作物を主に米大陸から輸入しており、2010年のデータで大豆75%、トウモロコシ80%、ナタネ77%とほとんどが遺伝子組み換えになっており、現在ではもっと比率があがっている。
 
さらに、「遺伝子組換えでない」という表示でも、重量で5%未満の遺伝子組換え作物の混入が許されている。
 
EUの0.9%未満に比べて大幅に高いものとなっており、そのため、日本で遺伝子組み換えでないとして売られている同じ食品がヨーロッパでは遺伝子組み換え食品として売られているケースもあるという。
 
この数年、毎晩夕飯時には「玉葱乗せ冷奴」を食うことにしている。
 
その冷奴の基になる豆腐は、原料が「国産大豆」と表示されたものを買う。
 
確かに単価は高いのだが、「遺伝子組み換えでない」という表示の豆腐は、「国産豆腐」と表示されておりほとんどが輸入大豆を使っているため、明らかなGM製品である。
 
金に目がくらんでGM製品の作成に手を貸した「頭は良いかもしれない」が科学者としての矜持を捨てた連中に少しでも抵抗するために、今後もGM製品は避けたい、とオジサンは思う。  

posted by 定年オジサン at 12:00| 神奈川 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 自然破壊・災害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月26日

どうでもよかった五輪エンブレムが決まったが、災害を政治利用する輩がいる

震度7の激震に襲われた熊本県内の被災者や避難者たちからすれば「こんな時期に何やってんだ!」という気持ちにもなるような発表会が昨日開かれた。
 
もっとも熊本・大分地震の発生前に決めていた行事なので今さら延期もできなかったのは理解できるが、せっかく4つのエンブレム案を国民に提示し、インターネットで11万件のコメントを集めながらも、「五輪エンブレムB案1番人気、D案小差2位 25日最終審査」という巷の声が全く反映されない結果となった。
 
<異例の再選定、透明性を前面に 五輪エンブレム決定 東京の野老さん作品>
 2016年4月26日 朝刊 東京新聞
20160426emblemresult.jpg 2020年東京五輪・パラリンピック組織委員会は25日、新たな大会エンブレムに、江戸時代に市松模様として広まったチェック柄を伝統色の藍色で描いた作品A「組市松紋(くみいちまつもん)」を採用すると発表した。作者は東京都在住のアーティスト、野老(ところ)朝雄さん(46)。旧エンブレムの白紙撤回から7カ月余、大会の「顔」がようやく決まった。
 14599点の応募作品から絞り込んだ最終候補4作品を対象に、この日のエンブレム委員会で最終審査を実施。組織委によると、元プロ野球選手の王貞治さんら有識者21人が記名投票した結果、1回目でAが過半数の13票を獲得した。
 宮田亮平委員長(文化庁長官)は、作品Aに関して「市松模様は世界中で愛されている。寡黙でありながら多弁で、日本人らしさを秘めている」と評価。ほかに朝顔を描いたDは5票、風神・雷神をモチーフにしたCは1票、輪をデザインしたBは1票だった。
 野老さんは、東京都港区であった発表会で「頭が真っ白。とても長い時間をかけて作図し、わが子のような作品」と喜びを語った。賞金100万円や大会開会式入場券の目録を手にした。
 大会エンブレムをめぐっては、昨年7月に発表された佐野研二郎さんの作品に盗用疑惑が広がり、同9月に白紙撤回された。選考過程が「閉鎖的」と批判された反省から、今回は作品を広く公募し、最終決定前に候補作品を公開。国民から4作品への意見も募集していた。
 組織委は商標調査をクリアした作品が少なかったため、4作品のうち1点は一度落選したものを繰り上げたとしていたが、宮田委員長は作品Aは繰り上げたものではないと説明した。
 組織委は、最終候補となった残り3作品の制作者名も発表した。いずれも都内のデザイナーで、Bは久野梢さん、Cは後藤崇亜貴(たかあき)さん(ペンネーム)、Dは藤井智恵さんだった。
◆専門家「力ある」「凡庸」
 白紙撤回された旧エンブレムの選考過程が「閉鎖的だ」と批判された反省から、重視されたのが国民参画と透明性だった。新たなエンブレムが決まった25日の記者会見で、選考にあたったエンブレム委員会の宮田亮平委員長は「公明正大に審査してきた」と強調した。
  最終候補作品4点に対する意見募集では、延べ4万人超がインターネットやはがきで約11万件のコメントを寄せたが、気に入った作品に投票する仕組みではなかった。作品から受ける印象を選択肢の中から選んだり、150字以内で「シンプルでよい」「東京・日本らしさが感じられない」といった意見を記したりするものだった。
 この日の最終審査は冒頭の約30分間をインターネットで公開。この中で大会組織委員会は委員に対し、各作品に寄せられた意見の傾向などの分析内容を説明。最終審査までにファイルにとじられた意見に目を通した委員もいたという。委員の1人、王貞治さんは記者会見で「自分の考えはまとめていたが、こういう意見もあるのかなと勉強になった。しっかり読んだ上で、自分の責任で投票した」と話した。
 ただ、各委員の投票の意思決定に、国民の声がどれだけ影響したかは明らかにされていない。今月8日に最終候補の4作品が公開された後、共同通信などが実施した調査によると、新エンブレムに決まった作品Aは、輪をデザインしたBや朝顔を描いたDよりも人気は低かった。
 今回の結果について、アーティストの京都造形芸術大教授、田名網(たなあみ)敬一さん(79)は「前回の反省を踏まえ、最大公約数の中で選んだためデザインとしては凡庸なものになった」と指摘する。
 今回、自らも応募したグラフィックデザイナー太田徹也さん(74)は「4点の中ではAにマークとしての力があった」と語った上で、「これから4年間、大切に育てていくことが重要。審査に当たった委員がどんな考えで作品を選んだか全員のコメントを出せば、透明性が増すと思う」と提案した。 (北爪三記)
◇エンブレム委員(敬称略)
☆宮田 亮平 文化庁長官
 今中 博之 社会福祉法人理事長
 榎本 了壱 クリエーティブディレクター
 王  貞治 ソフトバンク球団会長
 柏木  博 武蔵野美術大教授
 勝井 三雄 グラフィックデザイナー
 志賀 俊之 日産自動車副会長
 杉山  愛 元プロテニス選手
 田口 亜希 元パラリンピック射撃日本代表
 但木 敬一 弁護士、元検事総長
 田中 里沙 広告専門誌取締役
 中西 元男 デザインコンサルタント
 夏野  剛 慶応大大学院特別招聘(しょうへい)教授
 西崎 芽衣 立命館大4年、元ならはみらい職員
 長谷川祐子 東京芸術大大学院教授
 林 いづみ 弁護士
 フミ・ササダ デザイン会社社長
 松井 冬子 日本画家
 松下  計 東京芸術大教授
 マリ・クリスティーヌ 異文化コミュニケーター
 山本  浩 法政大教授
(注)☆は委員長
 
「公明正大に審査してきた」という21人の有識者は、どこの誰がどのような基準で選んだのか、オジサンは全く知らなかった。
 
一応、メディアは両論併記のスタンスを取るのだが、「東京五輪エンブレム どう思う…デザイン専門家3人に聞く」による専門家の評価は予想通り厳しい。
 
対比が良く、色が氾濫する街中で映えそうだ
 高島直之・武蔵野美術大学教授(美術理論・デザイン史)の話
 決定案は一色に抑えた模様とカラフルな五輪マークの対比が良く、色が氾濫する街中で映えそうだ。一方、市松(チェック)は外国でも広く使われる普遍的な柄のため、日本の伝統と認識してもらえるか、疑問が残る。今回の選考は門戸を広げたにもかかわらず、結果的に専門家の作品が選ばれた。「大山鳴動してネズミ一匹」の感があり、費用対効果を考えれば、力があるプロによる指名コンペの方が合理的だったのではないか。
 
ごく普通のクローズドなコンペだ 
 今回の応募で埼玉県鶴ケ島市の応募作品制作に携わった藤本貴之・東洋大総合情報学部准教授(情報デザイン論)の話
 近年の五輪エンブレムでは商業的に多目的利用できることが重要。大きさや素材が変わっても印象が変わらないことが求められ、A案はその条件を満たしている。応募に関わって思ったのは、今回の公募は決して悪くない、ごく普通のクローズドなコンペだということ。にもかかわらず、大会組織委は「オープンだ」と過剰なアピールをした。国民投票などできるはずもないのに、あたかもできるような期待を持たせ、不信感を招いた。
 
旧エンブレムの方が分かりやすかった 
 スポーツ評論家の谷口源太郎氏の話 
 どういう大会を目指しているのか、最終候補4作品のどれからも感じられなかった。そもそも国内外にどういうメッセージを発する大会にしたいのか、理念がない。作者が悪いのではなく、大会組織委員会側の問題がデザインを制約してしまった。公募して公平に透明に選ぶという体裁を整えただけ。東京大会に関連していることが明確なデザインという点では、旧エンブレムの方が分かりやすかった。
 
やはり、結論から言えば「どうでもいいこと」なのだが、人間は繰り返し目にさらされると自然と慣れて受け入れてしまうものである。
 
もっともこんな指摘もネット上にはあった。

ところで、熊本・大分地震後の連日の地震情報は地方に行っていたので、ローカル放送で断片的なニュースでしか情報は入ってこなかった。
 
特に今回の大地震に対する安倍政権の対応をネットメディアから拾ってみた。
 
「どうやら安倍首相は、被災地を見て回った後『大変な被害だ』『私の決断で激甚災害に指定したい』と、自分が“政治決断”したようにアピールしようと以前から考えていたようなのです。安倍首相は『私の決断で』というフレーズが好きですからね。1週間以上、激甚災害に指定しなかったのは、安倍首相の“見せ場”をつくるためだった疑いがあるのです。総理が本部長に就く『緊急対策本部』も、安倍首相の視察後、立ち上がる可能性があります」(官邸事情通)
 
「安倍首相が地震を政治利用していることは確かでしょう。オスプレイを使った米軍の輸送支援を受け入れたのが典型です。支援物資を被災地に運ぶだけなら、自衛隊の大型輸送ヘリの方が大量に運べます。実際、米軍はほとんど役に立たず、あと数日で支援をやめてしまう。それでも支援してもらったのは、『日米同盟が深化した結果だ』とPRするためだったのは明らかです」(政治学者の五十嵐仁)
 
「安倍首相が被災者のことを考えているなら、まず鹿児島にある川内原発の稼働をストップさせているはずです。熊本の被災者は、いつ川内原発が被災するか不安を募らせているからです。川内原発の稼働が止まったら、安心する被災者は多いでしょう。なのに、安倍首相は被災者の声に耳を傾けようとせず、建設業者を喜ばせるように、税金投入ばかりアピールしている。どうかしています」(政治学者の五十嵐仁)
 
「地震を利用しようとしている安倍首相は、要するに、国民をバカにしているのです。被災地を視察し、政治的な決断を下せばバカな国民は支持すると思っているのでしょう。地震だけじゃない。株価を上げておけば高い支持率をキープできる、野党を悪者にしておけば政権は安泰。この3年間、そうやって政権を維持してきたのが安倍首相です。国民のために政治を行い、その結果、支持されればいいという発想は皆無です。これ以上、国民は安倍首相の手法にダマされてはいけない。庶民にとっていいことはなにもなかったはずです」(政治評論家の本澤二郎)
 
やはり予想通りの安倍晋三首相の地震の政治利用というパフォーマンスが演じられたようである。
 
あたかも、「私の決断で」で決められた激甚災害の指定とは、「激甚災害に対処するための特別の財政援助等に関する法律」によると、対象範囲と内容が以下のように定められている。 
 
国庫補助率(または負担率)の嵩上げや、新たな補助が行われるもの
 ・公共土木施設災害復旧事業費国庫負担法に基づき地方公共団体が施行する公共土木施設災害復旧事業
 ・農林水産業施設災害復旧事業費国庫補助の暫定措置に関する法律(暫定法)に基づき地方公共団体が施行する農地災害復 ・旧事業および農林水産業共同利用施設災害復旧事業
 ・公立社会教育施設(公民館、図書館、体育館など)災害復旧事業
 ・私立学校施設災害復旧事業、感染症予防事業、など
国による特別な貸付が行われたり貸付の優遇が図られるもの
 ・天災による被害農林漁業者等、及び中小企業に対する資金の融通
 ・中小企業信用保険法による災害関係保証
 ・小規模企業者等設備導入資金助成法による貸付金の償還期間
 ・その他、被災者に対して特別の財政援助が必要と考えられる場合
 
要するにこの法律は災害による人的復旧がある程度済んだ以降の「公共工事」と中諸企業者向けの財政援助である。
 
地震発生から10日も経ってから「激甚災害の指定」をしておいて「一日も早い復旧復興活動に弾みがつくように」とぬけぬけと言い放つ安倍政権。
 
まだまだ震度3から5近くの「余震」が続き、その発生確率も専門家は分からないと言っている現状では、多くの住民が残る避難所の衛生環境の改善や仮設住宅の整備、震災がれきの処理など、激甚災害指定の支援対象とならない課題が山積みであり、最優先で取り組む必要がある。

中途半端な政治利用などという姑息なことで北海道5区の補選はかろうじて自公候補が勝ったが、こんなことを繰り返すならば参院選では自公政権は痛い目に遭うことは確実であろう、とオジサンは思う。

posted by 定年オジサン at 12:13| 神奈川 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 自然破壊・災害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月19日

口先では国民の生命が第一だが本音は政権の利害が最優先?

熊本県益城町で震度7の「前震」が発生した翌日に、「西川TPP委員長がパーティー 地震災害のさなか」と批判されていたが、今度は野党第一党の民進党からは「細野豪志グループ【自誓会】が初の政治資金パーティを開催」という事実も明らかになり、どうやら日本の国会議員連中は、法外な税金を貰って政治家をやっていられるのも、国民あっての政治家であるということをすっかり忘れているらしい。
 
ましてや細野豪志は、9月の民進党代表選を見据えた派閥結成のためだというのだから、開いた口がふさがらない気持ちになる。 
 
「前震」〜「本震」〜「余震」というかつて経験したことがなかった熊本大地震なのだが、当然活断層近くに建設されている原発の危険性が高まっているにもかかわらず、「【熊本地震と川内原発】『想定外ない』田中委員長が強調する安全神話」がまたもや頭をもたげてきている。 
 
<近年の大地震で相次ぐ「想定外」 国は「原発安全」>
 2016年4月19日 朝刊 東京新聞
201604194daijisinn.jpg 熊本、大分両県の大地震を受け、原子力規制委員会は18日、臨時会合を開き、稼働中の九州電力川内(せんだい)原発1、2号機(鹿児島県薩摩川内市)や7月下旬に再稼働見通しの四国電力伊方原発3号機(愛媛県伊方町)など周辺の原発の安全性は保たれているとの認識で一致した。ただ、近年の大地震では重要な「想定外」があり、今後もいつどこで想定外の事態が起こるか分からない。 (山川剛史、大野孝志)
 規制委会合では、川内、伊方のほか九電玄海(佐賀県玄海町)、中国電力島根原発(松江市)で観測された最大の揺れのデータが報告された。玄海原発の20.3ガルが最大で、想定する揺れの540ガルより大幅に低かったという。
 石渡明委員(地質学)は主な震源となった断層帯全体が動いても、川内原発の揺れは想定の4分の1程度にとどまると説明。記者会見した田中俊一委員長は「安全上の理由があれば止めなければならないが、今の状況で問題があるとは判断していない」と話した。
 しかし、熊本地震では14日にM6.5の地震があった後にM7.3の本震が発生。小さな地震が誘発されることはあるが、これほどの規模が続くのは想定されていない。
 近年のほかの大地震を振り返ると、1995年1月の阪神大震災は「関西の内陸では大地震は起きない」と根拠のない認識がある中で起きた
 2007年7月の新潟県中越沖地震は、東京電力柏崎刈羽原発を直撃。緊急停止はしたものの、建屋は設計時の想定を超える揺れに襲われた。地割れや変圧器火災が起き、さらには地下の消火配管が壊れ、建屋地下に大量の水が流れ込む事故も起きた。東電が、近くの活断層の規模を小さく見積もっていたのが、想定外の原因だった。
 11年3月の東日本大震災をめぐっては、10メートル超の大津波が東電福島第一原発を襲う可能性が指摘されていたが、東電は対策を講じなかった。最悪レベルの原発事故の主原因となった。地震の影響については建屋内の調査が進んでいない。
 
ところで安倍政権は、政権に対する批判的な言動を「政治的」と恫喝しているのだが、政権による露骨な「政治利用」は許されるのだろうか。 
 
「オスプレイ投入は災害で使えることを示して安全性の懸念を取り除こうとする取り組み。災害の政治利用という批判はあるだろう」と指摘されるオスプレイが熊本県内に救援物資を運んできた。 
 
<熊本地震 オスプレイ物資搬送 「政治利用」の声も>
 毎日新聞 2016年4月19日 03時28分
 熊本地震の被災者支援のため米海兵隊の垂直離着陸輸送機MV22オスプレイが18日、熊本県内で救援物資約20トンを輸送した。国内の災害派遣で同機が使われたのは初めて。防衛省側は災害救援で有効性を示す機会だと考えたが、省内でも「オスプレイを政治的に見せつける作戦」と冷ややかな見方も出ている。
写真特集】南阿蘇村で新たに判明した行方不明者の捜索現場
 米軍普天間飛行場(沖縄県)配備の4機が17日に岩国基地(山口県)に着陸し、うち2機が18日に熊本空港に向かい、水やパン、レトルト食品、簡易トイレなどを積み、熊本県南阿蘇村の白水運動公園に着陸した。待ち受けた陸自隊員がオスプレイから食料などが入った段ボールを運び出し、輸送車で村内3カ所の避難所に向かった。
 熊本空港など各拠点に物資は届いているが、道路の寸断や渋滞で被災者まで渡っていない状況に米軍が加勢した形。オスプレイを巡っては、陸上自衛隊が導入するオスプレイの佐賀空港配備計画の協議や、本土への訓練移転による沖縄の負担軽減など地元との懸案を抱えている。防衛省関係者は「オスプレイ投入は災害で使えることを示して安全性の懸念を取り除こうとする取り組み。災害の政治利用という批判はあるだろう」と指摘する。
 オスプレイは陸上自衛隊の輸送ヘリCH47より航続距離や速度は上回るが、搭載できる空間が狭く容積は半分ほど。比較的軽い生活物資ならばCH47の方が一度で多くの物資を運べる。オスプレイは着陸時に巻き上げる風が強いため、2015年のネパール大地震で住宅の屋根が破損したとの報道もあった。この日は白水運動公園にオスプレイが着陸する前、砂が巻き上がるのを防ぐためか自衛隊車両が散水していた。
 南阿蘇村立長陽中学校の体育館では1日3回の食事が配給されるが、一度の食事はこぶし大のおにぎり1個程度。村内のスーパーやコンビニエンスストアは品薄状態が続く。16日未明の地震で自宅の柱がゆがみ同体育館に避難している農業研修生、丸山慎裕(しんすけ)さん(36)は米軍の支援について「カロリーが少ないためか自宅の後片付けも力が出ない。素直にありがたい」と話した。
 一方、オスプレイの佐賀空港配備に反対している佐賀市の主婦、石丸初美さん(64)は「被災者の方々はおにぎり一つでもありがたいと思う状況。政府は(オスプレイの国内配備のために)どんな状況でも利用するのか」と憤った。配備計画には地権者の佐賀県有明漁協が防衛省の現地調査を拒否している。
 日米は陸海空自衛隊で構成する「統合任務部隊」内に18日、「日米共同調整所」を開設し、日米連携を加速させる。オスプレイは岩国基地を拠点に19日以降も物資輸送を続ける。熊本県沖に停泊する海上自衛隊の大型護衛艦「ひゅうが」で給油する準備もしている。【町田徳丈、蓬田正志、関東晋慈】
 
1年ほど前に「やはりオスプレイは高価な『非行機』である」とのつぶやきの中で、オスプレイの輸送機としてのハードの脆弱さを示す動画を紹介した。
 

 
陸上自衛隊が佐賀空港にオスプレイを配備するという計画がすんなりとはいかず、今回の熊本大地震を利用してオスプレイの機能性と安全性を強調したかったのだろうが、オスプレイは機体の性能より操縦のむずかしさが以前より指摘されており、自衛隊員が自ら操縦して救援物資を運んだのならまだしも、そんな危険なことはできないということで、米軍が運んできた物資を受け取るだけとなった。
 
さて、衆議院TPP特別委員会でTPP交渉経緯の資料を野党から要求され提出した資料が「のり弁資料」と批判されたり、特別委の西川委員長のTPP内部暴露本に対しての批判も重なり、自民党内では今国会でのTPP協定批准は先送りにしようとの動きがあったのだが、なぜか熊本大震災対応よりTPP審議を優先させている。
 
<安倍首相が震災対応よりTPPを優先せよ、と国会審議を強行!「被災者支援」は口だけ、露呈する冷たい対応>
 2016.04.18 リテラ
 4月16日深夜に発生した最大震度6強の地震によって、さらに被害が拡大している熊本大地震。しかし、被災地から窮状を訴える声が次々にあがっている一方で、政府の対策は後手後手にまわっている。
 こうした対応について、本サイトでは16日の記事で、安倍政権の初動対応の遅れを指摘。14日の地震発生後から蒲島郁夫熊本県知事が「激甚災害の早期指定」を求めていたにもかかわらず政府が今なお指定していないことや、自衛隊についても政府は当初、2000人の派遣しか行なわず、16日になってようやく増派を決定したこと、「官邸での地震対応に集中したい」と視察を取りやめながら、実際は週明けTPP審議を最優先していることなどを取り上げた。
 しかし、大手マスコミからそうした当然の批判が上がることはなく、他方でネトウヨたちは「リテラはまたデマ記事書いてんのか」「拒否するわけねえだろ、ほんとクズメディアだな」「災害に乗じて流言蜚語流してるリテラは犯罪組織認定で良いんじゃない?」と同記事を“デマ認定”、「これは訴えてもいいレベル」などと騒ぎ立てている。
 だが、デマを流しているのはもちろん彼らのほうであり、安倍首相の「被災者救助、支援に万全を期す」という言葉が大ウソであることは、本日18日午前の国会で証明された。
 今日、国会では朝から衆議院TPP特別委員会が開催されていたのだが、この委員会は、安倍首相が地震対策よりも優先し、強引に開催したものだったのだ。
 この事実は、まさに同委員会での民進党・緒方林太郎議員らの質問によっても明らかになっている。緒方議員らによれば、民進党は今日午前、いまはTPP審議を行うよりも、安倍首相や河野太郎・防災担当相などの関係大臣による震災への陣頭指揮を優先すべきだ、と主張。今日午前の国会対策委員長会談でも、委員会の延期を申しれたという。
 当然だろう。TPP審議となれば、安倍首相はじめ関係大臣が国会に出席しなければならないのはもちろん、官僚も答弁準備などで追われることになり、そのぶん、震災対応の判断や準備が遅れるのは確実だからだ。
 ところが、自民党はこの民進党の提案をはねつけ、どうしてもTPP審議を行うと強硬に主張。開催を押し切ってしまったという。
「なぜ、この状況で委員会を開かねばならなかったのか」
 緒方議員ら民進党サイドは委員会の質問でまず、安倍首相に対して、このことをぶつけていたが、安倍首相は「委員会(の開催)は議会に任せている」「どのような案件について議論していくかは国会が決めること」と他人事のように語るのみだった。
 しかし、この答弁は大ウソだ。委員会開催は国会が決めたことではなく、安倍首相が決めたことだった。自民党は一旦、民進党からの委員会延期の申し入れを受け入れる姿勢を示していたが、安倍首相がそれをひっくり返し、審議に入ると言い張ったため、自民党も委員会を開く方針に転換したのだという。
 実際、国対委員長会談で、自民党の佐藤勉委員長が「安倍首相からTPPの議論を一歩でも先に進めたいと“強い意向”があった」と明言している。
 ようするに、安倍首相は「救命救助活動に全力を挙げたい」「住環境の改善に努力する」と言っておきながら、野党や自民党からの「いまは災害対策を」という訴えには耳も貸さず、TPP審議を優先させたのだ。
 安倍首相がここまでTPP審議にこだわるのは、参院選でTPPが争点になることを避けるべく、一刻も早く国会での承認を取り付けたいがためだろう。あるいは、まさかとは思うが、この期に及んでも、まだ衆院選とのダブル選挙をあきらめていないのかもしれない。
 いずれにしても、この言動不一致にもあきらかなように、安倍首相は政権の利害しか考えていないことは間違いない。
 事実、今日の国会ではほかにも、被災地の現状を顧みない姿勢が次々と明らかになった。
 そのひとつが、本サイトも指摘していた激甚災害指定の遅れだ。この問題について緒方議員から指摘され、野党側から野次が飛ぶと、安倍首相は都合が悪くなったときのパターンである逆ギレ状態になって、「野次はやめてくださいよ!」と怒鳴り始めた。
 そのうえで「事務的に数字を積み上げていかないと法律的にできない。それをいま一生懸命やっている」と弁解したのだが、激甚災害指定の作業がそんな時間のかかるものでないことは過去の例が示している。
 たとえば、当サイトでも指摘したように、東日本大震災では当時の民主党政権が災害発生翌日に激甚災害指定の閣議決定まで取り付けている。しかも今回は、前述したように熊本県知事が早期指定を求めていたのだ。これは明らかに、安倍官邸がずっと官僚的対応に終始していたことの証明だろう。
 被災地を顧みない言動は、ほかでも見て取れる。たとえば昨日17日、安倍首相は「店頭に今日中に70万食を届ける」と記者団に語ったが、河野防災担当相は同日、〈コンビニ70万食、本日中に搬入完了の見込み。避難所には明日、県の要請に基づく38万食が搬入されます〉とツイートしている。もちろん、食料の物流確保も重要な問題だが、それよりもまず避難所への食料の提供を優先させるか、あるいは同時並行で行うべきだろう。
 そもそも、被害が広範囲に渡り、くわえて原発事故まで起こった東日本大震災と比べれば、避難者がとくに熊本市内に集中している今回の大地震はもっと迅速に救援が行えるはず。それなのにここまで支援物資の不足が問題になっているのは、政府の初動の甘さ、そして対応の遅れが影響していると言っていい。
 しかし、相変わらずメディアは、安倍首相のこうした災害対策の遅れは一向に報道しようとしない。本日国会であきらかになった「災害対策よりTPP優先」という問題も、昼のニュースで伝えたのは、テレビ朝日の『ANNニュース』とTBSの『JNNニュース』のみ。NHK『NHKニュース』やフジテレビ『FNNスピーク』、日本テレビ『NNNストレイトニュース』では、逆に「安倍首相が激甚災害の早期指定を明言」と打ち出して、同時に米軍オスプレイの投入を大宣伝していた。
 被災地支援の動きの鈍さを指摘し、早急な対策を政府に求める。これはメディアの仕事のはずだが、このまま政府の責任は隠されつづけていくのか。もしそうなったら、そのしわ寄せは被災者に向かうということを、忘れてはいけない。
(野尻民夫)
 
今国会でTPP審議が継続になれば当然ながら参院選でTPPが争点になることを避けるべく、こんな指示をしたのだろう。
  
20160419tppyoyatousyuchou.jpg
【東京新聞より】
 
 
それにしても、「店頭に今日中に70万食を届ける」とか〈コンビニ70万食、本日中に搬入完了の見込み。避難所には明日、県の要請に基づく38万食が搬入されます〉とは一体どういうことだったのか。
 
20160419kounitaro.jpg
 
 
熊本県のスーパーなど小売店での食品の品切れが続いていることから、それの解消に向けて各企業の店舗に今日中に70万食を揃えるように要請したという事のようだ。
 
政府広報紙の産経新聞記事「熊本地震 安倍首相『今日中に店頭に70万食を届ける』」からは、いかにも政府が県民のために食料を用意したような書き方になっていているが、各店舗に食料を揃えるのを安倍晋三首相が宣言したというだけの話である。
 
何もかも自分の手柄に、パフォーマンスだけは上手い、それだけの話で被災者のことなど何も見ていない。
 
5年間も福島県民を見捨て、今度は熊本大地震を政治利用して、政権の利害のみを優先するような政権は国民にとって有害物以外の何物でもない、とオジサンは思う。

posted by 定年オジサン at 12:45| 神奈川 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 自然破壊・災害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月17日

人間は自然には敵わない、百聞は一見にしかず

16日未明に起きたマグニチュード(M)7.3の「本震」の後、熊本県阿蘇地方や大分県でもM5を超える大きな地震が発生したことについて、同日午後に会見した気象庁の橋本徹夫・地震予知情報課長は「今までの経験則から外れている」と、専門家らしからぬ表現をした。
 
一昔流行った言葉風に言えば「想定外」の地震だったということだろうか。 
 
活断層の存在自体は広く知られているらしいが、それがどのように「突然」動き出すのかということに関しては人知が及ばないらしい。
 
20160417katudoujyoukyou_asahi.jpg
【朝日新聞DIGITALより】
 
まして今回は聞きなれない「前震」とか「本震」という言葉が登場し、従来の「初期微動」〜「本震」〜「余震」というパターンとはだいぶ様子が異なり、「余震」の方が自身のエネルギーが増しており、回数も半端ではなかった。 
 
20160417jisinkaisuhikaku_asahi.jpg
【朝日新聞DIGITALより】
 
どうやら安倍晋三首相は、被災地現地視察の意欲があったにも関わらず、余震が予想以上となり怖気づいたのか視察は中止したのだが、その時にオジサンはつぶやいた。 

当然ながら、今日の10時からの放映は中止となった。
 
衆院補選前のテレビ出演は明らかに「政治的」パフォーマンスであることはミエミエであった。
 
しかし安倍政権は今回の熊本大地震に際しても、狡猾な企みをしていたらしい。 
 
<安倍官邸が最初の地震の後、熊本県の支援要請を拒否! 菅官房長官は震災を「改憲」に政治利用する発言>
 2016.04.16 リテラ
 「事は一刻を争う」「被災者救助、支援に万全を期す」
 安倍首相は今日4月16日、昼前に開いた非常災害対策本部会議で関係各省を前にこう宣言。菅義偉官房長官も会見で、自衛隊を現在の2千人から2万人に増やすことを決定したと胸を張った。
 これを受けて、ネットではいつものごとく、ネトサポ、ネトウヨによる「さすが安倍首相の対応は迅速」「菅直人首相や民主党政権とは全く違う」などと、称賛の“やらせ”書き込みが拡散している。
 まったく、冗談も休み休み言ってほしい。今回の熊本大地震に対する安倍政権の対応はとてもじゃないが「迅速」と呼べるようなシロモノではない。首相は今頃になって「事は一刻を争う」などと偉そうに言っているが、当初は地元の要請をはねつけ、その結果、被害をさらに拡大させた形跡があるのだ。
 そもそも、14日、1回目の地震が起きた時点で、熊本県では行政機能がマヒしている地域がいくつも出てきており、同県の蒲島郁夫知事は政府に対して、主導的に災害対策に取り組んでもらえるよう「激甚災害の早期指定」を求めていた。ところが、政府はこれを取り合わなかった。
 ちなみに、東日本大震災であれだけ対応の遅れが指摘された菅政権は地震発生の翌日、激甚災害の指定を閣議決定しているが、安倍政権は今日16日昼の時点でもまだ、指定していない。
 自衛隊の増派についても同様だ。知事側は最初から大量派遣を求めていたにもかかわらず、政府は当初、2000人しか出さなかった。そして今日未明、マグニチュード7.3の大地震が起き、被害の大きさを知ってから、ようやく増派を決定したのである。
 「被災者の救出が遅れているのは、1回目の地震で行政機能が麻痺していたところに、2回目の地震が起きて、安否確認や救出が満足に行えていないから。政府が熊本県の求めに応じて、1回目の地震の直後からもっと積極的に動いていたら、もう少しこの混乱を防げたのではないかと思います」(熊本県庁担当記者)
 その後も、安倍政権は不誠実きわまりない対応を続けている。そのひとつが、 安倍首相自身の現地視察見送りだ。安倍首相は、昨日の政府会合で「現場を自らの目で確かめ、被災者の生の声に接し、今後の対策に生かす」と意気込んでいた。ところが、マグニチュード7.3に達する大地震が起きるや、視察を見送ってしまったのである。
 官邸は、現地視察を取りやめた理由を「被害の全容把握や被災者支援に万全を期す必要がある」といっているが、そんな理由は成り立たない。というのも、今日午前、与野党幹部が会って週明けのTPP国会審議を行うと確認しているからだ。政界からも「震災対応に万全を期すならTPP審議だってできないはず。それをやれるくらいなんだから、現地視察はできたはずだ」と疑問視する声が出ている。
「視察取りやめは、マグニチュード7.3の大地震が起きて、安倍首相がさらに大きな地震が起きるかもしれない、と怖じ気づいたからでしょう。安倍さんは東日本大震災、福島第1原発事故のとき、菅直人首相(当時)の対応を手厳しく批判しました。しかし、菅さんのほうがまだ、自分で危険な場所に行っただけマシ。安倍さんは被害対策を地方に丸投げし、首相公邸に籠もりっきりですからね」(全国紙政治部記者)
 安倍首相だけではない。やはり今日現地入りする予定だった石井啓一国交相は九州新幹線の脱線現場などを見て回るはずだったのに取りやめた。
 結局、政府が派遣したのは、災害担当の松本文明内閣府副大臣だけ。しかもこの副大臣、蒲島県知事と面会するなり、「今日中に青空避難所というのは解消してくれ」と切り出し、知事から「避難所が足りなくてみなさんがあそこに出たわけではない。余震が怖くて部屋の中にいられないから出たんだ。現場の気持ちが分かっていない」と怒鳴り返されるという失態を演じてしまった。
「蒲島知事は政府の後手後手の対応に相当、怒っていますからね。怒るのも無理はありません」(前出・熊本県庁担当記者)
 これだけでも信じがたい対応だが、安倍政権は、現地の要望を無視しただけでなく、当初、この地震を政治利用しようとしていたフシがある。
 1回目の地震の翌日夜、菅官房長官が記者会見で、熊本地震を引き合いに出して、憲法の新設項目として非常時の首相権限を強化できる「緊急事態条項」の必要性を主張した。
 記者から「予想もしなかった大きな地震が発生した。早急な緊急事態条項の必要性をお考えか」と水を向けられると、菅長官は「今回のような大規模災害が発生したような緊急時において、国民の安全を守るために、国家、そして国民みずからがどのような役割を果たすべきかを憲法にどのように位置付けていくかということについては、極めて、大切な課題であると思っている」と述べたのだ。
 改めて言うまでもないが、災害時の政府対応は、災害対策基本法が定める首相の「災害緊急事態の布告」でもって主導的に行うことが十分可能で、事実、東日本大震災の被災地に、政府の災害対応についての法改正が必要かどうかをアンケートしたところ、ほとんどの自治体が「必要がない」という回答を寄せている。
 菅官房長官の発言は明らかに「話のすり替え」であり、今回の地震を政治利用しようとしたとしか思えないものだ。
「しかも、このやりとりは、シナリオがあったとしか思えないようなスムースなものだった。おそらく、菅官房長官とべったりの安倍応援団メディアの記者と事前にすり合わせをして、質問させたんでしょうね」(前出・全国紙政治部記者)
 さらに、今日16日午後になって、今度は中谷元防衛相が「米軍の支援受け入れ検討」を表明し、防衛省や自衛隊にも検討を命じたが、これも、露骨な政治利用らしい。
 というのも、この米軍の支援については、今日午前の会見で、菅官房長官が「動員を拡大し、現地で活動することができるようになり始めているので、自衛隊で対応できる」と否定していた。それが、一転、受け入れに動いたのは、安倍首相周辺が強く「受け入れろ」と言ってきたからだという。
「安倍さんの周辺は、世論誘導のチャンスと考えたようです。米軍が救援に協力する映像を流させ、イメージアップし、集団的自衛権行使や米軍基地辺野古移転問題で国民の支持をとりつける。現実には、時間が経った後に、言葉や地理に不案内な米軍がきても、現場が混乱するだけで、自衛隊内部でも反対意見が根強いんですが……」(防衛省担当記者)
 この期に及んでも、頭の中は、国民不在の“謀略政治”。安倍政権にはせめてこういう非常事態の時くらいはくだらないことに頭を使うのはやめて、国民の生命、安全確保だけを考えることを強く望みたい。それこそ、「事は一刻を争う」のだ。
 
「しかも、このやりとりは、シナリオがあったとしか思えないようなスムースなものだった。おそらく、菅官房長官とべったりの安倍応援団メディアの記者と事前にすり合わせをして、質問させたんでしょうね」という見方は、「2016/04/17 【緊急UP】あらかじめ原稿を用意していた菅官房長官の「緊急事態条項は重い課題」発言!会見は八百長芝居か!?ドサクサまぎれの「惨事便乗型全体主義」改憲を許すな!」のなかで官邸の自作自演であると暴かれていた。 
 
さて、「今までの経験則から外れている」今回の地震の広がりを見てみる。
 
20160417hasseibasyo_asahi.jpg
【朝日新聞DIGITALより】
 
そして時系列に被災各地での状況を多くの記者の写真で紹介しておく。
(写真は全て朝日新聞「フォトギャラリー」より)
 
20160417anaairport_asahi.jpg天井が崩落した熊本空港のターミナル=16日午前7時16分、熊本県益城町、西畑志朗撮影 
 
20160417kumamotojyo_asahi.jpg熊本城では石垣が大きく崩れ、国指定重要文化財の東十八間櫓(やぐら)と北十八間櫓が倒壊した=16日午前7時42分、熊本市、朝日新聞社ヘリから、河合真人撮影 
 
20160417jiware_asahi.jpg
地震でアスファルトがひび割れた道路=16日午前、熊本県益城町福富、日吉健吾撮  
 
20160417asofunka_asahi.jpg
小規模な噴火が確認された阿蘇山の火口=16日午前10時30分、朝日新聞社ヘリから、高橋雄大撮影 
 
20160417sousaku_asahi.jpg
行方不明者の捜索に協力する学生たち=16日午後1時57分、熊本県南阿蘇村、長沢幹城撮影 
 
20160417toukaitatemono_asahi.jpg
地震で倒壊した建物周辺を歩く自衛隊員=16日午後3時45分、熊本県南阿蘇村、長沢幹城撮影 
 
2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)を予知することができなかった地震予知連絡会。
 
その後批判を浴び地震予知は困難であるとの観点から、名称の改名も含めて検討されたが、2014年2月17日の会合にて「名称を変えることより、連絡会の研究の中身を充実させる方にエネルギーを費やすべき」、「現在の地震学の実力を示して今後の地震観測活動を行ってゆく」という姿勢を示して現行の「地震予知連絡会」の名称変更を行わないことを決めた経緯がある。
 
しかし実態は地震の観測活動よりも活断層の活動の方が上回り、発生してからの解説しかできず、残念ながら「地震無知連絡会」と改名した方が良いかもしれない。
 
改めて人間は大自然の脅威には敵わないということを肝に銘じて、どんなに研究しても多くの経験を積んでも役に立たないということが明らかになった今、その事実を素直に認め、地球上のあらゆる危険物、とりわけ核施設の塊のような原発は速やかになくすことを本気で考えなければならない、とオジサンは思う。

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2016年04月16日

地震と原発 やっぱり原点に戻ろう

一昨日の晩、熊本地震発生時は地元の居酒屋にいた。
 
9時半過ぎ頃、足元から鈍い音と軽い振動が伝わったが店内の酔客は誰一人感じてはいなかった。
   
しかし帰宅後のニュースを見て予想以上の大災害になっていた。
 
その時点では「死者3名」と報道されていたが、負傷の程度から死者は時間の経過とともに増えていくのが震災の特徴である。  
 
<「熊本地震 死者9人、負傷1000人 余震149回、雨の週末警戒」>
 2016年4月16日 07時01分 東京新聞
20160416masikimatigenba.jpg 熊本県益城町(ましきまち)で最大震度7を観測した地震で、県は15日、建物の倒壊などによるけが人が約1000人に上ったと発表した。うち重傷は53人となっている。死者は9人。震度1以上の余震は15日午後11時現在で149回。14日夜より頻度は減ったものの断続的に続いている。政府の地震調査委員会は活断層の「日奈久(ひなぐ)断層帯」の北側の区間が横ずれして発生した可能性が高いとし、国土地理院も地下の断層が長さ18キロ、幅10キロにわたり60センチずれたとの解析結果を発表した。
 16日は天候が悪化するとみられ、土砂崩れなど2次災害への警戒も必要になる。九州電力などはインフラ復旧を進めた。県によると、一時4万人を超えていた避難住民は15日午後3時現在で、約7300人まで減少した。
 気象庁によると、15日午後4時から3日間に震度6弱以上の余震が発生する可能性は20%、震度5強以上は40%としている。熊本地方は16日午後から雨が予想され、気象庁は土砂災害に注意するよう呼び掛けている。
 死者は、益城町で8人、熊本市で1人。九州他県の人的被害は佐賀でけが人が6人、福岡3人、宮崎2人、大分1人となっている。
 一方、九州電力によると、熊本県内では益城町を中心に一時約16300世帯が停電したが、約2400人態勢で作業にあたり15日午後11時に復旧した。
 断層の長さや幅、ずれが大きいと地震の規模が大きくなるとされる。
◆なお7300人避難
 子どもに覆いかぶさった母は、ただ激震がやむのを待つしかなかった。震度7を記録した人口約34000人の熊本県益城町。真っ暗闇で余震が続く中、住民は手を取り合いながら避難所に向かった。避難者の証言から、災害のすさまじさが明らかになる一方、住民の備えや地域の連携の重要性も浮かび上がった。
 14日午後9時26分、益城町のアパート。突然、何かが衝突したような揺れを感じた中村沙也加さん(25)は子どもを守ろうとしたが、激しい振動に大きく揺さぶられた。
 ようやく収まると、アパートに住む子どもたちの泣き声が一斉に上がった。外に出てみると、鉄筋コンクリート2階建ての建物に大きな亀裂が走っていた。「崩れるぞ」。誰かが言った。中村さんは「怖くて家に入れない」と不安に包まれながら外で一夜を明かした。
 バイクで信号待ちをしていた同町の会社員中村正さん(41)は、立っていられないほどの揺れを感じた。自宅に戻り、家族4人と避難した町役場で役に立ったのは、東日本大震災をきっかけに会社から渡された災害用のブルーシート。敷地内に広げ、周囲の人と腰を下ろし「使うときが来るとは」と驚きをあらわにした。
 町立広安西小に家族と避難する主婦上村奈美さん(39)は、避難セットを自宅の玄関に常備。激しい横揺れで壁が割れ、家具が倒れる中でも、気持ちを落ち着かせながら移動した。
 「レス(返信)不要」「電池大事にね!」「分かる範囲やけど避難所リスト」。被災後の15日未明、看護師の内田愛さん(42)には高校時代の同級生からこんなメールが届いた。「避難所のことまでは頭が回らず、本当にありがたかった」
 夜が深まり、冷え込み始めた町内には、声を掛けたり、携帯電話や懐中電灯の明かりを照らし合ったりして安否確認する住民の姿が見られた。
 
最新のNHK熊本放送局・熊本地震[4月16日 4月16日 11時59分]によると、さらに死者が時間の経過とともに増えていた。 
 
【死者24人に】
おとといから続く1連の地震で熊本県内では、あわせて24人が亡くなりました。
熊本県内の病院や警察によりますと、熊本県内では、おとといから昨夜までに益城町と熊本市であわせて9人の死亡が確認されました。
その後、きょう未明から続く地震の後、15人が亡くなり、
一連の地震でこれまでにあわせて24人が亡くなりました。










 
以下は毎日新聞写真特集から一部を転載した現場の状況写真である。
 
20160416kumamotojisin_01.jpg地震で大きく倒壊した家屋=熊本県益城町で2016年4月15日午前7時14分、津村豊和撮影
 
20160416kumamotojisin_02.jpg
地震で土手が大きく崩れた川=熊本県益城町で2016年4月15日午前7時19分、津村豊和撮影

 
20160416kumamotojisin_03.jpg地震で壊れた倉庫=熊本県益城町で2016年4月15日午前1時26分、山下恭二撮影 
 
20160416kumamotojisin_04.jpg大きな地震で被害があった熊本城=熊本市中央区で2016年4月15日午前8時14分、本社機「希望」から長谷川直亮撮影
 
20160416kumamotojisin_05.jpg地震で石垣や屋根が壊れた熊本城=熊本市中央区で2016年4月15日午前6時47分、本社ヘリから矢頭智剛撮影 
 
20160416kumamotojisin_06.jpg地震で倒壊した家屋=熊本県益城町で2016年4月15日午前10時31分、本社ヘリから幾島健太郎撮影
 
例によって、今回の熊本地震に関しての在京各紙の社説を読み比べてみた。
 
●産経新聞・社説「熊本で震度7 住民の安全確保最優先に
地震から命を守るには、まず建造物の耐震化と防火対策を徹底しなければならないことを、すべての国民が改めて肝に銘じなければならない。
 
●讀賣新聞・社説「熊本地震 強い余震への備えが大切だ
震度7だった益城町付近には、二つの活断層が交差するように走っている。政府の地震調査委員会は、一帯で直下型地震が発生する確率が高いと予測してきた。
 建物やライフラインの耐震性を向上させる対策は十分だったか。避難体制などに問題はなかったのか。今後、検証が欠かせない。
 南海トラフ巨大地震や首都直下地震の発生が懸念されている。関係地域で備えを再点検したい。
 
◆朝日新聞・社説「震度7の熊本地震 大地の警告に耳すまそう
大震災から5年がたち、東北など被災地を除いて、地震への警戒が少しずつゆるみ始めたように思える昨今だ。
 そこに、当時以来の震度7が今度は九州で観測された。
 日本列島に暮らす以上、どこにいても地震と無縁ではいられない。遠方の災難であっても、「明日は我が身」と考えることが何より重要だ。
 
残念ながら以上の3紙は当たり障りのない、「お花畑」的な地震対策を言っているに過ぎない。
 
地震対策はある程度は個人でも可能であり、地域自治体の機敏な対応によって2次災害を最小に食い止めることもできる。
 
しかし地震によって重大な影響を及ぼされる核施設という危険物の影響は自治体レベルでは防げない。
 
◆毎日新聞・社説「熊本地震 活断層が動く恐ろしさ
運転中の川内(せんだい)原発(鹿児島県)と、停止中の玄海原発(佐賀県)に異常はなかったという。新規制基準では、活断層の真上に原発の重要施設を建設することは禁じられている。
 とはいえ、未知の活断層もある。活断層は、日本列島に2000以上走っている。いつ、どこで直下型地震が起きてもおかしくない。
 こういう地震列島の中で原発を維持していくリスクを改めて考えた人も多かっただろう。

 
今回の地震で「ホンダ、三菱電が工場停止=地震でソニーも−熊本」ときちんと対応したにもかかわらず、九州電力は川内原発を停止することなく運転しているが、これに対してはネットで「『なぜ川内原発を止めない?』の声多数『川内原発に免震重要棟はない』『避難計画に含まれている新幹線・高速はズタボロ』」という声が上がるのは当然であろう。
 
<地震と原発 やっぱり原点に戻ろう>
 2016年4月16日 東京新聞
 日本はやはり地震国。九州を襲った「震度7」に再び思い知らされた。福島第一原発事故のそもそもの原因は、地震である。その原点に立ち戻り、原発の安全対策の在り方を再点検するべきだ。
 「今までに経験したことのない揺れだった」と、強い余震が繰り返される中、住民は不安に戦(おのの)く。
 「断層帯全体が動いたにしては規模が小さい」と専門家。さらに大きな地震の恐れがあった、ということなのか。
 あらためて思い知らされた。「いつでも、どこでも、強大な地震は起こりうる」
 今月6日、福岡高裁宮崎支部は、今回の震源地からもさほど遠くない九州電力川内原発の運転差し止めを求める住民の訴えを退けた。
 高裁は、対策上想定される基準地震動(最大の揺れの強さ)を「極めて合理的」と判断した。
 住民側は「国内の原発ではそれを超える揺れが、2005年以降だけで5回観測されている」と観測地の過去の平均値から基準を割り出す手法に異議を唱えていた。
 瓦や石垣が無残に崩れ落ちた熊本城の姿を見ても、同じ判断ができただろうか。
 国会の福島第一原発事故調査委員会は、原因は津波だけでなく「地震による損傷の可能性も否定できない」と指摘。「小手先の対策を集積しても、根本的な問題は解決しない」と結論づけた。
 ところが、電力会社も原子力規制委員会も、地震の揺れを甘く見すぎてはいないだろうか。
 その象徴がくしくも九電だ。
 九電は、川内原発の再稼働がかなうやいなや、事故対策の指揮所になる免震施設の建設をあっさりと引っ込めた。それでも原子炉は止められない。
 原発は無数の機器と複雑な配管の固まりだ。見かけは正常に動いていても、強い震動がどの部位にどんなダメージをもたらすか。その積み重ねがどんな結果につながるか、未解明のままなのだ。
 断層のずれは、想定外の地震を起こす−。熊本地震の教訓だ。
 規制委の審査を終えて次回再稼働候補とされる四国電力伊方原発の近くには、日本最大の断層である中央構造線が走っている。
 今回の被害を教訓に、起こり得る地震の規模や影響をじっくりと検討し直すべきではないか。
 「いつでも、どこでも、強大な地震は起こる」。地震国日本では、これこそ社会通念であり、一般常識だからである。
 
今回の日奈久断層帯は、今後30年以内の地震発生確率が0〜6%と予測されていた。
 
しかしいくら確率が低いからと言って日本国内では「地震は100%発生しない」とは言えない限りは、いつ、どこで地震が発生してもおかしくはなく、また残念ながら今回も事前の地震発生予測はできなかった。 
 
ほとんどの住民は「まさか起きるとは思っていなかった」と驚いていたが、「天災は忘れた頃にやってくる」ことになっている。
 
亡くなった方には心からご冥福をお祈りし、被災された住民の皆さんにはお見舞い申し上げるとともに、この地震は熊本の一部だけではなく、九州全体に広がる可能性が大いにあるのではないだろうか、とオジサンは思う。 


posted by 定年オジサン at 12:22| 神奈川 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 自然破壊・災害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月11日

想定外の大水害ではなかった、鬼怒川決壊

1週間ぶりに朝から太陽が顔を出す、気持ちの良い秋晴れとなった。
 
しかし昨日は茨城県常総市では鬼怒川の氾濫により死者がでる大災害となった。
 
1か月前には鬼怒川温泉にあるホテルで1泊したが、帰りのバスではゲリラ豪雨に襲われバスが一時は立ち往生したという経験がある。
 
暴れ川である「鬼が怒る川」から「鬼怒川」となった、などと分かりやすい言い伝えがあるが、実際は「鬼怒」は明治期以降の当て字であり、「きぬがわ」には、好天時の穏やかで絹・衣の様な流れを表すであろう「絹川」あるいは「衣川」の漢字が当てられて来たという。
 
しかし悪天候になれば、まさに昨日は「鬼が怒る川」となってしまった。
 
鬼怒川決壊、12人不明 記録的豪雨で広域冠水 茨城・常総」  
 
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最新の被害状況は下図のとおり。
  
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<記録的な豪雨、改修予定の堤防襲う 鬼怒川決壊>
 2015年9月11日05時02分 朝日新聞DIGITAL
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 国管理の1級河川・鬼怒川で起きた堤防の決壊は、茨城県常総市に大きな被害をもたらした。気象庁による警戒の呼びかけや、自治体の避難指示は住民にどう伝わったのか。
 茨城県常総市で堤防が決壊する予兆は、鬼怒川を管理する国土交通省も把握していた。上流の栃木県で9日から強い雨が続き、10日午前6時すぎに決壊場所から約5〜25キロ上流の3カ所で、水が堤防を越えてあふれる「越水」が発生。堤防から水が漏れる「漏水」も2カ所であった。
 決壊場所から約10キロ下流の同市水海道本町の観測地点の水位は10日早朝から急上昇。午前7時には5.62メートルと、いつ氾濫(はんらん)してもおかしくない「氾濫危険水位」(5.3メートル)を上回り、午後1時すぎには水位が8メートルを超えた。 国交省は、上流に四つあるダムで東京ドーム70杯分を超える約9千万立方メートルをため、水量を抑えようとした。職員がパトロールしようとしたが、増水で昼前には堤防に近づけない状態になり、午後0時50分に決壊したという。
 国交省によると、堤防は高さ3〜4メートル、底辺の幅約30メートルで、建設時期は不明。一般的に堤防の決壊は、「越水」による堤防の浸食や、水が堤防にしみこむことで起きる。国交省幹部は「あまりにも水量が多く堤防が耐えきれなかった」と話す。
 東大の高橋裕名誉教授(河川工学)は「日本の堤防は、基本的に土の構造物。越水が30分も続けば堤防の土が削られ、通常は決壊する」と指摘する。応急措置として、堤防に土嚢を積む方法もあるが、今回は川に近づけず防ぎようがなかったとみる。
 当初は20メートルだった決壊の幅は、午後5時時点で140メートルに広がった。国交省は近くポンプ車15台を派遣し、浸水地域の排水に取りかかる。
 国交省によると、現場付近の鬼怒川は河川法に基づく計画で、「10年に1度の大雨に耐えるため」(同省)、堤防のかさ上げや拡幅工事をする予定だった。だが、工事は20キロ下流の利根川との合流地点から上流に向かって順番に進めているため、現場付近では昨年度から用地買収を始めたばかりだった。改修が必要な堤防のうち整備が終わったのは44%にとどまっているという。
 川の堤防は年に2回、職員が安全性を確認する。現場付近では8月28日に点検したが、異常はなかったという。
■避難指示遅れた地区も
 今回の豪雨で、気象庁は栃木県に10日午前0時20分、茨城県に午前7時45分に大雨の特別警報を発令した。
 特別警報は、数十年に一度の大雨が降った時などに出され、13年に新設された。大雨・台風では6回目。48時間降水量などを基準に発令する。茨城県では発令基準を満たしていなかったが、気象庁は栃木県の状況などから積極的に出したという。
 特別警報が発令されると、都道府県は市町村に、市町村は住民に危険を伝える義務がある。また、特別警報などをもとに、市町村は独自に判断して避難指示を住民に発令する。
 鬼怒川の堤防が決壊した茨城県常総市は、県内への特別警報に先立つ午前2時20分、決壊地点のすぐ上流の若宮戸地区に避難指示を出した。堤防がなく国が大型の土嚢を積んでいる場所で、国土交通省から未明に「水があふれそうだ」との連絡を受けての対応だった。防災無線や消防車両で避難を呼びかけたという。
 この地区から避難した農業、谷中保さん(61)は「防災無線が何回も鳴り、これは危ないと思った。避難所の場所も教えてくれ、ことの重大性が伝わった」と振り返る。
 一方、決壊した下流の三坂町地区への避難指示は午前10時半だった。市によると、上流で水があふれたことへの対応に手間取り、避難指示の発令がこの時刻まで遅れ、避難勧告や避難準備情報も出していなかったという。堤防が決壊したのは約2時間半後だった。市の担当者は「堤防があり、まさかここが切れるとは思わなかった。決壊は急で、かなり住民が残っていたと思われる」と話す。
 決壊地点の東約100メートルに住む会社員中山吉広さん(40)は午前10時半ごろ、防災無線で避難指示を聞いた。「荷物をまとめていたが時間が足りなかった。特別警報が出たときに避難指示を出してくれれば」。堤防の北東約300メートルに住む無職秋葉政則さん(80)は「当時は小降りで浸水もなく、まさか決壊するとは思ってもみなかった。危険が迫っているならもっと呼びかけてほしい」と訴えた。
■情報を得て早めに行動を
 静岡大学防災総合センターの牛山素行教授(災害情報学) 特別警報はすでに災害が起きたか、起きつつあるという防災気象情報で、そこまでに何もしていなければ手遅れになる情報だと考えるべきだ。今回、気象庁は大雨特別警報を出して注意を呼びかけ、決壊した鬼怒川では氾濫(はんらん)発生情報も出ていた。どこで堤防が切れるかは分からないが、川の近くは危険な状況だったといえる。ただ、洪水につながるような河川の水位の情報が公表されていることを知らない住民も多い。住民にどこまで情報が伝わっていたか現段階では分からないが、自治体が出す避難勧告や避難指示に加え、自分がどういう水害の危険性がある場所に住んでいるのか、洪水ハザードマップで確認し、その上で水位情報などを得て、早めの避難行動に移れるようにしておくことが、被害軽減につながる。
 
9日の夕方からはオバサンのスマフォにひっきりなしに緊急災害情報がはいり、住んでいる市内全域には避難勧告が出ていた。 

近くに氾濫するような河川がなく、土砂災害の危険性もない地域住民からすればありがた迷惑な情報であった。
 
しかしオジサンのガラ携には全く連絡がなかった。
 
茨城県常総市の避難した住民の中には避難場所が周囲に氾濫した泥水に囲まれ孤立した箇所もあったという。
 
「自分がどういう水害の危険性がある場所に住んでいるのか、洪水ハザードマップで確認し、その上で水位情報などを得て、早めの避難行動に移れるようにしておくこと」が大切なのは理解できるが、1年前の広島県の安佐地区の土砂災害なども、当時同じようなことを専門家は言っていたが、遠く離れた場所の災害は所詮は他人事であり、なかなか我が身に置き換えることが難しいようである。
 
「天才と凡才は紙一重」は人間の場合だが、自然の場合は「天災と人災は紙一重」となる。
 
今回の鬼怒川の氾濫の原因の一部には「人災」らしき原因があったという。
 
<鬼怒川の氾濫、ソーラーパネル設置で丘が削り取られていた場所からも>
 投稿日: 2015年09月10日 19時53分 JST The Huffington Post
 茨城県常総市で9月10日、鬼怒川沿いの堤防沿いの複数の地点から水が氾濫したが、そのうちの1つである若宮戸(わかみやど)付近あたりではもともと堤防がなく、太陽光発電所の建設の際に、堤防の役割を果たしていた丘も削り取られていたことがわかった。
日テレNEWSによると、大型の土のうを積んで対応していたが、そこから水があふれたという。
国土交通省はこの日、若宮戸地区で、鬼怒川の水があふれる「越水」が確認されたと発表。この場所付近に堤防がないことは、2014年6月の常総市議会でも指摘されていた。
20150911kinugawaessuititai.jpg

 さらに、この場所には通称「十一面山」という丘があり堤防の役割を果たしていたとされるが、この丘も民間業者のソーラーパネルの設置により、市に無断で削りとられていた。2014年6月3日、同市の担当者は市会議で次のように発言している。

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御指摘の若宮戸地先におきましては、ことし3月下旬に若宮戸地区の住民の方より丘陵部の一部が掘削されているとの通報があり、現地を直ちに確認し、鬼怒川を管理している国土交通省関東地方整備局下館河川事務所へ報告したところでございます。
当該地区は民有地であったため、民間事業者の太陽光発電事業により丘陵部が延長約150メートル、高さ2メートル程度掘削されたものでありました。
今年度の出水対策といたしまして、下館河川事務所で検討をしていただいた結果、太陽光発電事業者の土地を借りて丘陵が崩された付近に掘削前と同程度の高さまで大型土のうを設置することとし、現在常総市とともに交渉を進めている状況であります。また、今後は下館河川事務所において築堤の事業化に向けて検討していると聞いております。
(常総市議会議事録「平成26年5月定例会議(第2回会議)」より 2014年6月2日)
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 Google Earthでは、2014年3月22日の時点で、この位置にソーラーパネルがあるのが確認できる。

20150911googleEarth.jpg
 
2013年12月1日の時点では、この位置には丘が残っていたことも確認できる。
 
20150911googleEarth2.jpg
 
 その後、2014年12月3日の同市議会では、市の担当者から、この場所に堤防をつくる動きがあることが報告されていたが、民有地であることから土地の買収についての懸念も出ていた。
常総市議会議員の金子てるひさ氏は9月10日午前4時ごろ、この場所の水位が高くなっていることについて触れ、Twitterで避難を呼びかけていた。


 
経営管理手法としてのリスクマネジメントには、リスクの種類「回避、低減、共有、保有」に応じて対応策が立てられるが、自然災害においては、各種の危険による不測の損害を最小の費用で効果的に処理することが難しく、人命第一の立場をとれば費用は限りなく増大する。
 
鬼怒川の堤防も被害が「想定外」と逃れることを回避するには「スーパー堤防」という途方もない計画も上がってくる。
  
やはり現実的な対応では、大災害が発生し逃げ遅れた人々を素早く救助するということがつくづく大切であると、昨日の自衛隊のヘリコプターでの救助場面を見てつくづく感じた。(毎日新聞社提供) 
 
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このような活動が「国民の生命と財産を守る」自衛隊の本来の姿であり、国民の命を守らずに米軍の下請けで他国に派兵され、無意味な人殺しをする機会を自衛隊員に与えてはならない。
 
東日本大震災から今日で4年半となる。
 
10日の警察庁発表によると、死者15,893人、行方不明者は2,572人に上り、復興庁によると8月13日現在、全国で198,513人が避難生活を送っているという。
 
さらに原発震災での県外避難者数は12万人に上り、今回の水害でまさに非常事態といってもおかしくない状態なのだが、本当に国民の生命と財産を守るのなら、国民世論から遊離した戦争法案の強行採決などは一旦矛を収めて、被災地の復旧・復興に全力を尽くすのが徳目のある政治家というものではないだろうか、とオジサンは思う。
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2015年05月31日

国会の茶番・空転で地の底からマグマが怒る

衆院特別委員会で長時間答弁中に野党からヤジられて「議論の妨害はぜひやめていただきたい。学校で習いませんでしたか?」と高圧的な態度に出ていた安倍晋三首相は、実は本人も学校では何も習っていなかったことを証明してしまったヤジ騒動。
 
またヤジで陳謝…安倍首相には『懲罰動議が相当』と森田実氏」の記事中で、政治評論家の森田実はこう指摘していた。
 
 民主党は安倍首相に対し、『懲罰動議』を出すべきです。吉田茂首相の『バカヤロー解散』のきっかけになったのは、1953年の予算委での『バカヤロー』発言でした。吉田首相が答弁席から帰りがけに吐き捨てた言葉に野党が激怒、議会軽視の表れとして懲罰動議を出した。その結果、可決し、吉田首相の不信任案も可決、解散となったのです。懲罰動議は安倍首相のイメージダウンになるでしょう。いまのだらしない自民党では造反者は出ないでしょうが、採決を記名投票でやれば誰が安倍首相を擁護するのか一目瞭然になる。民主党はここまでナメられていいのか。懲罰動議を出すべきです
 
懲罰動議よりも総理大臣としての適格性が疑わしい人間には「議員辞職勧告」が最適かもしれない。
 
そして、政府が提出した「戦争法案」の責任者として特別委員会の政府側に座っている岸田文雄外相は6つもでっち上げられた「事態」の説明もできずに「ついに国会空転 岸田外相のデタラメ答弁が“戦争法案”を潰す」という結果になればいいのだが、この記事中で立正大名誉教授・金子勝はこう語る。
 
そもそも、国防に関する11もの法案を十把一からげにして一括審議することが無謀なのです。各法案の定義する『存立危機』『武力攻撃切迫』『重要影響』など複数の『事態』を閣僚はおろか、官僚すら整理しきれていない印象です。だから、それぞれの事態への政府答弁がアヤフヤとなり、紛糾させる事態を招いている。安倍首相が米国に約束した手前、重要法案を“エイヤ″と夏までに仕上げること自体にムリがあるのです
 
かつて党内に総裁候補を擁する派閥が複数あった頃の自民党政権時代は、強い野党の存在もあったが重要法案の審議の場合は「1法案1国会」が暗黙の原則であった。
 
それが「1強多弱」とか「総裁選対立候補ナシ」状態のいまの安倍政権は、対米公約すれば日本の国会や国民を無視してでも法案を数に任せて成立できると高を括っている。
 
そのような状態を、今朝のTBSサンデープロジェクトに出演していた政治学者の姜尚中は「消化試合」と言っていた。 

 
こんな状態では国会に「激震」が発生することは当分なさそうである。
 
激震と言えば、IOC(国際オリンピック委員会)に見習って、サッカーW杯をビジネスとしてカネまみれになったFIFAでは激震がつづいている。
 
<FIFA激震:/上 商業権転売価格、自在に 購入額+賄賂+利益 南米会長「私も、もうけないと」>
 毎日新聞 2015年05月31日 東京朝刊
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 「スポーツマンシップの表現の場であるべきサッカー大会が、幹部らのポケットを1億1000万ドル(132億円)の賄賂で満たす場として利用された。大会の商業権(広告権や放映権)の3分の1にも達する額だ」。幹部ら14人が起訴された国際サッカー連盟(FIFA)の汚職事件で捜査の指揮を執るリンチ米司法長官が非難した。
 司法省の起訴状によると、2015年から23年までの南米選手権「コパ・アメリカ」4大会について、スポーツマーケティング会社「ダチザ社」(本社ウルグアイ)が、主催者の南米サッカー連盟などに払った商業権料は3億5250万ドル。さらに1億1000万ドルの賄賂を払ってもうまみはあるのか。
 ニューヨークに本社を置くマーケティング会社の幹部が口を開いた。「賄賂を渡しても、商業権を転売する際に損をしない値段を設定することは可能だ」
 米国の場合、マーケティング会社は大会主催のスポーツ団体から広告権や放映権を購入し、手数料を上乗せして、広告を出したい企業や試合を放映したいテレビ局に売る。手数料の目安は15%。だが、商業権を一括で買い取るダチザ社の場合、会計は不明朗になりがちで、主催者側が手数料に制限をつけなければ、売値は思うがままだった。
 マーケティング会社の幹部は「例えば……」と続けた。「仮にスポーツ団体から2000万ドルで商業権を買い、5000万ドルの賄賂を渡しても権利を1億ドルで売ればもうけがでる」
 サッカーは最も金になる競技だ。コパ・アメリカの場合、「トラフィックグループ」(本社ブラジル)が主催者の南米サッカー連盟と契約を結び、1987-2011年まで商業権を独占。最初の3大会は、大会ごとの契約料は170万ドル。ト社は購入した放映権をテレビ局に転売し、成長していった。
 起訴状によると、そこに目をつけたのが、当時の連盟会長のレオス被告(86)だった。91年1月、契約延長を望むト社の代表に対し、「君は連盟から得た商業権でもうけるのだから、私ももうけないと不公平だ」という趣旨を伝えて、賄賂を強要。ト社は数十万ドルを払った。商業権がもたらす利益は劇的に増加し、11年大会の契約額は2200万ドル、レオス被告への賄賂も数百万ドルになった。
 16年の特別大会は米国でのサッカー人気の高まりを受けたもので、南米10カ国に加え、米国など6カ国が参加する。巨大化したサッカービジネスの利益をト社とレオス被告が独占することは困難となった。
 ト社は13年、「フルプレーグループ」「トルネオス社」(いずれも本社アルゼンチン)と合弁してダチザ社を設立。1大会ごとの賄賂は2000万ドルとし、その分配先も決めた。南米サッカー連盟の会長と、ブラジル、アルゼンチンの連盟会長の計3人が300万ドルずつ▽他の加盟国の連盟会長が150万ドルずつ。利権の構図が完成した。
 賄賂総額1億1000万ドルのうち、4000万ドルは既に支払われた。昨年5月、ダチザ社の幹部らが賄賂について議論していた際、一人がつぶやいたという。「みんな痛い目に遭うかもしれないな。刑務所に入る可能性だってある」。その予感は約1年後に的中することになった。【ニューヨーク田中義郎、草野和彦、サンパウロ朴鐘珠】
 
それにしてもFIFA幹部ら14人がどのようにして起訴されたのか。 
  
米国の捜査当局にとっては司法取引は日常茶飯事である。
 
日本でも放映されていた米国の刑事ドラマ「LAW&ORDER」では、容疑者が取調室に弁護士と一緒に入ると、担当検事が最初から司法取引を始め「認めれば8年、さもなければ25年」とか「共犯者の名前を言えば10年減刑」などと大陪審前に決めてしまう。 
 
米紙ニューヨーク・デーリーニューズによると、米捜査当局は元幹部からの情報などを基に少なくとも4年前から捜査に着手しており、2011年に米連邦捜査局(FBI)と税務当局の担当者2人が、FIFA元理事で北中米カリブ海サッカー連盟事務局長も務めたチャック・ブレイザー氏(70)を訪ね、同氏が10年以上も脱税していると指摘し、「手錠をかけられるか、それとも捜査に協力するか」と、脱税での検挙かFIFA事件での情報提供かの二者択一を迫ったことにより、FIFA幹部の「患部」が明るみに出たらしい。 
 
少なくとも日本の捜査当局には出来そうもない芸当である。 
 
今後、FIFA幹部らの疑惑がどこまで明らかになるのか、その透明度がFIFAの信用回復の鍵を握っていると言えよう。
 
人間の不正によってその組織に激震が走ろうが、それは人間の手で解決することは可能である。
 
しかし自然の力による激震はそううまくは行かない。 
 
オジサンの携帯電話の「緊急地震速報」はこの数年間、鳴らなかった。
 
説明によると「震源地に近い地域では強い揺れに間に合わないことがあります」と書いてある。
 
それが久しぶりに鳴ったのが5月25日の埼玉県で「震度5弱」の時だった。
 
昨晩の8時過ぎ、いつもの遅い夕飯の最中に、いつもとは少々異なる横揺れを感じたが、携帯の緊急地震速報は鳴らなかった。 
<小笠原沖M8.5 遠い場所も揺れ 「異常震域」>
 毎日新聞 2015年05月31日 東京朝刊
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 小笠原沖で30日に発生したマグニチュード(M)8・5の巨大地震。2011年3月の東日本大震災(M9・0)以降、最大規模となる地震は、東京?青森の距離にも匹敵する深さ590キロという極めて深い場所で起きた。
 深さ100-200キロ以上の場所で起きる地震は「深発(しんぱつ)地震」と呼ばれる。防災科学技術研究所の岡田義光理事長は「地球内で地震が起こり得る場所としては最深部に近い」と指摘する。最近の国内の深発地震では、2000年に小笠原近海でM7・2の地震が深さ445キロで起きた。
 今回の震源付近は、太平洋プレート(岩板)が伊豆・小笠原海溝から急角度で地下に潜り込む。地震は深く潜り込んだ太平洋プレート内の岩が何らかの原因で壊れたことで起きたと考えられる。平田直(なおし)・東京大地震研究所教授は「これだけ大規模の深発地震は世界的に見ても例がない」と話す。
 深発地震が少ない理由の一つは、地球の深いところほど圧力が高く、岩が動きにくいことがある。さらに深い場所は温度が高く、岩が比較的軟らかくなり、たとえ動いても大きな揺れを伴う破壊現象が起きにくい。例外が、周囲より温度が低く、硬いプレート内の地震だ。
 震源から遠く離れた地域でも強い揺れが観測される「異常震域」と呼ばれる現象が起きたのは、地震の規模が大きく、プレート内の地震だったためだ。古村孝志・東大地震研究所副所長は「揺れはプレート内に閉じ込められ伝わる。プレートの形に沿って、北海道や東北、関東まで揺れが広がった」と説明する。
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 一方、津波は地震で海底が上下し、それが海面を変動させることによって発生する。岡田理事長は「(震源が)あまりに深すぎるので、海底は変動しない。津波が起こることはまず考えられない」と話す。
 阿部勝征(かつゆき)・東京大名誉教授は「現在、口永良部島や箱根山で活発な火山活動が続いており、不安を覚えるかもしれないが、地下の活動がどうつながっているかは分からないので何とも言えない」と話した。 【久野華代、河内敏康、伊藤奈々恵】
 
火山噴火予知連絡会が、最近一万年間の火山活動に基づく火山活動度指数により日本の活火山110のうち87活火山のランク分けを指定した結果の分布図が以下である。
 
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上記の活火山と日本列島の活断層と原発立地の図が以下である。
 
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日本列島と周辺の諸島に住む日本人は常に時限爆弾の上で暮らしていることになる。
 
今朝の東京新聞「本音のコラム」で、山口二郎・法政大学教授は、安倍晋三を評するこれ以上の言葉はないと、「実戦の経験がないことに劣等感を持つ少年兵」と評していた。
 
己の劣等感克服のため、仮想敵国に対して抑止力を高め、自衛隊員を犠牲にしてまでも国民のリスクを軽減するという絵空事を言う前に、明日にでも発生するかもしれない自然の驚異から日本国民を守ることに、無い知恵を搾ってほしい、とオジサンは思う。

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2014年08月23日

人災に近い「平成26年8月豪雨」日頃の自衛策しかないないのか

昨日の「別荘と官邸、行ったり来たり 首相の対応混乱」という報道の中で、 古屋圭司防災担当相は記者団に「現実に支障は一つも起きていない。(閣僚は)常に首相に報告しながら対応している」と反論し、公明党の山口那津男代表も会見で「しかるべき担当部局や閣僚が、状況をその都度(首相に)伝えている」として、問題ないとの考えを示していた。
 
それなら堂々と別荘に留まりタイムリーな報告に対して適切に指示を出せばよかったのだろうが、実は、そんなことを言ってられない事態が起きていた。
  
<両陛下、静養をすべて取りやめ>
 2014年8月22日 朝日新聞
宮内庁は21日、広島県で大きな被害が出ていることを受け、天皇、皇后両陛下が22〜29日に予定していた長野、群馬両県での静養をすべて取りやめると発表した。両陛下は21日昼、川島裕侍従長を通じて広島県の湯崎英彦知事にお見舞いの気持ちを伝えた。
 同庁は20日には静養先での予定を一部中止すると発表したが、行方不明者の捜索が続いていることを心配する両陛下の意向を踏まえ、訪問そのものを取りやめた。皇太子ご一家も、22日〜9月3日に栃木県の那須御用邸付属邸で静養する予定だったが取りやめた。

日頃から天皇を政治利用している安倍晋三首相からすれば、天皇・皇后が別荘での静養を中止したので、まさか自分が別荘に居座るのはカッコ悪いと気付いたので急いで帰京したということだったらしい。
 
<安倍首相 「天皇静養取りやめ」で慌てて帰京のミエミエ本性>
 2014年8月22日 日刊ゲンダイ
さしもの安倍首相も焦りまくったのではないか。
 広島の土砂災害であれほどの被害が出ているのに山梨県の別荘に戻り、休暇を続けようとしたら、天皇・皇后が多くの犠牲者が出ていることに配慮して22日から予定していた静養を取りやめた一件だ。
 天皇が休み返上なのに、まさか、安倍首相が休んでいるわけにもいかず、きのう午後になって、慌てて帰京したのである。
 安倍首相周辺は関係省庁災害対策会議のためとか何とか言っているが、宮内庁が静養を取りやめると発表した途端、安倍首相も帰ることにしたのだから、これはもう、ミエミエだ。
「天皇の判断こそがまっとうで、休暇を続けようとした安倍首相がおかしい。満天下に首相の異常さが浮き彫りになったんじゃないですか」(政治評論家・森田実氏)
■古屋防災担当相が苦しい言い訳
それなのに、安倍官邸の見苦しいこと。古屋防災担当大臣は記者団から、大変な被害が分かっていたのに首相が20日早朝、ゴルフを続けたことや、その後いったんは官邸に帰ったものの、すぐに別荘に戻ったことなどをガンガン突っ込まれ、苦し紛れの説明に追われていた。
「最終的に死亡者が出たということがはっきりしたのは20日の8時37分か38分ごろ。それから帰る支度をしてますんで、批判は当たらないと思います」
「私は防災担当大臣として常に総理、秘書官と連携しながら対応しております。別荘に戻っても支障は一つも起きておりません」
 だったら、堂々と別荘にいりゃいいのに…。
「今回ほど、安倍首相の本性が見えたことはありません。国民のことを心配しているんじゃなくて、形だけ取り繕っているだけで、その言動には心がない。それを国民は見透かしていますよ」(森田実氏)
 安倍首相のゴルフ相手はえひめ丸事故後、ゴルフを続けて総辞職した森元首相だ。類は友を呼ぶ。

ところで、こんな小心者の首相がどこにいようが、広島市の災害は「平成26年8月豪雨」と命名されたらしいが、最悪の場合は死者が100名を超えることも予想されている。 
 
<広島土砂災害:市、水防計画守らず 市長「検証が必要」 死者41人、不明47人>
 毎日新聞 2014年08月23日
20日未明に広島市北部を襲った豪雨による土砂災害で、広島県などが土砂災害警戒情報を発表してから約3時間後に発令された避難勧告のタイミングについて、市水防計画では同情報発表などを目安とするよう明記していたことが22日分かった。同計画は、土砂災害発生の各段階に応じて市がとるべき対応を記しており、実際の経過と比べると、市の対応が後手後手となった状況が浮かぶ。死者が2人増え41人になったことが広島県警などへの取材で分かった。また行方不明者は安否確認が進んだため47人となった。
 市水防計画は、土砂災害警戒情報のほか、大雨注意報▽大雨警報▽災害発生??などの段階ごとに、市や住民の行動目標を記している。例えば、注意報発表(19日午後4時3分)段階では、土砂災害の危険がある区域に防災無線などで注意喚起を促すよう定めている。しかし今回、市が住民に注意喚起のメールを送ったのは、警報発表(19日午後9時26分)後の午後9時50分。そのほか、おおむね計画に沿った行動はとっていたものの、避難勧告発令をはじめ全体に対応が遅かった。
 同市の松井一実市長は災害発生当日の20日、記者団に対し、降雨が局所的だったことなどから「避難勧告まで出すかどうかちゅうちょした」と対応の遅れを認めた。だが、22日の記者会見では、避難勧告について「市のマニュアル通りにやった」と釈明。水防計画で定めた行動から時間は遅れたものの、実行したことを強調したとみられ、「手順のあり方は検証が必要だと思う」と話した。
 水防計画は市地域防災計画の1部門。水防法に基づき、土砂災害や河川の氾濫などの水害に備えるため、自治体による警戒・広報活動の内容や、避難対策に関することなどを定める。
 この日の捜索は警察や自衛隊、消防が約2700人態勢で当たり、新たに川に流された高齢者の遺体が見つかった。被災地では2次災害の恐れがあるとして一部地域に避難指示を出した。安佐北区と安佐南区に出された避難勧告も継続中で、約2000人が避難所での生活を強いられている。【金秀蓮、石川裕士】

広島土砂災害 判断迷い、行動遅れ 市『自主避難期待した』」ということらしいが、水防計画通りに行かなかった広島市の対応は、下表のようだった。
 
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まさに人災に近い土砂災害だったのだが、日頃から危険個所を事前に把握して我が身を守るしかないのだろうか。 
 
<土砂災害、日頃の心得は 危険箇所、事前に把握>
 2014年8月23日 朝日新聞
 広島市北部を襲った土砂災害で多くの住民に被害が広がっています。土砂災害から身を守るため、日ごろからどのように備え、何に注意すればいいのでしょうか。
 「重要なのは、自宅のある場所が土砂災害の危険性があるかどうか事前に知ること」
 そう話すのは筑波大大学院の水野秀明准教授(砂防学)だ。国土交通省によると、土砂災害は2013年までの10年で年平均1184件発生しているという。都道府県が指定する土砂災害危険箇所や、土砂災害防止法に基づき指定される土砂災害警戒区域や土砂災害特別警戒区域が危険を知る目安になる。どこにあるかは国交省砂防部のホームページで確認できる。
 避難場所なども併せて示すのが「ハザードマップ」だ。土砂災害警戒区域がある市町村が作製、公表することになっており、ネットで公開している場合が多い。すべての市町村がハザードマップを公開しているわけではないが、同省の担当者は「土砂災害危険箇所などの情報は都道府県が把握している。問い合わせてみてほしい」と話す。
 ■自力で雨量観測
 土砂災害では前ぶれがあることが多い=図。だが、「夜は前兆をつかむのが難しい」と水野准教授。雨で周囲の音が聞こえないことも。降り出したらテレビや防災無線、気象庁や各都道府県のホームページで情報を集める。「土砂災害警戒情報」や細かい危険度がわかる「土砂災害警戒判定メッシュ情報」にも注意を。
 ただ、「行政の情報だけに頼るのは危ない」と松江市の元消防長で防災・危機管理アドバイザーの林繁幸さん。気象台の雨量データは自宅周辺と必ずしも一致しない。林さんが勧めるのは、自力での観測。透明な瓶などの円柱や四角柱を用意し、底から定規で10ミリメートルなどと目盛りを刻めば簡易雨量計になる。
 10分で雨が10ミリたまると、続けば1時間雨量60ミリとなる。気象庁によると、1時間雨量30ミリ以上50ミリ未満でバケツをひっくり返したような激しい雨となり、がけ崩れなどが起きやすくなるという。
 ■逃げ道の確認を
 避難のタイミングはどう判断すればいいのか。
 12年7月、雨で土石流やがけ崩れが起き、死者が出た九州北部豪雨。熊本県阿蘇市は午前4時に避難指示や勧告を出したが、豪雨と雷で屋外に出るのも危険だったという。以降、夜に大雨が予想される場合、夕方のうちに「予防的避難」を呼びかける。林さんも「最近は夜間の水害が多い。雨が降り続ける場合は寝る前に避難の準備をし、危険を感じたら早めに避難を」と話す。
 近くの避難所が土砂災害を避けるのに適しているか、平時にハザードマップなどで確かめよう。土砂災害警戒区域にある避難所もあるほか、避難ルートが増水しそうな場合もあるからだ。安全な逃げ道を決め、事前に歩き危険箇所などを確認しておく方がいい。
 「避難所でなくても、山が周囲にない駐車場などを事前に想定しておいて」と林さん。外出も危険になったら、国交省は最後の手段として家の中のがけから離れた部屋や2階への避難を呼びかける。
 (前田智、十河朋子)

「透明な瓶などの円柱や四角柱を用意し、底から定規で10ミリメートルなどと目盛りを刻めば簡易雨量計になる」ような「自力で雨量観測」などは若い住民ならいざ知らず、高齢者にそれを期待することは無理である。 
 
山口大学大学院の 兵動正幸教授があるテレビ番組の中でこう解説していた。 
 
「砂ですね、真砂土。真砂土は花こう岩が風化したもの。保水するが、ある程度の量の水が来ると崩れてしまう。最大雨量として今回270ミリが3時間で降ったが、それぐらいの雨だと必ず崩れる」
 
もちろん今まで経験しなかった大量の雨量が集中したということが最大の原因なのだろうが、そもそも、人を住まわせてはいけないような地域に、宅地造成の許可をした自治体の責任も大いにあるのでは、とオジサンは思っている。

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2013年10月15日

世界文化遺産に不要なもの

オジサンが登山と呼ばれる山登りをしたのは37歳くらいが最後だったと思う。
 
38歳の夏ごろから地元の少年サッカークラブのコーチとして、毎週土日は小学校の校庭で子どもたちと汗をかき、連休ともなれば公式戦やカップ戦出場のため遠征していた。
 
40歳で右膝半月板損傷で3週間ほど入院したが、その後は50歳までは地元の社会人のサッカークラブにも所属していた。
 
したがって記憶では最後に上った山が金時山だった。
 
この山は、箱根山の北西部に位置する標高1,213mの山で日本三百名山のひとつらしい。
 
オジサンの知人、友人の中には山好きの者が多くいたが、全国百名山制覇なんて、当たり前の顔をしている連中もいた。 
 
したがって精々1000m級の山は登山というよりは「日帰りハイキング」の類である。
 
2000m級以上の本格的な登山の経験は全くなく、小学生でも登っている富士山なんかも大して興味はなかった。
 
その世界文化資産に登録された富士山に関して、フォトジャーナリストの木村聰の「富士のご来光をあびる自動販売機」という記事を見て少なからぬ衝撃を受けた。
 
その記事の冒頭写真にはこんなリード記事が書かれていた。
 
「25人に1台の自販機大国」
 日の出を拝む人波。背後でその自販機も朝日に染まる。
 富士山の山頂には毎年、夏の山開きシーズンに合わせて自販機が
ブルドーザーで運ばれてくる。富士山には登山道とは別に、物資を
運ぶ「ブル道」が整備されているのだ。自販機の商品を入れ替える
管理などは山小屋が行なう。電力もそこの自家発電でまかなう。
 詳しい話をと山頂の山小屋「山口屋」にうかがうと、「迷惑なん
だよ」と一蹴された。自販機設置元のひとつ、日本コカ・コーラ社
も同様に取材拒否。ふもとのみやげ物屋で耳にした解説では
「自販機が景観に合わない、ゴミが増えるって批判もあるからね。
世界遺産になって神経質になっているんでしょう」
 
   
   
26年ほど前に登った金時山の山頂で売店の缶ビールを300円くらいで飲んだ経験があったが、当時は自販機なんかは置いていなかった。
 
当然、自販機が設置されれば利用する人も増えて、空き缶というゴミが発生するが、だれも持って帰ることはしない。
 
富士山の山頂(吉田・須走りルート)には、ダイドードリンコ社が2台、日本コカ・コーラ社が1台の自販機を置いている。
 
ダイドードリンコの自販機は1997年ごろに富士山の頂に設置されたという。
 
コカ・コーラの自販機の設置時期は定かではないが、少なくとも2004年には以下のように並んでいたらしい。
 
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自販機の色が紅白の対比なのだが、余りにも周辺の景観からは浮きすぎているとの批判もあり、2006年に業界団体の清涼飲料自販機協議会は周辺景観に配慮した自販機設置を目指して「自主景観ガイドライン」を作成していた。
 
その後、富士山頂の2つの自販機は茶色にラッピングされた。
 
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1年ほど前には、「山小屋に頼らないテント泊の登山にあこがれます」という周藤卓也@チャリダーマンが、「富士山の過剰に連なる山小屋の実態、商行為と自然保護が決して結ばれない現実」という批判的な写真レポートを発表していた。
 
日本一高い山の頂に設置された無人の自販機は、たしかに登山者のニーズに合わせた結果かもしれない。
 
しかし、世界の山に詳しい人によれば、富士山頂のダイドー製の自販機は温冷飲料の同時販売機で、無人機でそこまで配慮するのは日本だけだという。
 
富士宮市のホームページには、富士山が「自然遺産」ではない大きな理由として以下の2つをあげている。
 
■利用されすぎによる改変
「自然遺産」は自然の雄大さがそのままの状態で保たれていることが重要である。しかし現在の富士山は、我々人間によって利用されすぎてしまい、本来の自然が残っているとはいえない状況にある。
■ごみ・し尿処理などの問題
富士山は長年、ごみの不法投棄や産業廃棄物の場所として活用されてきてしまったり、登山道のトイレ整備が確立されていなかったりと管理体制の確立が必要である。
 
1992年、「文化的景観」という概念が新たに世界文化遺産に取り入れられた。
 
この文化的景観とは、「自然環境と人間の営みの中で、信仰や芸術・伝統的風習などが長い年月をかけて地域共同体と結びついた結果形成された風景」という概念であり、富士山は、「日本人の信仰や美意識と深く関連し、今日まで人々に畏敬され、感銘を与え続けた名山として、世界に通用する価値を持つ文化的景観」であることから、「世界自然遺産」ではなくて「世界文化遺産」として今年の6月に文化庁により発表された。
 
しかし、あらためて最高峰登頂を果たした自販機を見ると、とてもじゃないが「文化的景観」からは程遠く、人間のわがままな営みにより侵食された無残な「文化的な自販機景観」ではないだろうか、とオジサンは思う。

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